第7話
トンネルを抜けると車窓から青い海が見えた。
「きれーい!!」
隣の彼女がその光景を見て目を輝かせながらそういう。
彼女の言う通り、日差しを反射してキラキラと輝く海は海水浴が好きでなくても目を奪われてしまう魅力を放っている。
とはいえ海は大地以上に戦争の影響を大きく受けた。海の生態系は破壊され、もはや人間がもぐることなんてできないほどに汚染されてしまっている。
幸いにも発達した養殖技術によって人間が食べるための魚は育てられているけれど、今でも海は立ち入り禁止になっている。
それでも僕も思わず「そうだね」と彼女の言葉に同意する。
そんな海を眺めていると、車は高速道路の出口へと向かい始めた。
目的の場所が近づいてきたのだ。
「君ってこんな海がきれいなところで生まれたんだね!」
「海がきれいなのは認めるけど、それ以外には何もないところだよ」
だからこそ、僕はこの街を出たんだ。
高速道路を出た車はそのまま走り続ける。
まばらではあるけれど人の姿が見えだしたから、僕たちは窓を閉め、彼女は運転に集中する。
僕は彼女の邪魔をしないように外の景色を眺めていると、車は次第に住宅街へと入っていった。
生まれ育った町。仮想空間がいつ頃の街を僕らに見せているかはわからないけれど、窓の外を流れる景色にはところどころ見覚えがある。
そんななつかしさを感じていると、車は一軒の家の前で停車した。
目的地に到着したというアナウンスが車内に流れる。
「ここ?ただのおうちにしか見えないけど」
「あってるよ。今の時代どこも土地なんてあいていないからね。もともと住んでいた家にお墓が建てられたらしい」
彼女にそう説明しながら僕はシートベルトを外して車から降りる。
家は白い壁の木造建築。この家で僕は生まれ育って、この家を出て一人暮らしを始めた。
彼女も車から降りたのを確認し、敷地内に入ろうとしたとき、不意に後ろから大きな声がした。
「あんたら、何者だい⁉よそ様の家に勝手に入り込むんじゃないよ!」
あんたらとは僕たちのことだろう。僕は弁明しようと後ろを振り返る。
そこにいたのはかっぽう着を身にまとい、黒く短い髪の毛にパーマをかけたおばさん。
その姿に僕は思わず驚く。おばさんもまた、僕の姿を見て目を見開いた。
「もしかして、坊やかい?」
「その、お久しぶりです」
久しぶりでどう話せばいいかわからず頭を掻きながらそういうと、おばさんはうれしそうな顔をして近づいてくる。
「やっぱり!いやー、大きくなって。おや?そっちのお嬢ちゃんは?」
「あ、わ、私は」
「ああそうかい!坊やの恋人かい!いやー若いねーー」
おばさんは彼女の話を待たずに一人で納得してしまった。
そんなおばさんを見ながら彼女は僕にそっと聞いてくる。
「この人、知り合い?」
「うん。近所に住んでいる人で、昔よく面倒を見てくれたんだ。僕の両親のお墓がここにあるっているのもおばさんが教えてくれたんだよ」
「なるほど」
「そういえば、坊やはどうしてここに来たんだい?」
「それは、その・・・」
いいずらくて言葉に詰まっている僕を元気づけるつもりなのか、彼女がそっと僕の袖をつかむ。
僕はそんな彼女の方を向いて軽くうなずいた。
「実は、お墓参りに」
僕のその言葉に、おばさんはさっきよりもいっそうはっと驚く。
そしてなんだか泣きそうな表情でしきりに「そう、そう」と繰り返しつぶやいた。
「あたしもちょうどお墓の手入れに来たところだから、よかったら一緒に行きましょう」
そういっておばさんは案内してくれる。
久しぶりにみる家の庭は、長い間誰もすんでいなかったとは思えないほどきれいにされている。
仮想空間によるものもあるだろうけど、おばさんたちがきれいにしてくれていたのかもしれない。
「そういえば、坊やに両親がどうして死んだのか話したかしら?」
「いえ。ただ、科学者だったので研究拠点を狙われたんじゃないかと」
僕の予想に対しておばさんは首を横に振った。
「戦争が始まってすぐに、あの二人は自分たちの手で人々が苦しむのは嫌だといって政府や研究所に逆らってまで研究をやめたのよ。もちろんそんなことをしたら何をされるのかわからない。だけど幸いにもそんなことをする余裕もなかったのか、あの二人は無事に研究をやめることができたわ。だけど二人がいなくても戦争は止まらなかった。むしろ被害はどんどん拡大し、このあたり一帯の水質はひどいものになった。汚染が陸地にまで及びそうになった時、あの二人があり合わせの道具でなんとか陸地への汚染を食い止める装置をつくってくれたのよ。だけどそれは命がけの行為だった。汚染を効果的に食い止めるためには汚染されたところで作業する必要があったの。最終的に装置は完成したけれども、長い間汚染されたところにいた二人は・・・」
おばさんは申し訳なさそうにそう話す。
「できることならば力になりたかったけれど、装置のことなんてあたしたちにはちっともわからなかった」
おばさんは悔しそうに顔をしかめる。
しばらくそうしていたのち、おばさんは顔をあげた。
「あの二人がいたから、あたしたちはいまもこうしてこの街で住むことができているの」
「そう、なんですね」
お墓が見えた。
何の変哲もない、長方形の石に名前が刻まれた普通のお墓。だけどこの時代、こんなお墓を建てるだけでも大変なのに。
僕の記憶にある最後の二人の顔は笑顔だった。
『困ったときはいつでも帰って来いよ!』『たまには顔を出してね!』
そう言われたけれど、そんな親がうっとうしかった当時の僕は、何も答えないまま家を出た。
志望校の合格が決まったときに僕以上に喜んでくれた親に、何も言わないまま家を出た。
『またね』というメッセージに何も返信しないまま家を出た。
それから数か月後、戦争がはじまり、親が死んだという連絡が来た。
そのときは何も感じなかった。涙すら流れなかった。
だけどこうして目の前にお墓があると、実感をもってその事実が襲い掛かってくる。
お墓の前で手を合わせる。
結局、一度も帰ることも、連絡することもなかった。死んだと聞いて即駆けつけるべきなのにしなかった。
いまになって後悔したってもう遅い。過去へ戻ることなんてできない。まして僕ももうすぐ死んでしまうんだから。
ただひとこと、言いたかった事。言わなきゃいけなかったこと。
「ただいま。お父さん、お母さん」
気が付くと、僕は泣いていた。いつ振りかはわからない。ただ、静かに涙がこぼれる。
そんな僕を、彼女とおばさんはそっと見つめる。
だまって手を合わせていると、彼女も隣に来て僕と一緒に手を合わせた。
しばらくそうしていたのち、僕たちは顔をあげ、おばさんが家に来ないかというのでお邪魔することにした。
お墓から立ち去ろうとしたとき、フュゥゥゥと心地よい風が吹く。
『『おかえり』』
風のせいでそう聞こえただけかもしれない。だけどたしかに僕はそう聞こえたような気がする。
(ただいま)
ふと見ると、隣を歩く彼女が僕の顔を見てふっと微笑んでいた。
地球最後の日に 月夜アカツキ @akatsuki0707
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