第二話 ディンドン暮らし
約束どおりにケルジントン公園西のパブに行くと、俺たちを見つけたエドワードが片手を上げて合図してくれた。
何でも、俺達に興味を持って会いたがっている奴がいるとか。
酒の席ってことも有るし、所作修行中の舞衣は置いてきて、当たり前の顔でルシータが一緒に来ている。こいつは、酒の機会は見逃さない。
「すまん……ヨハンは相変わらず、クラブにどっぷりだ」
詫びながら、一緒にテーブルを囲む。
エドワードの隣には、涼やかな美人系の女性が座り、もう一人は東洋人のキザな感じの男だ。俺達に興味が有るのは、この男か?
ネームは頭上に浮いていないから、どちらもプレイヤーではない。
「しょうがないなあ、あのゲームマニアは。……紹介するよ、こっちが
「山崎の名字は想像できるけど、ハクシュウの名は白い秋と書くのかい?」
「ほう……漢字が解るのか? 残念ながら、『白州』と書く」
テーブルの上に、指を濡らして書いてくれる。山崎白州か……知らない名だ。
ベアトリスは、去年までドイルのベルリーで学び、今年からカウフォード大学で学んでいるとか。優秀な経済学者の卵であり、お金持ちなお嬢さんだ。
山崎に対するのとの微妙な態度の違いに、冷やかしたくなるのをじっと堪える。
生真面目なエドワードだけに、温かく見守る方が楽しいかも。
「……ということは、噂になっていた『フェイダーズ・インのルシータ』とは、あなたか」
山崎が、大げさに驚いている。
ルシータは、そんなに噂になっていたのか?
「夏過ぎくらいまでは、男子学生たちの間で『ホテル・ラフロイグの舞衣』と『フェイダーズ・インのルシータ』の二人が噂の的だったから。皆、手紙でアプローチするのに、必死だったなあ」
「あなたは見かけなかったから、舞衣ちゃん派かしら?」
「僕のような貧乏人には、『ホテル・ラフロイグ』はもちろん、『フェイダーズ・イン』なんて、とてもじゃないけど行けなかった。噂を聞いて、指を咥えているだけだよ」
色気虫のルシータはともかく、舞衣?
小声でエドワードに確認してみたら、「知らなかったの?」って顔をされた。
初見は、大人びた切れ者だったけど、もはや、ラッキースケベを連発する粗忽者にしか見えない。……確かに、
山崎の相手は、ルシータに任せよう。
日本の話をしていて、馴染んだ地名や建物がでてきた時に、地雷を踏みかねない。
こいつの知っている
舞衣ほどではないが、俺は自分の粗忽さを過信してはいない。
その分、不自然にならないようベアトリスに話しかける。
ふ~ん。アメリアのマサリューセッツ州エルセクス群の出身なんだ。
「そう言われても、何が有るのか思いつかないのではなくて?」
と笑いながら言われたが……悪い。その通りだ。
漁港の町で、そこをベースに販路を広げた、水産会社のお嬢さんなんだそうな。それもあって、同じく漁港の町でも有るリラプール出身のエドワードと、意気投合しているのかな?
専攻も、学校も、立場も違うけれど、学生街には、学生たちなりの繋がりがあるらしい。図書館や、学生向けの安酒場などで知り合い、議論を交わしたりと、アカデミックな友人関係ができるそうな。
もっとも、男子には男子なりの付き合いもあるようだが……。
まだ女子学生など稀有な為、ベアトリスはかなり目立つ存在なのだとか。
希少性が無くても、充分な美人だからなぁ。
よくもエドワードが、誘い出せたものだ。悪い奴じゃないんだが、良く言えば紳士的過ぎるのに。
ベアトリスも山崎も、話の盛り上げが上手く、結構楽しい酒を飲ませて貰った。
英文学を学びに来ている山崎の
「プレイヤーと言われる人々は不思議だな。異邦人のはずなのに、わが祖国に通じるメンタリティを感じる」
鋭い呟きには、肝が冷えたぜ。
ベアトリスから、いくつかの図書館の、新会員の推薦状をもらえたのは助かった。
この時代の大きな図書館は、ほとんどが会員制であって、現会員の推薦がなければ、会員になれないんだ。だから身分制度は嫌だ。
エドワードは法曹関係の図書館にしか出入りしていないから、なかなか伝手が無くて困っていた。とりあえずは俺が会員になって、他の連中を推薦すれば良い。
情報集めに図書館は、基本中の基本だと思う。
NPCながら、知り合いが増えるってことは、コネが増えるということ。
あまり得意でないが、人付き合いも増やしていかないとな……。
ベアトリス嬢は、頬を染めたエドワードが送って行くし、山崎は別の知り合いに引っ張られて、違うパブに流れ込んで行った。
まだ、日が沈んでもいないんだぜ?
「あぁん……酔っちゃった……」
なんて、ルシータがしなだれかかるが、嘘を吐け。
プレイヤーキャラは、ほろ酔い程度で、千鳥足にはならないじゃないか。
「冷たいなぁ、舞衣ちゃんとは楽しげにしてるのに……」
「あれは粗忽過ぎて、いろいろやらかすから。お前が同じことをしても、計算尽くの誘惑にしか思えないだろう?」
「それは偏見よ」
「……どうだか」
肩を竦めて、笑い合う。
そう言えば、こいつだけは、リアルの素性が謎なんだよなぁ。
もちろん、無理に問い詰める必要なんか無いのだけれど……。
3月生まれの17歳で、
ルシータに誘導されるまま、チートサイドの大混雑に紛れる。
ニョキッと飛び出たポゥ教会の尖塔を通りの中央に置いた、ディンドンの賑やかな商業区だ。ここで生まれ育った人を『生粋のディンドンっ子』と言うらしいから、日本で言えば浅草か、神田か……。
車道では、馬車が渋滞してるし……。こんなのは、滅多に見る光景じゃない。
とにかく、スリには要注意だ。
「それにしても、良く作り込んであるわね」
「モブなNPCの性格まで、きちんとしてるからな。群体AIとかいうのを、仕込んで、世界を動かしているらしいぜ」
「舞衣ちゃんがハマってる、少女雑誌の中身までちゃんと読めるもの。一度、劇場の舞台劇や、バレエ公演も見られるものか試してみたいわ」
「俺は、確実に寝るな……」
「そう思うから、誘うならエリーゼか、ヨハンにしておくわ」
「そうしてくれ。格調高い芸術は、苦手だ」
この街を楽しめば、楽しむほどに、作り込みの細かさが見えてくる。
街路はもちろん、人、創作物……。
それがあるから、モノポリーなんてボードゲームを、突破口にできたのだ。
現実のロンドンをどこまで再現しているかも気になるけれど、俺としては、架空のロンドンをどこまで再現しているのか? も、気になっている。
古い教会や、お城の幽霊。ロンドンから離れるが、毎度お馴染みのネッシーくん。そんなオカルト話や、名探偵、吸血鬼、切り裂きジャックも、まだ現役のはず。
そんな『裏ロンドン』というべき世界を、どこまで拾っているのか?
そこを追いかけてみると、運営の思惑を掴む、手がかりになるんじゃないかと思うんだが……。ちゃんと、オカルトマップや、それ系の記事の多い新聞も売られてるんだぜ?
その手の話が好きってこともあるが、やはり気になる。
なのに、舞衣にまで、鼻で笑われるもんなぁ。
こういうのは、やっぱり男の子のロマンだ。
早い所、ヨハンがゲーム漬けの日々に、飽きてくれることを祈るよ……。
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