第十話 快進撃

 認可が降りた十日後──


 俺達は再び、ブルックラディ法律事務所の会議室で、モノポリーのデモプレイをしていた。

 エリーゼが銀行役となり、エドワードや事務所の法律家を加えて、プレイヤーは7人。

 これが最適人数の最大範囲なのだとか。みんな参加したがるから、苦渋の決断。


 プレイをじっと見つめるのは2人づつ、4人の目。

 ブルックラディ先生が呼んだ、2社の玩具メーカーの代表者だ。

 この場を設けられた時点で、俺達はもう負ける気がしない。人気が約束されたゲームをプレイし、プレゼンするだけだ。

 名も知れぬ若造たちの作ったゲーム……。と、高をくくっていたメーカーさんも、ブルックラディ先生が熱く推める理由が解ってきたのか、声を潜めて話し合っている。

 何でそれが解るかって? ……また、早々に破産したんだよ!

 模範プレイは、余裕綽々のヨハンに任せて、俺は反応を確かめる係をするか。

 ブルックラディ先生は、この場で2社を天秤にかけて契約を迫るつもりのようだけど、ちょっと強引過ぎないか?


「なあに……この場では、最初の数十セットの製造契約を結べれば充分だ。私も早く、自分の盤が欲しいからね。それを社交の場に持ち込んでプレイすれば、確実に火が付くだろう」

「社交の場って言いますと……?」

「社交シーズンが終わってしまったのは惜しいが、それでも私の所属する法曹界のクラブや、テーブルゲーム好きのクラブなどでプレイをするつもりだ。……今日の契約で金が入ったら、君とヨハン君は、すぐにハローズあたりで服を仕立てておいてくれ」


 クラブっていうのは、退役軍人とか、同じ境遇だったり、同じ趣味を持っていたりするディンドン紳士の社交の場だ。

 入会には、会員の推薦と全員一致の賛成が必要なほど、条件が厳しい。

 入会金、年会費も、そのクラブによってピンキリだけど、入会できれば、社交界の一員と認められる。庶民がパブに集まるように、貴族やジェントリーの紳士たちは、クラブハウスに集まって酒を飲んだり、ダベったりの情報交換をするのだそうな。

 ブルックラディ先生の所属するようなクラブのメンバーは、一流の洋品店で服を仕立てるのだろうけど、まだ俺達じゃあ気張ってもハローズが良い所だ。

 菓子を買いに行っただけでも、場違い感が凄かったからなぁ……。

 それができる額を、ふんだくる気構えってことだろう。頼もしい。


「まだまだ……。本番はその先だ。本格的な量産や、フランツ、ドイルなどヨーラッパでの販売。アメリアへの販売契約など、君たちが想像を絶する額を手にすることになる。その一割の利益だけでも、私が直接動く価値がある額になると思ってくれて良い」


 ゲーム終了後、2つの応接室を、それぞれ玩具会社の担当に振り分けて、その場で本当に天秤にかけるような交渉を始めた。付き従う、俺たちの方がビビるくらいの強気さだ。

 最終的に、契約金3千万円。1セットの製作に対し価格の2割を俺達に。という条件で競ったものの、9月の頭までに発売できるか? を迫られ、ジャッキー&サンズ社との50セットの契約が結ばれた。

 ベースが有るとはいえ、3週間で50セットの製造はキツイだろう。

 ブルックラディ法律事務所への報酬を除いても、一人6百万円近い金額がIDカードに振り込まれた。ほぼ、俺たちの時代のサラリーマンの年収が一瞬で……。

 プロトタイプとして、盤やカードのセットを渡すと、俺達は夢見心地でフラフラとハローズへ向かう。……スリには気をつけないとな。多いんだ、この世界でも。


「何で、女性陣はともかく……舞衣までついてくる?」

「意地悪言わないでよ。私だって念の為、社交用のドレスとか準備しておかないと」

「いや、ルシータや、エリーゼと違って、お前はまだ子供服を作ることになるんだろ? 18歳になってから、作った方が良くね?」

「ふ~んだ。誕生日は3月だから、まだ半年くらい先だもん」

「早生まれかよ! どこまで子供なんだ……」


 そんな日常会話をしていたら、やっと落ち着いた。

 スーツをワンセットと昼、夜の礼装。ボーラーハットに靴。オーダーメイドの採寸が、何ともこそばゆい。

 今から作るなら、秋冬物で良いのは助かる。この国、意外と気温が低いんだ。

 女性陣は、もっと大掛かりで大変だけどな。

 ついでに、エドワードにネクタイくらい買ってやろう。お礼はしないと。

 舞衣がパイロ夫人に、紅茶のお土産を買ってたのをみんなで折半する。

 ルシータは「アクセサリーが心許ない」と心配しているが、それは先生の言う「この先の契約」まで待て。宝石も買えるようになるさ。

 子供は珊瑚のネックレスで充分だから、楽でいいな。……だから、踵で足を踏むな!


 9月の初頭。

 製品の発売を前に、サンプルを貰った。

 すぐにブルックラディ先生に、フィンベリ区にあるトワイライトクラブのクラブハウスに呼ばれた。良い意味で、紳士の社交場なので、俺とヨハンのみ。

 ここはテーブルゲーム好きの集まっているクラブらしく、本来はクラブ会員以外は、応接室までしか入れないのだが、特別に中に入れてもらった。

 するべきことは、もちろん、モノポリーの模範プレイだ。


 発売日の9月8日。

 ドキドキしながら、みんなでハローズへ行ってみる。

 製品版が並んでいるかと覗いてみたけど……無い? まだ入荷していないのかと訝しがっていたら、店員さんが店頭にポップを置いた。


『モノポリーは、完売致しました』


 駆け込んできたメイドさんが、そのポップを見て頭を抱えた。

 すぐにまた一人来て、慰め合ってる。

 何だか、凄い事になってないか?


「そうなんだよ……先輩たちも買えなくて、嘆く嘆く。持ってるのはサンプルを貰った先生だけだから。僕はまだ、ここで遊べるからマシな方さ」


 ダイスを転がしながら、エドワードが嘆く。

 初版50セットは、まさに瞬殺だったらしい。

 交渉を一任されているブルックラディ法律事務所には、玩具メーカーからの電話が鳴り響いているそうな。

 特に、初版を製造販売したジャッキー&サンズ社は、小売店に増産をせっつかれているものの、初版分しか契約をしていないから、作るに作れない。

 交渉は、完全にブルックラディ先生の掌の上なのだとか。


 あの先生、どんだけ巧妙に、社交界にお披露目したんだ?


 翌日、とりあえず追加の百セット分の契約を同じ額で結ぶ。

 それが仕上がってくる翌週に、俺達はブルックラディ家の正餐会……昼食会にお呼ばれした。女性陣も余所行きを準備した甲斐があるってもので、慌てて、装飾品を買い足してた。

 マトンのカツレツやら、鳩のコンポートやら、ファーストコースから、サードコースまでずらりと並ぶ料理は、コルセットで締められた女性陣には目の毒。

 味の方も、現代日本で肥えた舌には、いささか物足りないのが、せめてもの救いか。腕利きの料理人と、評判のコックらしいけどね。給仕するのには慣れてるが、されるのは照れるものだ。

 この日の主賓は、もちろん俺達ではない。

 何とかいう伯爵様で、王室ともやり取りをなされる方だそうな。

 事の重大さに気づいたのは、伯爵夫妻がおいとまをなさる時だ。


「では、女王陛下へよろしくお伝え下さい」


 と差し出したのは、出来立ての第2版モノポリーだ。

 王室献上かよ……。

 この為の正餐会であり、俺達を伯爵様に紹介する意味もあったのだと気付かされた。

 ブルックラディ先生は、どこまで広く種を蒔いたんだ?


 翌週、ジャッキー&サンズ社との正式な最終契約が行われ、この国を始めとするヨーラッパ諸国、アメリアなどへの販売契約と、恒久的な1セット生産で2割の歩率の支払い契約が締結された。

 法律事務所の取り分を差し引いても、契約金だけで一人頭6千万円を超える金額を手にした上に、増産ごとに収入が加わる事になる。


 俺達は、成功者となった。

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