第九話 手繰るべき糸

「色々考えるものだなぁ……」


 タブレット端末で、有料配信されている『トレジャーワールド2』のリアリティ番組をぼんやりと眺める。

 ゲームワールド内で、気を失うように眠っても、生身の体は眠っていなかったのか。それとも、精神的なダメージが大き過ぎたのか。

 丸一日眠り続けていた俺は、有り合わせのカップ麺で、とりあえずの空腹を凌いでいる。


 ついでに眺める映像は、まだヨハンの死を伝えてはいない。

 二番煎じ、三番煎じで生き残ろうとする、他のプレイヤーの苦闘の様子を流すだけだ。

 ヨハンが切り捨てた『ウノ』や、『人狼』を持ち込んだが、『ウノ』はトランプで代用が効くし、『人狼』は貴族たちが正餐会の余興で見せられる、素人芝居を思わせてしまうのか、思ったように広がらない。

 むしろ、工事現場で履く『安全靴』を持ち込んだ連中が、結構稼いでいるみたいだ。

 あれ、戦後日本の産だったのか……。

 爪先に鉄板を仕込んだ靴は、足癖の悪い舞衣の護身用になるか? とも考えたが、アレで一番蹴られそうなのが自分だと気づいた。わざわざ痛い思いなど、したくはないぜ……。


 さて……と。


 心はまだまだ重たいが、ログインしないといけないな。

 みんなに心配をかけてる自覚は有る。


 ログインし、階下に降りるとみんな集まっていた。


「大丈夫だったの? 心配してたのよ!」


 口々に心配の声。

 パイロ夫人のお手伝いでもしていたのか、珍しく舞衣がエプロンドレスなどを着ていたものだから、つい抱きしめてしまう。


「きゃあ! いきなり何よっ……離してってば……」

「ジタバタするな。少しこのままで……」

「何なのよ……もう!」

「舞衣は温かいな……ちゃんと生きてる……」


 腕の中で暴れていたが、何かを感じたのか、大人しくなってくれた。

 柔らかく、温かい少女の肌は、アリスの霊に奪われたものを俺の心に注いでくれる。

 小さいけど確かな鼓動が伝わり、心が解けていくようだ。

 ……やっぱ、抱き心地良いな、こいつ。


「こら。そろそろ趣味に走ってるみたいだから、離れなさい」


 頃合いを見たルシータが、人差し指で俺の額を押した。

 すまない。充分過ぎるほどチャージできたよ。

 呆れ顔のエリーゼが腕組みをした。


「それで……幽霊には逢えた様子だけど、収穫は何かあったの?」

「ああ……。ついでにヨハンにも意見を聞きたいんだけど」

「わかった。もうじきお昼だから、引っ張り出すわ」


 ログインしたと思ったら、すぐにログアウト。

 慌ただしくて、申し訳ない。


「まったく……幽霊使いが荒いなぁ」

「本当の幽霊の話だから、疑似幽霊の意見も聞きたいんでしょ?」


 いや、エリーゼ……そういうわけじゃないんだが。

 とにかく、あの夜に経験したことを洗いざらい報告する。


「アリスちゃん……可哀想……」


 などと同情しちゃってるのは置いておいて。

 問題なのは、そこじゃない。


「なあ、ヨハン。お前の感じたって、どこの臭いだ?」

「袋を被せられていたし……死にかけの人間に期待するなよ。記憶なんて、途切れ途切れの曖昧さなんだぜ?」

「私も荷車の臭いだと思ってたけど……何かありそうね」

「ホームズ川は、魚臭くなんて無いもの。でも、アリスちゃんは『嫌なものが湧いてきて魚臭くて耐えられなくなった』と言ってるし、実際に逃げ出してきた」

「……だろう? 前に舞衣とディンドン橋からずっと歩いたけど、魚臭さなんて感じなかった。それに、アリスの霊がUCDに出るようになったのは、半年前からだ」

「このゲームの開始後のこと……というわけだな、アオイ」

「そういう事だ」

「バダの食物市場なら、魚の臭いがしそうだけど……あれは昔からあるものね」


 悩んでいるものの、みんなの声は明るい。

 ようやく、糸口を掴みかけた実感が有る。

 こうなると、ヨハン殺害犯のダンカン・テイラーという男も、ただのモブNPCとは思えなくなって来る。


「ヨハン……お前は本当に、ダンカン・テイラーとかいうNPCに、何の因縁も無いのか? 状況的に、何かありそうな気がしてきたんだけれど」

「うーん……年齢も離れているし、下層階級の荷馬車の御者だろう? そんな恨みを買うような覚えは無いはずだよ」

「その感想会とかをやったパブでは、どう? ぶつかって、誰かのグラスをひっくり返しちゃったとか」

「僕はともかく、他のメンバーも行くようなパブだ。客層が違うよ」

「その辺りは、身分制度が有ると解りやすいな……」


 本来は、貴族やジェントリー階級の方々は、夜は舞踏会などの社交に忙しいはずなんだが……さすが、ゲーム狂いたち。

 格式の高いパブで呑んでいたらしい。

 ダンカン・テイラーと直接繋がらないのなら、誰かを介したら繋がるのか?

 どちらにしろ、そのキーワードは哀れな少女霊がくれた。『嫌なもの』そして『魚臭い』を追いかけて行けば、どこかで繋がって来るに違いない。


「ねえねえ……あ、アオイくん。この話は名探偵に伝えた?」

「いや、まだ伝えてない。ヨハンの話も聞いてから……と思っていた」

「早く、伝えるべきだね。……羨ましいっ! 名探偵と自分で直接話したいよ」

「殺されちまった、お前が悪い」


 悔しがるヨハンは、バッサリと切り捨てられて笑いを誘う。

 名探偵が味方にいるのは心強いが、ヨハンを失ったのは痛い。何の疑いもなく頼れる、貴重な仲間だったからなぁ。


「それともう一つ……他のプレイヤーたちのグループの共闘を考えるか、どうか。……生活の安定を勝ち取ったチームが、いくつか有るだろう?」

「そうね……リアリティ番組を見る限りでは……」

「それこそ、犯人じゃないけど……接点がまるで無いもの」

「他の人達って、何かストーリーのきっかけを掴んでいるのかなあ?」

「わかんねえなぁ……俺、個人的には、今回護衛を頼んだ『大河』は、時々護衛に雇うつもりではいるけど」


 何となくだけど、あいつは信用できそうな気がする。

 意外そうにルシータが眉を開く。


「雇うんだ……仲間にするんじゃなく」

「今の時点の収入が違うだろう……。あの体育会系の力技は俺達には無い。でもまだ、お金が絡んでどこまで信用できるかは解らねえし」

「個々で、そんな感じで輪を広げていくのはアリかな? なるべくなら、信じ合える人を増やしたいと思うもの」

「じゃあ、君たちから積極的には、行かないんだね」

「現時点では……だな。追いかけようとしてるキーワードだって、まだ積極的に、他の連中に売り込めるほどの確実さは無いんだから」

「それこそ、番組で動きをバラされない限りは……」

「まだ、与田くんがロストしたことも、秘されてるみたいだものね」

「だから、『与田くん』は、やめてくれよ」


 ゲーム上の肉体と残金をロストしてしまった、半幽霊が嘆く。


 とりあえず、今できる事を纏めよう。

 まずは、名探偵への事情の報告。そして、ホームズ川周辺の調査。できれば先に、ここ半年の新聞をチェックして、新しく出来た会社や設備などの洗い出しを女性陣に頼みたい。


「その間、アオイくんはどうするのかな?」

「俺は大河の奴を雇って、ドック周辺を調べてみたいと思ってる」

「ドックって……ディンドン橋の手前の船着き場?」

「そう、大型船は停まれないけど、ヨーラッパ各国の玄関口だから。人の出入りも有りそうだろ」

「気をつけてね、治安が悪いって話を聞くから」

「その為に、大河を雇うんだ」


 俺達は、か細い手がかりの糸を、必死で手繰り寄せようとしていた。

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