第2話
「どうも、君今暇?」
唐突にそう声をかけられる。
声をかけてきたのは、私と同じ高校生くらいに見える男の子。
ジーパンをはき、白い半そでにシャツに青い薄手の上着を羽織って肩から黒いバックを下げたその恰好は何かの勧誘って感じには見えない。
暇かどうか聞いてきたから道を聞きたいわけでもないだろうし。
え?もしかして、私今ナンパされてる?
「わ、私ですか?」
「う、うん。そうだよ」
ぎこちない返事。
さっきのセリフも明らかにナンパに慣れている人のセリフとは思えない。
誰かに罰ゲームでやらされているのかと思って周りを見渡してもそれらしい人の姿は見えない。
大方最後の日だからナンパをしようとでも思ったんだろう。
「よかったら一緒にお茶でもしない?」
気まずそうに目をそらしながらいうその言葉は後ろに行くにつれて弱弱しくなっていく。
断ったっていい。
だけど、私も別に何か予定があるわけでもない。
元々彼氏と過ごす予定だったけど、その彼氏から昨日の夜に「実は昔から好きな人がいて、最後の日はその人と一緒に過ごしたい」っていう連絡が来た。
なにを無責任な、とは思ったけど、前からそんな感じはしていたし、やっぱりかっていう気持ちの方が大きかった。
もちろん寂しくないわけじゃない。戦争で家族を亡くした私にとって、彼は心のよりどころだった。
仲の良かった友人たちも、みんな各々がやりたいこと、やり残したことのためにどこかに行ってしまった。
私は、最後の日だというのにただ一人だけ残されてしまった。
行く当てもなく、ただ人の気配を求めてここまで来た。
だから、ここはこの人の誘いに乗ることにした。
「いいですよ」
私の返事に彼はまさかいいといわれるとは思っていなかったのかちょっと驚いた表情をした。
「ほ、本当に?」
「はい。私もちょうど暇をしていたので」
「じゃ、じゃあ近くのカフェに行こうよ」
「いいですね」
そう言って私は彼の手をつかむ。
彼はびっくりしてちょっとぎこちない動きになりながらも私の手を引いてカフェまで案内する。
さてはこの人、ナンパどころか付き合ったこともないな。
動揺するその姿がなんだかかわいく思えてきた。
「あ、あそこだよ」
そう言って彼が指さしたのはこのあたりじゃ有名なカフェ。
人通りの多い場所からは少し離れたおしゃれなこの店は、スイーツがおいしいことで有名だった。
私もここのスイーツ目当てで何度か友人と訪れたことがある。
今日が最後の日ということで全部の商品が無料で食べ放題っていうとんでもないサービスをしているからかお店の中にはすでに多くの人がいて、そのほとんどがカップルだった。
幸い店内を見渡しても元カレの姿は見えない。よかった。
でももしかしたら周りの人たちから見たら私たちも付き合っているように見えているのかもしれないな。
そう思いながら私たちは接客ロボットに案内されて奥の方の席に向かい合って座る。
「なに頼む?」
そう言って彼はメニュー表を私に手渡す。
「そうですね~」
ここには来たことがあるからすでに食べたいものは決まっているけど、なんとなくメニュー表をぱらぱらと見返す。
そんな私を彼はじっと見る。
「ん?どうしました?」
「いや、たぶん僕たち同じくらいの年だから無理に敬語を使わなくてもいいよ」
なるほどそういうことか。
なれなれしいかなって思ったけどよく考えたら彼も敬語を使っていない。
私も同年代であろう人に敬語で話し続けるのはなんだかむずがゆかったからそう言ってもらえるのなら敬語を使うのはやめにしよう。
「わかった。これでいいかな?」
「うん。そっちの方が僕も助かる」
そう言って彼は安心したように笑う。
会ってからしっかりと彼の顔を見ていなかったけど、その笑った表情はさわやかな好青年といった感じでちょっとかっこいいかも。
「どうかした?僕の顔に何かついてる?」
どうやら彼のことをじっと見ていてしまったらしく、それに気づいた彼が疑問に思ってそう聞いてきた。
彼のことを思わずかっこいいかもと思っていたことを見透かされたような気がして私は動揺する。
「え、い、いやそういうわけじゃなくて。はい、これ。私はもう決まったから」
私は恥ずかしさを隠すように彼にメニュー表を返す。
「そう?大したことじゃないならいいんだけど」
メニュー表を受け取った彼はまだ疑問に思っていたようだけど、それ以上追及してこないでメニュー表を受け取る。
危なかった。
彼氏と別れてすぐに別の男の人のナンパにのって、なおかつその人をかっこいいと思うだなんて。
それに彼のことをまだ何も知らないし。
そう思いながら私は注文を備え付けのタブレット端末に入力する。
店員さんのいないこのお店で、注文はこのタブレット端末で行う。
せっかくの食べ放題ということで、食べたいものを全部入力して彼に渡す。
「私はもう頼んだから次は君の番だよ」
「ありがとう」
注文が決まったらしい彼も入力を済ませる。
おおよそカップルとは思えない沈黙が私たちの間に流れる。
何か話題を探さなきゃな。
そうお互いが思い始めたころ、頼んでいた料理がやっていた。
彼は店一番人気のパンケーキとパフェ。対する私はというと彼と同じものはもちろんのこと、お店で売っているデザートをすべて注文した。
結果、本来は料理を囲んでくれるロボットが、料理と一緒にテーブルをもう一個運んできてくれるという始末。
次々と並べられるデザートによってテーブルは私が頼んだものでいっぱいになってしまった。
その様子にさすがに頼みすぎたかもしれないと今になって後悔する。
「だ、大丈夫?」
彼もちょっと引き気味にそう聞いてくる。
「た、たぶん、きっと、なんとか、大丈夫じゃないかな」
なんて返したけど、別に私は大食いというわけではない。もちろん大丈夫であるはずもなく、最終的に彼にも手伝ってもらって何とかすべての料理を食べきることができた。
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