第七話 突破口

「お……舞衣ちゃんも春仕様ね。うん、可愛い可愛い」


 いつものタヴァーンに入るなり、エリーゼに褒められて、舞衣がはにかんだ。

 エリーゼは先々週から、ルシータは、もうちょっと前から春服になってた。比較的時間が自由なエリーゼはともかく、ルシータは真面目に仕事をしているのか不安になる。

 未成年の舞衣だけ少女服だから、ちょっとイメージが違う。

 こんな時間にタヴァーンにいては、いけない年頃なんだぜ、本当は。


「ん……アオイくんと舞衣ちゃんが、ちょっとぎこちないけど、何かあったかな?」


 こら、ルシータ。そこは突っ込まないでくれ。

 舞衣の本名が『葵ちゃん』だと知って、名前を呼びづらくなってるんだ、お互い。それに胸の件とか、いろいろ……な。

 プレイヤーのプライベートに関わることなので、返事しづらそうにしていると、更に追い打ちをかけてきた。


「二人同時に衣替えってことは、一緒に買物に行ってきたんでしょ? その時に貞操でも奪われた?」

「奪われてません!」


 反射的に舞衣が言い返すと、我が意を得たりとルシータがニマニマする。


「そうかそうか、まだ貞操は守ってるのね。……今どき、その美貌でっていうのは、ちょっと珍しいかも」


 つい、口走ってしまったことの意味に気づいて、舞衣が真っ赤になって俯いてしまう。

 よしよしと、エリーゼが宥めてくれているけど……。


「ルシータ。……舞衣が、からかうと面白いタイプなのは知ってるけど、そっち方面でのからかいは、やめてくれ。とばっちりが全部俺に来る仕組みになってる」

「アオイくんが、セクハラしてるんじゃない?」

「違うっつーの。……何だか俺の名を呼びづらそうにしてるから、理由を聞いたら、舞衣の本名が『あおいちゃん』なんだと。だもんだから、お互い意識して呼びづらくなってるんだよ。俺……この名前は、本名のままだし」

「ええっ、ふたりとも『あおいちゃん』なの?」

「『あおいちゃん』なのは、舞衣だけ。俺は『あおいくん』だよ!」

「いや、それ大差ないから!」


 笑うだけ、笑ってくれ。

 それで納得してもらった方が、ギクシャクしてても楽だ。


「じゃあ、処女のあおいちゃんと、童貞のあおいくん?」


 それは断じて違う。そこのチビっ子と一緒にするな。……って、俺は何でこんな事を力説しなきゃいけないんだ? おい、そこの色気虫。


「ちょっと、脱線しすぎ。真面目な話に戻りましょう」


 目尻に滲んだ涙を拭いながら、エリーゼが封筒をテーブルに置く。

 ……涙が滲むまで、笑うか?

 それはともかく、封筒の中身は登記簿だ。

 法律的にも正式に、『ジパング』が会社として登録された。一歩前進。

 業務内容は大雑把に、製品開発としてある。

 何を開発するか……が一番の悩みのタネなんだが。


「それについては、僕に一つ考えがあるんだ……」


 俺達の馬鹿話に呆れていた、ヨハンが緩く微笑む。

 そして、全員に問いかけた。


「ただ……その前に、みんなの倫理観を確認しないといけないと思う」

「倫理観って……前に言ってたビートルズ・ナンバーでも先に演奏するとか?」

「似ているけど違うんだ、エリちゃん。まだ、蓄音機も普及してないし、ラジオ放送も行われていない。そんな時代じゃ、音楽はパトロンでも得ないと、金にならないよ」

「……悔しいけど、その通りね」


 エリーゼが、唇を尖らせる。

 作曲家ならともかく、演奏家は……。音大生としては悔しいところだろう。


「僕たちの世界では、あと2年後にアメリカで生まれて、世界中で大ヒットするものを先に特許を取ってしまう。……それをどう思うかな?」


 誰かの権利を奪ってしまうのを、どう思うか?

 難しい問題だけど、前に売れないかと考えていた石鹸シャンプーだって、いずれ誰かが考えて、製品化していくもの……なんだよな。

 その発明が著名人であるかどうかの違いだけ、みたいな気がするけど。


 俺としては、だ。


 ここは、タイム・マシンで来た過去ではない。

 あくまでもゲームの中の世界だ。タイムパラドックス……だっけ? 歴史の改変による齟齬は、起こるはずがないだろう。

 みんなも、同意してくれるようだ。


「でも、そんな物を私達で作れるの?」

「作れるよ、エリちゃん。僕が提案するのは、ボードゲームなんだから」

「ボードゲームって……チェスとか、オセロとか?」

「チェスは既に一般化してるし、オセロ……リバーシは、2年前にイギリス発売されているから、きっとここでも同じはずだよ」


 舞衣の疑問に、得意げに答える。

 詳しいな、この人。


「ヨハンは、ボードゲームが趣味だものね。得意の『人狼』でも売るつもり?」

「カードゲームは売れても実入りが少ないから、やはりボードを売らなくちゃ」

「降参……答えを教えて」


 少し勿体を付けて、ヨハンは言った。


「それはね……『モノポリー』だよ」


 あ……。みんなが納得するが、舞衣だけピンとこない様子だ。

 えっと、似たようなゲームがあったな。


「舞衣、『桃鉄』は知ってるだろう? あれのベースになってるボードゲームだよ」

「あの、すごろくみたいに進んで、エリアの不動産を買って……お金儲けするゲーム?」

「そうだよ。確かあれは、世界大会とかやってるんじゃなかったか?」

「よくご存知で。……優勝賞金3万ドルくらいの大会だけどね。チェスや、バックギャモンほどに権威は無い」

「でも、世界中で遊ばれているゲームだから……」

「特許を取っちゃえば、各国で発売契約を結ぶたびに契約金が入ってくるし、分率契約すれば、それこそ生産する度にお金が入るよ、ルシータさん。小説の印税と同じ」

「凄い話だけど……ゲームで特許って取れるんですか?」

「取れるんだ、舞衣ちゃん。……実際に7年後のイギリスで『LUDO』というゲームで特許を取る玩具メーカーが、歴史上に存在する」


 納得せざるを得ない。

 最低でも、紙に書いたボードとコマとお金や株券、サイコロがあれば良いのだから、俺達でも作れる。

 でも、販売経路はどうする?


「餅は餅屋に任せましょう。特許だけ取って、販売権は玩具メーカーに売れば良い。その契約次第で、お金の方は変わってくるけど……製造も売り込みも、任せちゃった方が、僕たちは楽でしょう」


 俺達のやることは、玩具メーカーへの売り込みと特許取得だけか……。


「あとは、運営さんがどこまで網を張っているかです。ここまでは予想外だとは思いますけど」


 特許申請後に潰される心配はあるが、やってみなくちゃ何とも言えない。

 この妙案を潰されるようでは、金なんて、稼ぎようがないだろう。二番煎じはブロックされる可能性があるが、最初の一撃は、通る可能性が高い。


「ご了承いただけるなら、明日から、ダウンロードしたルールのファイルを、僕が手書きで写本しますよ」

「じゃあ、私は不動産価格を調べてみるわ。ボードの地名はロンドン近郊にした方が馴染みが有るでしょ?」

「ふふっ。私はコマ代わりになるものを、お店で見繕おうかしら」

「ルシータ、お前……良くそんな暇が有るな?」

「お使いに出されることが多いのよ、近所だけど」


 ……やっぱり、こいつの勤務状態は不安だ。

 まあ取り合えず、俺達の計画は、やっと一歩動き出した。

 運営に潰されない限り、必ず当たるだろう。

 ただし、その一発が当たれば、一度では収まらないほど大きい。

 手応えは、確実にある。

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