第九話 ダイスを転がせ!

 あの喚き野郎の事もあったし、特許出願も先週済ませたことで、給仕の仕事は辞める事を店に伝えたんだけど……。

 急に二人も抜けられるのは困る。と言われ、かといって舞衣一人の時に、またあんなのが来たら……。店に来るなら対処できるが、通勤の途中を狙われたら……。などとの理由で、二人一緒のまま、金土日の週に三日だけ、続けることになった。

 プレイヤーの名前はともかく、ホテル『ラフロイグ』のレストランの給仕という仕事が一番稼げるし、実際に稼いでいるとプレイヤーに知れ渡ってしまったのは、誤算だ。

 そろそろ、食い詰めた連中が出て来る頃だし、危ない時期になってきてる。

 働きも良かったと自惚れるが、給仕長や、コック長、みんなに良くしてもらっていただけに、ちょっと心苦しいんだけど……。


 何時までも、身を粉にして働いてばかりは、いられないからな。


 俺達は、荷物をまとめて、それぞれベッドルームが一つづつ余ってた、エリーゼたちの下宿に転がり込んだ。

 特許が下りてすぐ動けるように、ゲーム盤などを作って置かなければ。

 出願の方には、緩く基本ルールだけの方が範囲が広がるとのアドバイスで、アバウトで良かったが、こっちはしっかりと形を決めなくちゃいけない。

 観光ガイドを片手に、盤面に使う土地を決めたり、土地の価格を決めたりと大変だった。

 薄板にペンキを塗り、記載事項は紙に書いて貼り付けた盤面を囲んで、今はテストプレイをしている。

 さすがに、プレイ経験者がヨハンとエリーゼだけじゃあ、拙いだろ?


「やったぁ! メイウェアの家を四件にしちゃう!」


 最高価格の土地に最大限の投資をして、舞衣がはしゃぐ。

 マズいな、あんな所にコマが停まったら破産の危機だ。カラーグループを揃えていないのがせめてもの救いとはいえ……。


「舞衣さん、僕は初心者なんだから、手心を加えて下さい」

「甘えるな、エドワード。俺も舞衣も実際に遊ぶのは二度目なんだぞ」


 エドワードは、いろいろ利用させてもらっている法学部の学生だ。

 この生真面目な彼がいてくれたおかげで、『ブルックラディ法律事務所』とコネができ、会社設立から、特許出願までスムーズに進めることができた。

 リラプール近郊の地方領主の三男とかで、法律学校で学ぶジェントリーだ。

 ジェントリーっていうのは、貴族じゃあないが、社交界に出入りできるような富裕層のことだよ。俺達は今、その下の方に、何とかのし上がろうと足掻いてる。

 生活に不安が無いくらいに資産を持たないと、探索どころじゃない。


 そんな甘い事を言っているから、エドワードが見事にメイウェアの土地にコマを停めてしまい、まっ先に破産した。

 憮然とゲームの進行を眺めていたが、最終的に全員を破産させて勝ったのが、舞衣ではなく、安いブロックを競売や交渉で、せっせと買い集めていたヨハンだったことに目を丸くした。


「いつの間にか、ボードのマスがヨハンの土地ばかりになって……」

「舞衣ちゃんは序盤に高い土地に投資し過ぎて、手が狭くなっていたからね。……誰かがドンとそこにハマって、競売に出された安めの土地のカラーグループや、鉄道会社などを集めていくのも戦略さ」

「もう一度やろうよ、今度は負けない」


 すっかり熱くなってやがる。

 だがエドワードよ、もうひとゲームやったら遅くなりすぎるぞ?

 遅刻すると、事務所の先生に叱られるんじゃないか?

 暖炉の上の時計を見て、宙を仰いでる。

 ゲームは逃げないんだから、明日またやろうぜ。

 大きな子どもたちに呆れながら、パイロ夫人が紅茶を煎れてくれた。まだ酒を呑めない本当の意味での子供がひとりいるから、気を使ってワインではない。

 子供のいない老未亡人に、妙に可愛がられている舞衣だ。


「ずいぶんと、楽しそうだねえ」

「明日、おばあちゃんも混ざろうよ。楽しいから」

「ルールが難しいんじゃないの?」

「大丈夫だよ。私でも覚えられたもん」


 パイロ夫人まで、引き込むつもりか?

 場数を踏むには越したことがないし、いろいろな人も反応も見たい。

 明日はルシータも顔を出すと言うから、遊ぶメンバーも揃うな。

 あいつだけ、空きのベッドルームが無いのと、貯金額が心許ないので、給仕続行中だ。

 俺達の後にホテル『ラフロイグ』に移りたがったけど、稼げる場所と知れ渡り過ぎたから、やめておくように説得した。

 この先は、プレイヤー同士の軋轢の方が怖い。

 モノポリーの契約が済めば、一気に抜け出せるだろう俺達だけに。


「特許の認可は、何時頃解るのかしら?」

「うーん……お役所のする事だから、難しいよ。エリーゼたちは、急ぎたいのだろうけど……そうだ。みんなは明後日の昼頃に、時間が有るかい?」

「必要なことなら、みんな無理にでも時間を取ると思うけど……何をさせるつもり、エドワード」

「ウチの事務所で、ゲームをしようよ。ヨハンや、舞衣たちも集まって」


 ひょろりとした青年は、悪戯っぽく笑った。

 法律事務所なんて、お堅い所でゲームをして大丈夫かよ?


「狩猟や乗馬などは苦手な先生方が多いから、チェスやポーカーには目がないんだ。ゲームの特許を出す時点で、気にしてたんだよ。……ちょっと強引だけど、実際に遊んで巻き込もうよ。昼過ぎには、所長も戻ってくる。彼の目に止まれば、役所にもプッシュしてもらえるさ!」


 2日後、エドワードの言葉を信じて、『ジパング』のフルメンバーで、精一杯のおめかしをして、ブルームズチェリー地区の『ブルックラディ法律事務所』に向かった。

 天気は雨。まあいつもの天気とも言える。霧が残ってないだけマシだ。

 根回しは済んでいるらしく、サンドウィッチを齧りながらの若き法律家たちに囲まれて、会議室のテーブルに着く。

 エドワードは説明役に回るらしく、プレイはしないようだ。

 さすがに緊張するな……。

 銀行役はエリーゼが受け持ち、3百万円を配って、ラッキーカードをシャッフルして場に置き、ゲームをスタートする。

 始まっちまえば、周りの目を気にする余裕もなくなるんだが……。

 今回の出目の関係から、鉄道会社中心に買っていったんだけど……また、大物狙いの舞衣の一撃を食らって破産しちまった。お前、そんなにメイウェアの土地、好きか?

 俺が破産したもので、一気に舞衣が競売で鉄道会社を全てせしめた。

 ドッと笑いが湧く中、周囲に苦笑を振りまく。

 ……おや? 

 スタート時にはいなかった鷲鼻の紳士が、ヨハンの後ろに座ってプレイを覗き込んでいる。

 ひと目で解るスーツの仕立ての良さからして、おそらくこの人が、トーマス・ブルックラディ先生。この事務所の所長さんだろう。

 エドワードも、先生の反応を真剣に窺っている。

 そのヨハンが動いた。


「舞衣ちゃん。僕のパールアベニューの土地と、君のボウガンストリートとワインストリートを交換しない?」


 交換成立すれば、舞衣は最高価格帯の紺色のゾーンを、ヨハンは中間価格帯の赤色のゾーンを独占できる。高額物件好きの舞衣が了承して、交換成立。

 一気に危険ゾーンが増えていく。

 間に挟まれたルシータが、悲鳴を上げるのも無理はない。

 ゲームはルシータを破産させ、七割方の土地を独占し物件を揃えたあとは、のんびりと監獄に留まっていたヨハンが、続けざまにヨハンの土地に停まって、高額払いの続いた舞衣を破産させて、また勝利を得た。

 こいつ、強いな……。


「次は、私も参加させてくれ」


 身を乗り出した所長先生を始め、次は法律事務所の職員だけでゲームを回す。

 ダイス一振りごとの、阿鼻叫喚は法律家だろうと、労働者だろうと変わらない。

 さすが、ヨハン曰く『世界一売れたボードゲーム』だ。


「ボードは、これ一つしか無いのか?」


 3番目に破産してしまった、所長先生が銀行役のヨハンに訴えた。

 うんうん、悔しいよな。リベンジしたくなるのは解る。

 ヨハンが笑いながら伝える。


「これはデモンストレーション用の手作りの試作品ですから。特許が取れたら、玩具メーカーと販売契約して、生産してもらうつもりでいます」

「ふむ……この手のものならジョン・ワシントン社かジャッキー&サンズ社だろう。君らは名刺を準備しているか?」

「いえ……失念していました」

「急いで準備しておきなさい。特許については、役所の尻を叩いてやるから、早めに出させる。その後は2社を天秤にかけて、発注を決めよう」


 忙しく、自分の中で話の流れを決めてゆく。

 もちろんそれは迷惑ではなく、世間に疎い俺達としては知恵を借りたかったくらいだ。

 その場で、俺達の得られる収入の一割を、ブルックラディ法律事務所の取り分とする契約が、まとまってしまった。

 デモ用のボード一式を持ち帰るのを、恨めしげに見送られたけど……。


 翌週、ブルックラディ氏のコネで圧をかけられたのか、早々と申請は許可された。

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