第5話

 ガチャ

 扉が開き、中から涙で顔を濡らした彼女が顔をのぞかせる。

 彼女は僕の顔から眼をそらして口を開く。

「その、ここだとなんだし、よかったら、はいって」

 彼女は弱弱しくそう言って僕を家の中に招き入れる。

「おじゃまします」

 部屋に入ると、僕はソファに通された。

 ソファにはさっきまで彼女が座っていたのか、彼女が持っていた手提げかばんが放り投げられている。

 僕が座ると、彼女は台所からお茶の入ったグラスを二つ持ってきて、僕の前のテーブルに置く。

 彼女は僕の隣に腰かけ、自分を落ち着かせるためか一口お茶を飲む。

 彼女がグラスを口から離して机に置いたのを見てから、僕は口を開いた。

「それで、教えてくれる?」

 僕がそう尋ねると、彼女は「うん」とつぶやく。

 そして彼女は話し始めた。

 両親が死んだこと。友人が離れていったこと。元カレと別れたこと。

 ひとりで死ぬのが怖くなったこと。

 彼女はすべてを話し終えた後、再びうつむいてしまう。

 話を聞いたはいいけれど、こういうときなんて返したらわからない。そんな僕の服の袖を突然彼女はつかんだ。

「わがままだってことはわかってる。だけど、その、今は傍にいてくれない?」

 彼女のその言葉は、か細く、弱弱しい。今にも壊れてしまいそうだ。

 僕は一言、「いいよ」といってそのまま彼女の隣に座り続ける。

 それで彼女の心が落ち着くのなら。

 「ありがとう」といって彼女は僕の身体に寄りかかる。

 彼女の鼓動が僕にも伝わってくる。ドクンドクンと速いスピードで脈打つのがわかる。

 永遠とも一瞬とも取れる、そんな不思議な時間が僕たちの間を流れる。

 次第に彼女の鼓動はゆっくりになっていく。

 しばらくすると、彼女はゆっくりと体を起こした。

「そ、その、もう大丈夫。ありがとう」

 落ち着いたことで冷静になって恥ずかしくなったのか、その白い頬が赤くなっている。

 とはいえそれは僕も同じで、急に気恥ずかしくなり彼女の顔から眼をそらして「それならよかった」と短く返す。

 しばらく黙っていた後、僕は口を開いた。

「僕の両親も、戦争で亡くなったんだ」

 不意にこぼした僕のその言葉を聞いて、彼女は驚いた表情で僕の方を見る。

「ごめんなさい!いやなことを思い出させちゃって」

 そう言って謝る彼女に僕は「気にしなくていいよ」と首を振る。

「両親とはもう長いことあってなかったからね。どんな声だったのかも、もう覚えていない」

「お墓参りには行ったの?」

「そういえば行ってないな。いつか行こう、いつか行こうってずっと先延ばしにしていたんだった」

 今となってはもう行くことはできないだろうけど。

 その時、隣を見たら彼女が体をプルプルと震わせながらうつむいてる。

「だ、大丈夫?」

 心配になってそう聞くと、彼女は突然顔をあげて僕の方を見た。

「そんなのだめだよ!」

 よく見るとその眼には涙が浮かんでいる。

 突然大声をあげたことに驚いている僕の手を彼女は引いてソファから立ち上がる。

「今から行こう!」

「行こうってどこに?」

「もちろん君の両親のお墓参りに!」

 その言葉に僕は驚く。

「お墓はここから数十キロは離れているんだよ!今から行ったところで間に合うとは・・・」

 一見すると問題ないように見える世界だけど、やはり実際は荒廃しているわけで、電車が通る線路も場所によっては途切れてしまっている。かといって走っていけるような距離じゃない。

 間に合うとしたら車だろうけど、どれだけ自動運転が発達しても、車の運転には免許がいる。だけどまだ僕は免許を取ることはできないし、すぐにとれるものでもない。

 というかそもそも車を買えるだけのお金なんて持っていない。それとも彼女は免許も車も持っているんだろうか。

 そんなことをかんがえる僕の背中を押して彼女は外に出ようとする。

「間に合うかどうかじゃないの!」

 彼女の勢いに押されて僕は玄関から外に出る。

 エレベーターに乗ったとき、僕は彼女に聞いてみた。

「どうして、そこまでするの?」

「私が君の立場だったら、きっと後悔すると思ったから。君が私のためにお願いを聞いてくれたように、私も君のために何かがしたい」

「別に後悔したりは」

 していない

 たった一言なのにその言葉が、出てこない。

 どうしてなのか、自分でもわからないままエレベーターは一階に到着する。

「そういえば、どうやって行くつもりなの?車?バイク?まさか歩いていくだなんてわけじゃないよね?」

 そう尋ねる僕の言葉を耳にしながら、彼女はマンション入り口の横にある駐車場に向かう。

 まさか本当に車かバイクを持っているんだろうか。

 疑問に思いながら彼女の後ろをついていくと、彼女は一台の車の前で立ち止まった。

 白のワンボックスカー。今の時代には珍しいガソリンで動くタイプの車だ。目立った傷とかはないけどところどころについた汚れやすり減ったタイヤが年季を感じさせる。

 彼女は運転席の扉に手をかけると、ロックが外れて中に入る。

 彼女が運転席に座るとエンジンがかかり、助手席の扉が開く。

「乗って!」

 彼女は助手席をトントンとたたきながらそういう。

 僕が助手席に乗ると、わずかに埃っぽいにおいがする。

 車の外見もそうだけどだいぶ前に乗られたきりのように感じる。

「ねぇ、この車って」

 僕がそう聞くと、彼女はカチンとシートベルトをしめながら懐かしそうな顔をしてこたえる。

「家族と一緒に出掛ける時にこの車で連れて行ってもらってたんだ」

 やっぱりこの車は彼女が使っていた家族の車なんだ。

 彼女はハンドルに手をかける。

「さぁ、いくよ。しっかりつかまっててね」

 ブルルンとエンジンが低い音を出して、ゆっくりと車が動き始める。

 動き出した車は搭載された自動運転機能によって彼女がほとんどハンドルを操作しなくても外へと出る。

車が車道を走り始めた時、彼女は「ああ、そう」と何かを思い出したかのようにして口を開いた。

「私、免許持ってないから」

「・・・・え?」

 驚く僕を尻目に彼女は「えへへ」と笑う。

 あたりまえだけど、どれだけ警察が機能していなかろうと無免許運転は犯罪だ。見つかったら当然捕まるだろう。

 ま、まぁ元気になったみたいだし、よかった・・・のかな?

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