幕間 桟敷席の人々

「これは、いくら何でも儲けさせ過ぎではないかね?」


 ブリキのロボットが火花を散らせる。

 電脳空間の簡素な会議室。『トレジャーワールド2』の出資者は誰も、苛立ちを抱えてモニター画面を見つめている。

 トッププレイヤー5人が、それぞれ一人7千万円近い額を稼ぎ出したのだ。

 ゲームを直接運営する木馬のアバターが矢面に立たされたが、当人は涼しい顔で言い放った。


「それがどうしました? 彼等にしても6ヶ月がかりで、やっとゲームのスタートラインに立てたのです。むしろ祝ってやりませんと」

「しかし……7千万円は大き過ぎないか?」

「なぁに、プレイ口座にある内は無税ですが、別の口座に移すと、その時点で『収入』となって、課税対象。買い物をするのは自由だが、ゲームが終了した時に、勝利者になれなければ、それは未分不相応な重石にしかならんでしょう」

「そうは言うが、君……」


 派手な継ぎのあたったテディベアの心配を、木馬は笑い飛ばした。


「これは財産を稼ぐゲームでは、ないですよ? ゲームの謎を解く前に、生活を安定させなければならないだけ。リアルの知識で稼ぐ方法は、抜け道と設定してありましたが、まさかモノポリーを引っ張り出してくるとは……プレイヤーもやるもんだ」

「快進撃のプレイヤーがいないと、リアリティ番組の視聴者数が減ってしまいます。夢と希望を与えておき、それを奪っていくのが醍醐味ですから」


 主催であろうピエロの人形が、意地悪く笑う。

 心配性らしい、唯一の老年の信楽焼の狸が訊く。


「これで突破口が示されたわけだが、二番煎じ、三番煎じが続くのではないかね」

「続いてくれないと困りますよ。スタート地点に立つのが彼らだけでは、この先の面白味に欠けますから。二番煎じでも、どれだけ工夫したかで与える額は考えましょう」

「連中は、上手くやり過ぎてるな。法律家まで味方につけるとは……」

「本当に切れる連中ですよ。もっとも、法律の枠の及ぶ範囲でゲームが収まれば……ですが」


 楽しそうに笑うピエロに、金色のダルマが首を傾げた。

 片方しか入っていない目で、モニターを見つめる。


「だが、これだけ切れる連中だ。突破口のことは秘するのではないか? ジェントリー階級の話題は、労働者階級にはまったく伝わらないだろう?」

「我々がこうして話しているように、プレイヤー同士にも、現実世界での情報交換場所が有ります。幸いにも匿名なので、我々が流してやれば良いんですよ。彼らの名と、稼いだ金額、そして、その手口も」

「それは、彼らが危険ではないか? だいぶ切羽詰まったプレイヤーも出ている。残金が無いなら、暴力行為のペナルティーも意味をなさないよ」


 その心配すら期待するかのように、ピエロは笑うばかりだ。


「暴力沙汰、大歓迎です。女性陣はなかなか美人揃いですし、十代の娘もいる。殺人などとつまらないことではなく、強姦とか考えてくれると絵になるのですがねぇ……」

「その為に、普通のゲームと違い、性器まで再現しているわけですから」

「犯罪推奨なのかね?」

「いえいえ、キスしたり舐め回したりは許容範囲で、挿入の時点でアウトとなりますよ。そこまではトラブルの範囲と考えています。……そういうシーンを期待される方も少なくはないので。とはいえ、犯罪を犯したものは、顔写真付きで、住所氏名をホームページに大々的に公表されます。契約書に記されたその文言を、読んでるかどうかは、我々の感知する所ではありません」

「プレイヤーにも、品位が有ることを祈るよ」

「さすがに良識をお持ちだ」


 鮭を咥えた一刀彫の熊が揶揄する。

 金色のダルマは、相手にすることもなく沈黙した。


「情報公開以外の介入は、するのかい?」

「二番煎じ、三番煎じの連中の査定をするに留めます。トップ連中ほど頭を使ってくれれば、それなりの金額も出しますが……。あとは、自由に泳いでもらいましょう」

「それで、良いのかい?」

「ええ……まだ彼らはスタートラインに立っただけで、ゲームの目的すら解っていない。焦る事など、何もありません。当分は、高みの見物といきましょう」

「当初の終了見込みまで、あと2年半か。それは変わらないのだな?」

「ええ……プレイヤーの気づかぬ所で、もう物語は動いています」

「連中が、何時気がつくのやら……自分たちのいる世界に」

「種は蒔いてますし、気がつくことも可能なのですから。あとから見れば、我々の公平さが解るでしょう」

「意地の悪さも……な」

「そんなに甘い世の中ではありませんよ。現実も、ゲームも……」


 笑い声だけが、仮想空間に響いた。

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