第17話 城の前

 城の前の広庭に二本のくいが高くそびえていました。

 杭の上のほうには鉄の鎖で縛り付けられた二つの影があります。

 小柄でがっしりしたドワーフの少年と、白い小さな子犬です。

 城の牢獄で受けた拷問で、ふたりは体中にひどい傷を負っていました。杭に縛り付けられても、顔を上げる力もなく、ぐったりと頭をたれています。

 その足下ではヒトデや怪物のような海の生き物が、手に手に槍や剣を持って警戒していました。

 間もなく処刑が始まるのです。

 空には燃えるような夕焼けが広がっていました。


 城までたどりついたフルートは、その光景を見たとたん、我を忘れて飛び出しました。

「ゼン! ポチ!」

 ふたりに駆け寄ろうとすると、渦王の手下たちがいっせいに襲いかかってきました。

「邪魔をするな!」

 フルートは飛びかかってくる海の生き物を次々切り捨てました。

 死体がたちまち炎を噴き上げ、黒い炭の柱になります。


 ところが、あと少しでゼンたちのところへたどりつくというところに、人影が立ちふさがりました。青い髪に青い服を着た大きな男です。

 それが渦王なのだと、フルートにはすぐわかりました。

「ゼンとポチを返せ!」

 とフルートはどなりました。怒りに体が震えます。

 すると、渦王が笑いました。

「やれるものなら、やってみるがいい、ちっぽけな勇者」

 その声に聞き覚えがあるような気がして、フルートはどきりとしました。

 渦王の黄色い目が、じいっとこちらを見据えています。


 すると、声で気がついたのか、ゼンが頭を上げました。

 顔が元の形を留めていないほどれ上がっています。拷問でさんざんに殴られたのです。

 それでも、ゼンは声を上げました。

「逃げろ、フルート……! おまえのかなう相手じゃない! この島から離れるんだ!」

 隣の杭に縛り付けられたポチも、顔を上げて吠え始めました。

「ワンワン、フルート! 早く逃げてください! フルートまで殺されます──!」

 ポチの両目はつぶされて、顔中が血だらけになっていました。


 フルートは驚きと怒りで今にも息が止まりそうになりました。

 友人たちをこんな目に遭わせた渦王が許せませんでした。

「そこをどけ、渦王!」

 と剣を構え直してどなりますが、渦王は薄笑いを浮かべて、こちらを見ているだけでした。

 フルートは渦王に切りかかっていきました。

「やあぁぁっ!」

 すると、渦王の周りで黒い光が輝いて、フルートを突き飛ばしました。フルートの小柄な体が地面を何メートルも転がります。魔法の鎧を着ていなければ大怪我をしたところです。


 黒い光に包まれた渦王を、フルートは信じられない気持ちで眺めました。

 これは闇の障壁しょうへきです。天空の国で魔王と戦ったときに魔王を守った闇の光です。

「まさか……」

 とつぶやいたフルートの目の前で、渦王の姿が溶けるように薄れて、別の人物に変わっていきました。

 青い髪や服が消えて黒い髪と服が現れます。口の両端に鋭い牙が突きだし、頭には大きな二本のねじれ角が伸びてきます。

 フルートは立ちすくみました。

 そこに現れたのは魔王でした。黄色い目でフルートを見ながら、またからからと笑います。

「久しぶりだな、チビの勇者よ。まさか、本当にわしが復活しているとは思わなかったか? わしは何度でもよみがえるぞ。おまえたちに半年前の復讐をするまでは、本当に、何度でもな」


「逃げろ、フルート! 俺たちにかまうな!」

 とゼンが杭の上から必死で叫んでいました。

「ワンワン、フルート、逃げるんです!」

 と血まみれのポチも叫びます。

 魔王は笑い続けていました。

「逃がすものか。勇者には仲間たちの最後をしっかりと見届けてもらわねばな」

 と片手をゼンとポチに向けます。

「やめろ!!」

 フルートは叫んで駆け出しました。その周りで、すべての動きが突然ゆっくりになります――。


 魔王の手のひらから黒い魔弾がいくつも飛び出してきました。

 闇の魔法で作られた、黒い光の弾丸です。

 杭にしばられたドワーフと子犬へ飛んでいきます。

 フルートは必死で走りました。

 音は何も聞こえません。声も聞こえません。

 ただ、自分の心臓の音だけが、まるで雷鳴のように響いています。


 魔弾がゼンとポチに迫りました。

 弧を描きながら四方八方から押し寄せ、あたり構わず貫いていきます。

 皮膚が裂け、鎖や肉がちぎれ、血しぶきが飛びます。

 それでも、魔弾は止みません。

 ふたりの体のいたるところを突き破り、しまいには杭そのものまでも破壊してしまいます。

 縛り付けられていたふたりが落ちてきます――。


 フルートはやっと仲間のところまでたどりつきました。

 ゼンもポチも全身血だらけで倒れていました。

 ふたりとも息をしていません。心臓も、もう動いてはいません。

 フルートは必死でふたりにすがりついて揺すぶりました。

「ゼン! ゼン! ポチ――!」

 そんなフルートを押しつぶすように、魔王の笑い声が響いていました。地からわき起こるような、低く楽しそうな笑い声です。

「どうだ、チビの勇者よ。わしの力を思い知ったか」


 それに重なって、また別の声が聞こえ始めました。

「おい……おい。おいったら……!」

 高く澄んだ少年の声です。

 フルートの体が見えない手につかまれて、勢いよく引き上げられました。血まみれの光景が遠ざかっていきます。

 そして――フルートは目を覚ましました。



 シルヴァの青い瞳がのぞき込んでいました。心配そうにフルートを見ています。

「おい、大丈夫か? ずいぶんうなされてたぞ」

 そう言われて、フルートはようやく今のが夢だったことに気がつきました。

 また、あの悪夢を見てしまったのです。鎧の内側で冷や汗をびっしょりかいていました。


 フルートは、のろのろと体を起こしました。

 さっき食事をした川のほとりは、眠りについたときと何も変わりがありません。

 フルートはため息をつくと、兜を脱いで、顔をぬらしていた汗と涙をぬぐいました。

 その輝く金髪と少女のように優しい顔に、シルヴァが急にまた意地の悪い表情になりました。

「ほぉんと、大した勇者だよな、あんた。夢でまで友だちを呼んで泣くんだから。感動的な友情だ」


 けれども、フルートはそれには何も答えずに兜をかぶり直すと、留め具を締めました。

 さらに、背中の二本の剣の帯も締め直すと、リュックサックの上にかぶせるように付けていた丸い盾を外して、左腕に留めつけました。魔法のダイヤモンドでメッキされた強力な盾です。

「おい……?」

 戦いの装備をすっかり整えたフルートに、シルヴァは目を丸くしました。

「ぼくはフルートだよ」

 と今さらながら名乗ると、フルートはあたりを見回しました。

 森全体が赤みがかった色に変わっていました。夕暮れが近づいているのです。


 フルートは森の少年に尋ねました。

「シルヴァ、渦王の城はどっちだ?」

「あっちだけど……おい、ホントに急にどうしたんだよ?」

 フルートはそれにも答えずに、シルヴァの示した方向へ歩き出しました。

 少年があわてて追いかけてきます。

「おいったら。何をするつもりなんだよ?」

「決まってる。ゼンとポチを渦王から助け出すんだ」

 その脳裏に血まみれの悪夢がよみがえってきましたが、フルートはすぐにそれを振り捨てました。

 待ってろ、ゼン、ポチ――!

 自分だけに聞こえる声で強くつぶやくと、フルートは渦王の城を目ざして森の奥へ進んでいきました。


 森の上には夕焼けが広がり始めていました。


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