第六話 迷宮と怪談

 スロットランド・ヤードの仕事は早い。

 ヨハン自身の証言もあって、事件現場の特定がされると。不明であったステッキが発見され、血痕の残った荷馬車が発見された。

 捜査線上に浮かんだ犯人は、水産会社で鮮魚輸送をしていたダンカン・テイラーという男。

 ……だが、そこまでだった。

 当日の夜から行方不明である、テイラーの身柄は確保されていない。

 ディンドンの夜に消え失せたままだ。


「35歳、頭髪は薄めで、背を丸め気味の身長167センチ、痩せぎす。ぎょろりとして濁った灰色の目が特徴……すぐに見つかりそうなものなのになぁ」


 下宿で、新聞を広げて愚痴る。

 もう一週間、この状態から進展がない。


「ふーん、リラプール出身なのね」

「やめて、ルシータ。出身が同じだからって、僕まで疑わないでよ」


 ちらっと、ルシータが同席しているエドワードに視線を投げる。

 生真面目なエドワードが、大慌てで笑いを誘った。

 俺たちからすれば、リラ……じゃないリバプールはイコール、ビートルズの街だ。旧すぎて良くは知らないが、さすがに何曲かは知ってる。

 音楽の授業で習ったし、観光ガイドもそれ一色だ。

 だけど、それは百年近く後のこと。

 この時代のリラプールは、大英帝国の玄関口になっている。世界に開かれた港町。大栄帝国の第二の都市と、ディンドンを繋ぐ列車は国の大動脈。当然、人の行き来は多い。


 頼みの名探偵も、今は静観するしかない様子だ。

 裏では『バイカー街イレギュラーズ』の子どもたちが駆け回っているのかも知れないが、表面上は何の動きもない。


 つまり、我々はお手上げ状態……。

 殺害された本人が、リアルの世界で名探偵の名刺のSSに大感激しているそうだ。俺達としても、あまり責任を感じなくて済むのが、せめてもの幸いだと言えるか。

 俺は『ディンドン・タイムズ』を放りだして、手元の雑誌を引き寄せた。


「もう! あ、アオイくんは不真面目だよっ」


 『ディンドン怪奇マップ』を開いた俺に、目敏く舞衣が眉を吊り上げる。

 こうなれば、自分のできることを進めるしか無いじゃんよ……。


「いくら何でも、殺される前からヨハンの幽霊なんて、出てないでしょう?」

「当たり前だろう、エリーゼ。これは別口」


 相変わらず、この方面には女子の反応が冷たい。

 俺だって、好きでやってる……んだけど、それだけじゃないんだぜ。

 胡散臭そうに、ルシータも眉を顰めるし。


「幽霊の何を調べるてるのよ、アオイくんは」


 ちらりとエドワードを見て、内緒話のポーズ。

 理解したルシータの、イヤリングが揺れる耳元に囁く。


「俺たちの時代との幽霊話の相違点。共通しているものもあれば、ここには無い話。ここにしかない話。が有るんだ。……チェックしてるのは、ここにしかない話」


 これを運営が作ったのか、世界を動かす『群体AI』が作ったのかは知らない。どちらにしても、絶対に現代に伝わっているのが元ネタになってるはずなんだ。

 時代の新しいものは、ここに載るはずはない。

 でも、この本に載っていて、今に残っていないものって、何らかの意志で取捨されてるんじゃないかと予想している。

 そこに何かヒントが有る可能性は、捨てきれないだろう?


「否定はしないけど……付き合いきれないわ」


 肩を竦めて、呆れていらっしゃる。

 ヨハンが抜けた分、誰かを引っ張り込まないとな。


「すまない……僕は幽霊話は苦手で……」


 エドワードには、先回りされて断られた。

 それでも男か、軟弱者め……。

 気になるのは、やっぱりこれなんだよなぁ。


『ユニバーシティ・カレッジの啜り泣く少女』って奴。


 これは俺の偏見なんだけど、西洋の幽霊って、あまり恨めしげに啜り泣いたりしない印象。生前のまま歩き回ったり、怒鳴り散らしたり。

 啜り泣く幽霊って、妙に日本的だし……それ以前に、何で大学に少女の幽霊?

 この本によると、10歳くらいの女の子らしい。そんな娘が、わざわざ大学の建物を、霊になってまで徘徊する理由って何よ?

 ツッコミどころが多いと言うか、何と言うか……作為的じゃないか?

 しかも、半年前から目撃され始めた最新情報だぜ。


 ……うん、解ってる。生暖かい視線しか、帰って来ないよな。

 自分が巻き込まれたくないのか、エドワードが別の人間を生贄に差し出した。


「それに興味があるなら……ほら、前に紹介した日本ひほんから留学に来ている、ハクシュウ・ヤマザキ。彼がユニバーシティーで学んでいるはずだよ」


 あいつか……妙な所に伝手があったな。

 怪談に興味があると助かるんだが。


「英文学専攻だから、幽霊話には抵抗が無いと思う」


 ……そういうものなのか?

 留学生と一緒なら敷地にも入れるだろうし、守衛にちょいとお金を握らせれば、夜間の行動も可能なはず。この『ディンドン怪奇マップ』を見せれば、目的も解りやすかろう。

 レターセットを取り出し、その旨を手紙にしたためる。

 面倒くさいが、手紙でアポを取るのがこの世界のマナーだ。

 住所は、エドワードが知っていた。


「本気で調べに行くつもりなんだ?」

「今の所、他にアイデアが無いから、思いついたことは試していかないと」

「この上、アオイくんまで、変な事に巻き込まれないでよ?」

「じゃあ、僕は事務所に行くから……ついでにその手紙もポストに投函するよ」


 エドワードがいなくなると、ようやく隠さずに話ができる。

 舞衣が不思議そうに、首を傾げた。


「10歳の女の子の幽霊に、何か意味があるのかなぁ?」

「さあね。これが運営の仕掛けかどうかも解らないし、そうだとしても、メインのルートじゃあ無く、お手伝いクエストの可能性が高いかな。相手は10歳の子供だから……」

「本当に、思いついた事を確かめるだけなんだ」

「今の所、八方塞がりだしな。運営が絡んでいるとは思えないヨハンの死にも関わらず、犯人が捕まらないというのも、不思議過ぎるだろう?」

「ニッポン警視庁ほどに、スロットランド・ヤードの検挙率は高くないでしょ?」

「そうだけど……ただ座っているよりは、何かをしておきたいんだよ」


 安心しろ。今回ばかりは女性陣に、何も期待していないから。

 一人で行くか、それとも前にピカダリーサーカスで会った空手マンでも、ボディーガードに雇うか。……あの山崎白州って奴の前では、滅多な話はできない。できれば、夜は別行動をとりたいんだ。


 幸いな事に、二つ返事でオーケーを貰えた。

 決行は、次の金曜日の夜。夜警に握らせるコインを準備して、あの大河とかいう空手マンにも声をかけておこう。

 一晩一万円なら、良い稼ぎになるんじゃないか?

 他のプレイヤーを雇う形で手を借りるのは、有りかも知れない。

 信用できそうな奴がいたら、正式に仲間に引き込んでしまえば良い。ヨハンがロストしちまった今は、人手不足は明らかだ。

 この先、仲間を増やすことは、考えなければならない。


 当日の夕方。

 心配そうな三対の目に送られて、俺は待ち合わせのパブに急いだ。

 チェッ……心配はするけど、付いて来る気はないでやんの。

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