第三話 霧雨の朝、突然に

「まず、50センチの距離から撃ってみたまえ」


 ブルックラディ氏の指示通りに、50センチの距離から空き缶を撃つ。楽勝。

 手にした45口径のリボルバー銃『ブリティシュ・ブルドッグ』の重みには、まだ落ち着かない気持ちが有る。

 でも、護身用としても、今後の武器としても、これに慣れておかないといけない。

 ブルックラディ氏の狩猟の会に呼ばれ、ついでに拳銃の試し撃ちをしておく。

 32口径の小型な『ブルドック・パピー』は女性用とはいえ、21世紀女子の手には余る代物だろう。銃なんて扱ったことのない俺達だけに、機会を見て練習しておきたかった。


 更に50センチ離れて、1メートル。うん、これでも当てられる。

 1メートル30センチ。何とか……1メートル50センチ。命中は半分くらいか。


「これが、アオイ君の射撃距離だ。銃を使う時は、一発で仕留めないといけない。1メートル30センチ……この距離に近づくまでは、撃つな」


 こんなものか……単銃身のタイプとはいえ、イメージと違って接近戦武器と考えた方が良いな。

 ブルックラディ氏の言葉は、肝に銘じよう。

 次々に試していくが、ヨハンは俺と似たようなもの。女性陣は、ルシータもエリーゼも75センチ位。舞衣に至っては50センチでも危ない。

 空き缶相手でこれだ。

 実際に生き物、それも人間なんて撃てるのか?

 この世界も銃の管理は厳しく、俺たちの時代の日本並みに銃犯罪は少ない。

 試し打ちの機会を作ってくれたブルックラディ氏に感謝しつつ、こんな物を使う機会がないことを祈っておく。


 翌日、俺とヨハンは約束通りにブルックラディ法律事務所にいた。

 ブルックラディ氏同席の元に、ジャッキー&サンズ社の代表と契約書の確認をする。

 ……正しく言おう。同席してるのは俺達で、確認をしているのは先生だ。

 ややこしい文章の契約書なんて、読んでも理解できないよ。


 来るホリデーシーズンに向けて、モノポリーのローカライズ版を発売する契約だ。

 今はディンドンの土地で盤面を作っているが、フランツ版はパルの、ドイル版はベルリーの土地で作った方が馴染むだろう。ついでに、ファッションの都、パルの有名洋品店の名前を使った御婦人向けも発売したいらしい。

 オリジナル版の『監獄』が、『舞踏会』になっていたりするのが面白い。

 盤面デザインは、全て玩具メーカーさんが行っているのだが、権利が俺達にあるため、追加契約が必要なのだ。

 完全無欠の不労所得。……凄えな、ヨハン。


「だから言ったろう? 最初の一発だけど、後に続く話だって」


 涼しい顔をしているが、単純で頭数で割っただけでも、一人3千万円近い額が入ってくる。この後まだ、アメリアやベルガー、ホランダなどの国も残ってるんだし、その都度の製造印税のようなものも入ってくる。

 本当にとんでもないものを見つけてきたな、こいつも。

 だからこそ、ブルックラディ氏も、俺達に良くしてくれているのだろう。交渉をお任せしている分、その分け前も安定収入になるはずだ。


「もう、このままゲームをやり過ごしても、億単位の金が手に入る勢いだよなぁ」

「気を抜いちゃだめだよ、アオイ。運営が何時までも目溢ししてくれるはずもない。その気になれば、経済恐慌を起こして、全て紙屑にもできるんだから」

「俺達にできることは、ゲーム攻略に足掻いて、奴らを楽しませることだけか……。お前も、いい加減、倶楽部でゲーム三昧してないで、攻略に参加しろよ」

「ごめん、ごめん……でも、もうちょっと見逃して。リアルではピアノのコンクールが近くて、レッスン漬けなんだよ……」

「ゲーム中に、他のゲームで息抜きをするか? 普通……」


 あまりにヨハンらしいセリフに、笑ってしまう。

 帰りに、そのままクラブハウスに行かないよう、しっかり連れ帰ってくれと、エリーゼからきつく言われている。

 今日の午後は、大ブームを巻き起こしているモノポリーの作者であるジパング社に、新聞社の取材が来る予定なんだ。

 ブルックラディ氏のお願いもあって、断りきれなかった。

 ゲーム作りの話に、ヨハンがいなかったら、何の話もできないからなぁ……。

 記事で宣伝してくれと、メーカーから、ご婦人用の試作の盤も預かってるんだ。


 下宿に戻ると、既に取材スタッフが来て準備を始めていた。

 写真撮影用の『ライムライト』を焚く準備に入っている。まだ電球でのストロボなんて無い時代だから、石灰を加熱して放つ光を照明にしている。舞台照明と同じらしい。

 そんなタイトルの古い映画もあったような気がする……。


「さすがアオイくん。無事にヨハン氏を引っ張ってきたわね」


 舞衣じゃねえんだから、頭をナデナデするな。ルシータ。

 デカい金属の軸受のようなモノの付いた板を引っ張り出して、蛇腹の長さを枠で固定する。スマホでカシャの時代に慣れてると、カメラもいちいち面倒くさく見える。コードの先のがシャッターで、これは最新式の巻き上げフィルム式カメラだと自慢された。

 珍しさで覗き込んでる俺達を、カメラに感心していると勘違いしてくれてる。

 テーブルの上のモノポリー盤を全員で囲んで、一枚。

 少しじっとしていなきゃならないのが、面倒だ。

 続いて、見栄えがするルシータにご婦人用の盤を持たせて一枚。……気取った顔していても、盤しか撮影してねえぞ?


 取材に入ったら、もうヨハンの独壇場だ。

 ゲームを思いついたきっかけだの、参考にしたものだの……全くのでたらめなのに、いかにもそれっぽく説明していて、ちょっと呆れる。

 後で聞いたら、この辺りのことは、クラブハウスで質問攻めに遭っているんだとか。

 ……ゲーム漬けの日々も、立派に役に立っている。

 この時代でも珍しい女性記者だけに、女性が考え出したゲームがブームとなり、社会進出! の皮算用を立てていたようだが、アテが外れたらしい。

 せいぜい、ディンドンの地価を調べてきたエリーゼが、土地の値段を決めたくらいだもんな。それでもメゲずに、インタビューを終えた女性記者さんを褒めてあげたい。


「そろそろ、出かけちゃっても良いかな?」

「ちょっと、ヨハン……これからクラブに行くわけ?」


 記者たちが、帰った途端これだ。

 もともと、友人関係だったエリーゼさんが、呆れるのも無理はない。


「だって、エリちゃん。今からなら1ゲームくらいはできそうだし……」

「そんなに好きか、モノポリー?」

「まあ、良いじゃんよ。あとは別にすることがないんだし」

「サンキュー、アオイ。ちょっと行って来る」


 女性陣は呆れまくっているが、男子なんて大概そんなもんだ。

 ヨハンのモノポリー熱が一段落したら、俺の方のオカルトスポット調査に付き合ってもらわなくては困る。

 こればっかりは、女性陣が呆れ返って同行拒否なんだよ……。

 調べてみる価値は、あると思うんだけどなぁ。


 契約に同行しなかった女性陣に、今日の報告をしておくか。

 IDカードの残高に仰天していたが、帰る途中にヨハンに釘を差された内容も、そのまま伝えた。経済恐慌を引き起こされたら、お金なんて紙屑同然だと。

 何にしろ、ゲームクリアに足掻くしか無いんだ。

 気を引き締めた所で、ログオフする。

 遅くなるに決まっているヨハンの帰りなんて、待っていられるか!


 翌日、早めにログインすると外は霧雨。

 陰鬱な天気に出かける気もなくして、部屋でウダウダ。

 他のメンバーも同じらしくて、集まってグダグダ。

 ところで、なんでたまり場が俺とヨハンの男子部屋なんだ? ……まあ、いいけど。


「ヨハンが来ねえな……」

「もうクラブに行っちゃったんじゃないんだ? じゃあ、リアルでコンクール練習に捕まっているのかしら?」

「その息抜きに、こっちでゲームしてるって言ってたからなぁ」

「ふふっ……ゲームの中で、別ゲームにハマるって変よね」


 ルシータも俺と同意見か。

 舞衣はポヤンと、少女雑誌に浸ってる。放っておこう。


 そんな時にドアがノックされた。


「ああ……みんなここにいるのね。良かった。今、警察の方が見えて……」


 そういうパイロ夫人を押し退けるようにして、痩せぎすのダークスーツが警察手帳を示して言った。


「私はディンドン市警のダストレードと言う者だ。……ここが、ヨハン氏の務める『ジパング』という会社の事務所で間違いないかね?」

「ああ、今日はまだ見かけていないけど……」


 頷きあう俺達を、ボーラーハット越しの鋭い目が見つめている。

 何かやらかしたのか、あいつ?


「今朝方、ホームズ川に遺体が上がった。……所持品等から、ヨハン氏であると推測される。念の為、君たちが昨夜、どこにいたのかを確認したい」


 は? 何を言ってるんだよ、この人?

 俺達がその言葉の意味を理解するまでに、長い時間が必要だった。

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