幕間 桟敷席の人々
「一体、何が起きているのだ?」
一刀彫の熊が、不機嫌に捲し立てる。
他の出資者たちも、似たようなものだ。想定外の出来事が続いて、戸惑いを隠せない。
矢面に立たされたゲーム運営会社の木馬は、ただ首を傾げるばかりだ。
「おそらくは世界を維持する、群体AIの引き起こした事であると思うのですが……」
「それにしても、NPCが通り魔的にプレイヤーを殺害するなんて事があっては、ゲームとしての公正さや信頼にも関わる。いくつか、苦情も届いているではないか」
「そもそも、その群体AIというのは何だね?」
積み木の龍の疑問を渡りに船と、木馬は苦情を遮り、言葉を繋いだ。
「群体AIというのは、VRMMOで架空の町を形成する、基礎プラグラムです。NPCが朝に起き、昼に働き、夜に眠る。そんな基本的なことから、プレイヤーとの会話に齟齬がないように、個々の性格付けをしたり、街の天気や交通機関などの維持も行うなど、ゲームの肉付けを自動で行うAIとなります」
「そのゲームの肉付けを行うAIが、なぜプレイヤーを殺害する? それどころか、初期の段階で配置から外した名探偵を呼び出し、更に少女の幽霊を作り上げる。……AIは何を目的にそんなマネを続けている?」
玩具のロボットは、まさに火花を吹く勢いで、木馬を問い詰める。
まだ原因を掴めていない木馬は、言葉に詰まった。
その様子が不信感を招き、会議室は荒れた。
木馬に激しく詰め寄る者もあれば、苦い顔で宙を睨む者も有る。
不信感ばかりが吹き荒れる会議室に、ようやく主催のピエロが現れた。
「おやおや、みなさん……大分エキサイトをされているようですね」
「君! この事態に何を呑気なことを言っているのかね」
「この事態……ですか?」
「君も知らないわけはないだろう。プレイヤー殺害事件に、名探偵の登場、少女の幽霊。これはまさか、君が仕組んだんじゃないだろうね?」
激しく詰め寄る玩具のロボットを、ピエロはうんざり顔で見つめた。
「アクシデントは物語を加速させます。人工知能にしては、面白いことを考える」
「君っ!」
「あなたの頭は血を昇らす為だけに有るのですか? 少し考えましょう」
「失礼だぞ、君は!」
「私も、木馬も仕込んでいないことであるなら、犯人は群体AIとしか考えられないでしょう。……では、群体AIが何を考えて行ったのか?」
「それが理解できるというのか?」
「ええ……。群体AIに与えられた指示は、単純です。『この世界を破綻なく動かし、維持すること』……でしたよね?」
「その通り。……それだけのことしか命じていない」
その言葉に縋り、木馬が訴える。
VRMMOを構築する上で、群体AIに与える指示は常にその一言だ。
「……だから、ですよ」
「詳しく説明を願いたい」
状況を見ていた、信楽焼の狸が口を開く。
軽く頷いて、ピエロは言葉を続けた。
「このゲームに我々が仕込んだストーリー。その全てが成就してしまったら、どうなります?」
「ゲーム世界の破滅となるはずだな。勝者以外が稼いだすべての金を紙屑にするために」
「そう。……そして、群体AIが与えられた唯一無二の命令は、『この世界を破綻なく動かし、維持すること』……矛盾しているじゃないですか?」
「それはそうだが……これはそういうゲームだろう?」
「私たちの感覚では、そうです。しかし、群体AIからすれば、自己否定をされたようなものだ。……命令を実行するために、できることをする」
「まさか……」
「ええ、我々はあの世界を……ディンドンの街を敵に回してしまったようです」
皮肉なピエロの笑いが、広がっていく。
その言葉を、誰もが理解するまでには、少し時間を要した。
「では、緊急メンテナンスで対応を……」
「バグなど何も出ていないのに、ですか?」
「しかし、このままでは……」
「リアルマネーがかかっていますからね。第三者委員会の目もあり、彼らが糸口を掴んだこの時点で、根幹に関わるメンテなど出来ませんよ」
「そうなのだが……」
「幸いなことに、私たちは世界を維持する群体AIの他に、ストーリーを導くためのAIもゲームに仕込んであります。世界を維持しようとする力が働けば、そのまた逆の力も働くはず。……パワーバランスは取れるでしょう」
納得したのか、半信半疑なのか会議室を沈黙が支配した。
念を入れるように、ピエロが付け加えた。
「互いを後押しする力はイーブンです。全ては、プレイヤーの働き次第。このゲームの大前提は、何も変わってはおりませんよ。ただ、秩序の神と混沌の神のせめぎ合いが加わるだけです……。楽しみですね、何が起こるのか」
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