第四話 困惑と別離

「マジ……だったよ……」


 かの有名なスロットランド・ヤード。

 会議室に集められた女子たちに、俺は遺体確認の結果を告げた。

 まだ信じられないが、遺体の顔も、着ていたスーツも、持ち物も、全てヨハンのものだった。ただし、死因は溺死ではない。

 腹部を刺されての失血死のように見えた。

 舞衣は泣きじゃくるが、エリーゼも、ルシータも、俺も、頭の中は疑問だらけだ。


 霧雨の中、馬車でスロットランド・ヤードに連れて来られた俺達の疑いは、すぐに晴らされた。

 当たり前と言うか、有り難いと言うか、この世界には大原則が有る。


 プレイヤーがプレイヤーを死に至らしめた場合、殺されたプレイヤーが復活し、殺したプレイヤーがロストする。


 俺たち『ジパング』社の社員が全員健在である以上、俺達は犯人ではない。それどころか、ヨハンのIDカードの残金が全て4等分されて、それぞれのカードの口座に入金されているのだ。

 俺達の関与は、アリバイなどを調べる以前に有り得ない。

 それに、ダストレード警部ですら、首を傾げる事象が発生しているのだ。


「プレイヤーの『遺体』が発見される事すら、前代未聞だ。プレイヤーの身体は死後、霧散するものではないのかね?」



 結局、俺たちに何も解る事はない。

 ブルックラディ法律事務所から、自宅での取材、クラブハウスと、俺達の証言通りのヨハンの行動は、すぐに確認された。

 それ以上、今の時点で、俺たちから得られる情報はない。

 霧雨の中を歩く俺達は、ようやく彼らの前ではできない話をする。

 眉を顰めて、エリーゼが呟いた。


「まさか、ヨハンは誰かを殺そうとして返り討ちにあったの?」

「違うでしょ? それなら身体がロストするはずだし、彼の所持金が私たちの所に来ることは無いもの」

「だったらどういう事なのよ、ルシータ?」

「……何か、特殊な事態が起きたのかしら? それとも、運営が動いた……」

「運営は、個人の動きにまで関与するほど、暇じゃないだろう? 可能性は一つ。……ヨハンはNPCに殺された」

「そんな……だってNPCでしょ? それともこれは、イベントなの?」

「イベントで、いきなりプレイヤーを殺すかよ? そんな理不尽なこと、やったら非難轟々だろうよ。……これは、ただのアクシデントなのかも」


 言ってしまったものの、半信半疑だ。

 本当にそんな事が、有り得るのか?

 NPCの存在は、あくまでフレーバーであって、イベントでも無い限り、プレーヤーに自分から関与するはずはない。……その筈なんだが。


「みんな、酷いよ……ヨハンさんが亡くなったのに、他人事みたいに……」


 なんて泣きじゃくってる子供の頭に、コツンとゲンコツ。

 おいおい……。


「勝手にヨハンを殺すな、舞衣。これはゲームなんだから、キャラクターがロストしただけで、21世紀にいる本体はピンピンしてるはずだぜ?」

「ふぇ……?」

「ヨハンが欠けた分をどう補うかは、まだ先の話だ。……何が起きたのかを確認しないことには、俺達も安心できないだろう?」

「そうよ。リアルのヨハン……与野くんは、今頃ログインできずに慌てているか、ピアノの先生にしごかれているかのどちらかだもの」

「あ……そっか……」

「ふふっ。舞衣ちゃんが泣いてくれたって教えたら、彼も喜ぶでしょう」

「恥ずかしいから、言わないで!」

「良いじゃん、そのくらいの思い出はプレゼントしてやれよ」


 共通して入っているSNSを確認し、エリーゼのIDでチャットルームを開いてもらうことにした。時間は、リアルヨハンを引っ張り出しやすい昼食時。

 スマホ片手になら、昼飯くらい食えるだろう。

 悲しみに沈んだ顔で、下宿に戻る。

 それぞれ、寝室に引き籠もる形でログアウト。昼を待った。


       ☆★☆


「悪い……どうやら死んじまったらしいね」


 そんなヨハンの、それこそ他人事のようなセリフで会話は始まった。

 これが殺人事件なら、前代未聞の被害者の証言だ。


「一体何があったのよ、与野くん。詳しく話して」

「だからエリちゃん、『与野くん』はやめてくれ。最後なんだから、『ヨハン』と名乗らせてよ」

「何で、あんな寒い夜にホームズ川に浮いてたんだ?」

「僕も好きで浮いていたわけじゃない……そこまで記憶は無いし」

「もう……脱線せずにキリキリ話して!」

「はいはい、エリちゃんは意外にキツイな……。大して話せる事は無いのだけれど。昨夜は、いつも通りにモノポリーで大勝ちして、クラブハウスからパブに寄って、下宿に帰る途中だった」

「何でパブに寄ってたんだ?」

「閉館ギリギリまでやってたゲームの感想戦だよ。どんな事を考えながらプレイしていたかを話して、その局面での対応を検討するんだ」

「もう……好き過ぎでしょ。あなたたち」

「誰だって、上手くなりたいから必死なんだよ」


 楽しげなヨハンに、女子はドン引き中。綺麗になりたくて、化粧のやり方を教わるようなものじゃないかと思うんだけど、理解したくはないみたいだ。


「で、パブを9時半頃に出て……夜道を歩いていたら、いきなり袋のようなものを被せられて、腹を何かでブスリと……」

「場所はどの辺り?」

「リーゼントパークの東側……だったと思う」

「記憶が曖昧なのね?」

「酔っていたし、いきなりだからなぁ……痛みで気を失い、あとは断片的に意識が戻って、また消えてって感じ。荷車か、馬車に乗せられてる感じとか、魚臭い臭いとか……」

「相手の声とか、人数は?」

「わからない。無言で襲撃されたし、袋被せられてたし」

「……使えねえなぁ」

「ほっとけ。そうそうドラマみたいに行くかよ」


 失笑が漏れる。

 それほど、突然だったということだろう?


「通り魔的な犯行なのかなあ?」

「舞衣の言うのも可能性はあるけど、NPCにはプレイヤーを感じられるはず。プレイヤーはIDカードで財産管理してるのは周知のことだし、金目当ては考えづらいよ」

「ヨハン個人に恨みを持っての犯行?」

「エリちゃん、それは酷い……」

「それも無いとは言えないが……殺すほどの動機があるのかなぁ」

「ゲームでコテンパンにされた腹いせ?」

「それはあり得るから怖いな、ルシータさん」


 言ってろよ。

 だけど、謎なのはやっぱり


「NPCはプレイヤーを殺せるのかな? 出来たなら、その理由が知りたい」

「それには、僕も興味が有る。……とはいえ、僕はここでリタイアらしい。NPCの犯人探しは、きっとNPCの警察が進めるはずだ。でも、どうしてこういう事態が発生したのかだけは、しっかり見極めないと危険だ。……みんなには、最後まで生き延びて欲しいから」

「ヨハン……」

「大した力になれなくて、ごめん。でも、ここまで楽しかったよ……」


       ☆★☆


 ヨハンとの話を終え、再びログインする。

 怪しいのはやはり、いつもコテンパンにされてるらしい倶楽部のメンバー。あとは、一緒にパブにいたという仲間も洗う必要があるか……。

 とはいえ、相手は貴族かジェントリー。俺達に捜査権なんて無い。

 時間が経って、衝撃が収まるとだんだん腹立たしさが込み上げてくる。

 ゲーム狂いで神経質なところはあるけど、何であいつが殺されなければならない?

 ヨハンは「見極めろ」と言っていた。

 奴の仇はNPCなのか、それとも運営なのか……。

 くそっ……調べる術も無いぜ。


 その時、ドアがノックされた。

 パイロ夫人によると、事件のことでお客様が来ていると。

 今朝はこうして呼ばれ、ダストレード警部から、ヨハンの死を知らされたんだ。

 同じ思いなのだろう。上の階から降りてきた女性陣も、暗い顔で俺を見る。

 これ以上の凶事は、いらないぜ……。


 祈るような気持ちで、階段を降りる。

 階下には二人の男が、俺達を待っていた。

 一人は、ボーラーハットを被ったダークスーツの小太りな紳士。

 そして、もうひとりは……。

 俺は信じられない気持ちで、窓の外を眺めるその男を見つめた。

 俺はもちろん、エリーゼも、ルシータも、舞衣でさえ、その佇まいを知っているだろう。


 ブラウン系のチェックの鹿撃ち帽を被り、同色のインバネスコートを着た背の高い男。

 後ろ姿で顔は見えないが、くゆらせるパイプもトレードマークだ。


「はじめまして。私は医師のショーン・ハドソン。彼は……詰問探偵のシャムロック・ホークスです」

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