第八話 喚く男
行儀は悪いが、ハンバーグステーキランチをフォークだけで食いながら、スマホを眺める。
ハンバーグなんてフォークで押し切れるから、ナイフはいらないよな?
それはともかく……
匿名掲示板や、攻略サイトなどを見ても、『トレジャー・ワールド2』のプレイヤーの阿鼻叫喚だらけだ。
全くと言って良いほど、攻略情報が出てこない。
もちろん、リアルマネーがかかっているだけに、良い情報は秘する部分もあるかも知れないと割り引くんだけど……。
『戦うな、金を稼げ』
という、有り難いアドバイスがあるだけで、具体性はまるで無い。
どちらもプレイヤー以外でも書き込めることから、時折フェイク情報が混じってくる。
プレイしてりゃあ、有り得ないことは一目瞭然なのに、それに引っかかって脱落するやつもいるとか。
うーん……参考になることは何もない、か。
ヨハンの言う通りに、モノポリーの特許が取れ、玩具メーカーへの売り込みに成功すれば、間違いなく俺達がトッププレイヤーになると思う。
でもなぁ……。
単純にこれが、金を稼ぐだけのゲームであるとは思えないんだ。
それだけなら、わざわざヴィクトリア朝ロンドンもどきの場所を、舞台に選ぶ理由が薄い。
運営が、メイドさん萌え……なんて、可愛い理由じゃないだろう?
金に余裕ができたら、今度こそ、ストーリーをクリアする為の糸口を、探さなければいけない。
いったい運営は、俺達に何をさせようと企んでいるのか?
もうプレイ開始から3ヶ月が経とうとしているのに、未だに解らん!
気持ちばかり、先走ってる。考えすぎて、禿げちまうぜ……嘘だけど。
公式ページを見ても、通り一遍のことしか書いてない。
手がかりは、どこだよ?
☆★☆
担当テーブルの客を送り出し、後片付けを終えると、しばしの休憩が貰える。
いつもの通り新聞スタンドに走って、馴染みの『ディンドン・タイムズ』と、キワモノの『イラストレイテッド・シティ・ニュース』の2紙を買って来る。
後ろの方は……俺たちの時代の夕刊紙に、エログロ成分を増したやつだと思ってくれ。
好きで読んでるわけじゃなくて、真面目な政治、経済ニュースと、眉唾もののビックリニュース。両方を抑えておいた方が、良さげな気がしないか?
大げさに書いているだけで、小さな異変を伝えてくれているかも知れない。
……あまり、期待はしていないけど。
まだ、植民地支配を広げてる時代なんだな。この時代のグレート・ブライテンは。
今日は、そっち関連の話題が多い。……おぉ、この時代はもうテニスのウィンバードン大会が開催されているんだ。前回の男子シングルス優勝者が、欠場と騒いでる。7月頭だからだから、もうじきだな。
三面記事は、相変わらずの殺人やら、盗難やら。
ホームズ川に死体が浮かぶなんて、またあったのか。
キワモノ新聞の方は……うわ、その死体のイラストが載ってるよ……。こういうグロさには慣れないな。
他には……おおっ。ネッシーの最新目撃情報! あとでちゃんと読もう。
それから、ディンドン塔に少女の幽霊。リラプールに半魚人。呪いのルビー。ディンドン博物館の歩くミイラ……。イラストのグロさはともかく、記事的には、こっちの方が楽しそうだ。さすがオカルト大国、いろいろ現れるなあ。
「ほら、交代。……何か面白い記事はあった?」
もう時間か……舞衣が来たので新聞を渡してやる。
残念ながら、俺の休憩は終わりだ。
「一面のイラストはグロいから、見ない方が良いぞ。あと、ネッシーの目撃情報が載ってる」
「ふーん……」
キワモノ新聞はポイして、『ディンドン・タイムズ』しか読まない気だな?
子供のくせに、夢の無い奴。
「いくら何でも、運営さんだってネッシーをどうにかしろ。とは言わないでしょ? 私たちにとっては、どうでもいい情報だわ」
それは、そうなんだろうけど……。
情報だって、楽しみながら探した方が、飽きが来ないだろうよ。
互いの意見が交わることは無さそうだから、仕事に戻るか。
数歩歩いたら、ヒッと舞衣が息を呑む。
振り向くと、閉ざそうとしたドアを押さえて、若い男がひとり立っていた。
ジャケットを脱いだ初期服のまま……。ワイシャツもズボンも、薄汚れて皺になっている。垢じみた顔には無精髭が伸び放題で、落ち窪んだ目だけがギラギラと光っていた。
「何だ? アンタは……」
舞衣を庇うように、前に立つ。怯えて震えてるのも無理はない。
プレイヤーなのか……男の頭の上に『ジョニー』という名が浮いている。
「なあ、あんたら……稼いでいるんだろう? 金を貸してくれよ……」
強張った愛想笑いを浮かべて、男が言う。
震える指で、胸ポケットからIDカードを差し出してくる。
「何で、見ず知らずの奴に、金を貸さなきゃならないんだ?」
「冷たいことを言うなよ……同じプレイヤーだろう?」
「だから、何だって言うんだ?」
「困ってる時は、協力し合おうぜ……なあ、お互い様じゃないか?」
ヘラヘラした、卑屈な愛想笑いが気持ち悪い。
歯も磨いていないのか、誘う言葉にも息が臭う。
「悪いが、俺達は何も困っていない。あんたの手など借りる理由もないよ」
「何だとぉっ!」
はっきり突っぱねてやったら、急に男の態度が変わった。
目を吊り上げ、顔を歪めて怒鳴りだす。
「俺が下手に出ていりゃあ、つけ上がりやがって! 何をお高く止まってやがる!」
怯えて、背中にしがみつく舞衣が、ギクンと竦んだ。怒鳴られるような育ちの娘じゃあ無さそうだからな……。
俺は敢えて何も言わず、冷ややかに男を見つめた。
「てめえは調子良く金を稼いでる上に、可愛い女の子とヤリ放題か? こんなのは不公平過ぎるだろう! 金ぐらい貸してくれよ! 貸さねえってんなら、その女を犯すぞ!」
「どっちもお断りだよ。……それに、お前は馬鹿か? ホテル『ラフロイグ』は一流ホテルだぜ? 勝手口とは言え、そんな大声で喚いていたら、どうなるかも解らないのか?」
ハッとして男が見回す。
呼び子の笛が聞こえ、スロットランドヤードの警官たちが駆けつけてくる。
逃げ出そう落とした男は、警棒で散々に殴られ、地べたに取り押さえられた。
連行されながらも、引き攣った顔で喚き続けた。
「頼む! 頼むから、金だけでも貸してくれ! もう月末なんだよ……明日、利息を払い込めなかったら俺は……」
もう充分だ。
扉を締めて、男の声を遮る。
「ほら、あんなのは気にするなよ……」
舞衣を宥めながら、すりこぎなどを片手に、俺達を守ろうと集まってくれたコック見習いたちに礼をする。
駆けつけた給仕長が、怯え切った舞衣を見て言ってくれた。
「店の方は、しばらく大丈夫だ。舞衣を宥めてやってくれ」
「プレイヤーってのも、大変なんだな……」
「あとは任せるぜ、色男」
口々に声をかけてくれて、持ち場に戻っていく。
他の人の姿が無くなったら、声を上げて泣き始めた。
なんて声をかけてやりゃあ良いのか解らない。
抱きしめた小さな背中を、気が済むまでさすってやる事しかできないよ……。
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