第3話

「あ、ありがとう」

 うっぷと苦しみながらいう彼女に僕も同じく苦しみながら「どういたしまして」と返す。

 まさか彼女がここまでたくさんのものを注文するだなんて思わなかったな。

 そのせいで食事中彼女とほとんど話すことができなかったけど、仮に話すタイミングがあったとしても何を話せばいいかわからなかったと思う。

 そもそもこのナンパ自体うまくいくとは思っていなかった。

 思い付きで声をかけたけど、まさかこうして一緒にスイーツをおなか一杯食べることになるだなんて。

 ひとまず、はち切れそうな胃の状態がある程度治まるまで僕たちは席に着いたまま休憩する。

 その間にもお店のお客さんは入れ替わっている。

 入ったときも思ったけどカップルでのお客さんが多いな。

 僕たちが座っているこの席も含めて二人で座る用の席が多いのはその影響なのかもしれない。

 席の横の窓ガラスから外を見れば太陽の光が街を明るく照らし、街路樹が青々と輝いている。

 こんな風にいつもと何も変わらない平和な風景が広がっていると、今日が最後の日だということをすっかり忘れてしまいそうになる。

 きっと明日には死んでしまうかもしれないというのに、錯乱している人を見かけないのはそれがあまりに現実離れした出来事であるせいだろう。

 だけどこの太陽の光も、街路樹だって本物ではない。

 この光を浴びたって植物は光合成できないし、植物が光合成をできないから人工的に作られた酸素がいたるところから放出され、同時に僕たちが出した二酸化炭素を吸収している。

 そういった非日常が、生活の中にひっそりと隠れている。

 ふとお店の入り口を見た時、ちょうど入ってきた一組のカップルが目に留まった。

 それがカップルだと思ったのは、親子というには年が近すぎるし、きょうだいというには似ていなさすぎる、何より女の子の方が恋人つなぎをしながら男の子に寄り添っているのが見えたからだ。

 そしてその女の子は驚いたことに今日は友達と一緒に過ごすって言っていた僕のクラスメイトだった。学校もないのに制服を身に着け、いつもは一つ結びにしていた髪の毛を今日はおろしてウェーブをかけている。

 隣の男の子は見覚えがない。男の子の方も制服を着ているところを見るに制服デートに来たのだろうか。

 というか付き合っている相手がいたのか。

 じっと見ている僕の視線に気が付いたのかその友人も僕の方をみて驚いた表情をした。

 そして僕の向かい側に座る、まだ食べ過ぎでぐったりしている彼女に気が付き、何か一人で納得したかのようにうなずいた後、僕に向かって笑顔で親指を立てた。

 なんだか勘違いをさせたような。

 いや、周囲にカップルが多い中で同じくらいの年の男女でたらふくスイーツを食べているだなんて、勘違いされても不思議ではないかもしれない。

 僕たちと同じように接客ロボットによって案内された彼らは向かい合って席に座って楽しそうに会話を始めた。

 楽しそうに話すその様子はまるであそこには二人しか存在していないように見える。

 別に付き合っていたとかそういうわけでもないとはいえ、さすがに友人が彼氏とデートをしているところを見るのはこっちが恥ずかしい。

 気まずくなって正面の彼女を見ると、まだぐったりとしてはいるものの少しは落ち着いてきたようで体を起こして飲み物に頼んだ紅茶を飲んでいる。

「もう大丈夫なの?」

「なんとかね。ごめんね、心配かけて」

 彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。

 無料だからとはいえ頼みすぎたと思ったのかその頬は若干赤くなっている。

「大丈夫だよ。僕もいろいろなスイーツが食べれておいしかったし」

 実際僕だけじゃこんなにたくさん食べようとも思わなかったと思う。彼女がたくさん頼んでくれたおかげで今までに食べたことのないものまで食べることができた。

 僕がそう言うと彼女は「それならよかった」とほっと胸をなでおろした。

「そろそろお店を出ようか」

 彼女は手提げかばんを膝においてお店を出る準備をしながらそういう。

 彼女よりも先に調子が戻っていた僕はいつでも出る準備はできていたから「そうだね」と言って彼女と僕は席を立つ。

 無料だから会計をする必要もないので、僕たちはそのまま歩いて出入り口に向かう。

 その途中、前を歩く彼女の足が急に止まった。

「どうかしたの?」

 そう言って彼女の顔を覗き込むと、信じられないものを見たかのように驚いた表情をしている。

 その目線の先にいるのはあの友人のカップル。

 あのカップルが一体・・・

 疑問に思う僕の手を彼女は突然つかんで逃げるようにお店の外に出る。

「ちょ、ちょっと!急にどうしたの!」

「いいから!」

 お店を出ると、彼女の足取りはさらに早くなり、しまいには僕の手を引いたまま走り出してしまった。

 道を右へ左へ通り抜け、お店から離れたところにある小さな公園に入って彼女はようやく立ち止まり僕の手を放す。

 はぁはぁと走って息が切れた。

 僕たちは近くのベンチに腰掛けた。

 走ってのどが渇いたので、僕は近くの自動販売機で飲み物を買うことにした。

 自動販売機はさすがに無料になったりはしなかったけど、幸い少ないとはいえいくらかスマホにお金が入っているので問題なく購入することができた。

 ついでにまだベンチに座ったままの彼女の分まで購入しておく。

 ベンチに戻ると、彼女は黙って座ったままだった。

「はい、これ」

 僕は購入した缶コーヒーを彼女に差し出す。

「ありがとう」

 缶コーヒーを受け取った彼女は早速開けて一口飲んでふーっと深く息を吐く。

「どう?落ち着いた?」

「うん。さっきは急に走り出してごめんね」

「いったい何があったの?」

 僕が聞くと、彼女は言いにくそうな顔をしてしばらくうつむいた後、意を決したようにして僕の顔を見た。

「そうね。迷惑をかけた以上ちゃんと理由を説明しないと」

 はー、ふーと深呼吸をして、彼女は口を開いた。

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