第五話 コネと伝手

「マヨネーズも……あるんだな」


 スマホのウィキペディアをチェックした俺は、うんざりと肩を落とした。

 あの時代に無くて、現代の知識で、素人の俺達に作れて、売れるもの。


 条件が厳しすぎるぜ……。


 なんちゃって中世なら、いろいろ持ち込める知識はある。

 でも、ヴィクトリア朝時代は近世。基礎的なものなら、ほとんど揃ってる。

 日本でいえば大正、昭和の始め辺りか?

 囚われた夏目漱石を、ホームズと組んで救うゲームあったのを覚えてる。

 蓄音機とか、ラジオとか、専門知識と部品が作れれば……の画期的なものは有るけど、そんな物を俺達だけで、どう作りゃ良いんだよ。

 知識があっても、技術と専門知識が無ければどうにもならない。

 でも、考え方としては、間違っていないと確信できる。

 ゲームの舞台のベースになっている19世紀の英国は、身分の違いがはっきりしている時代だ。

 貴族は無理にしても、せめて中産階級に食い込めなければ、何もできないのだ。下層階級の労働者のままでは、使い潰されて、ストーリーの大波に飲み込まれるだろう。

 毎日のように、近所のスーパーや、ホームセンターを見て回っているが、今の所収穫はない。


 ……今日も時間切れか。


 そろそろ、昼食時の稼ぎ時になる。

 俺は、スマホを置いて『トレジャーワールド2』の世界に戻った。


       ☆★☆


 結果を聞く前に、舞衣が小さく溜息を吐く。

 了解……調査状況は、聴かなくても解った。お互い、そう簡単にはいかねえよな。

 このままじゃあ、いけないと解りつつ、何もできない。

 とりあえず、担当のテーブルに集中しないと……仕事も甘くない。

 顔合わせ以来、俺達は、毎週金曜日の夜に集まっている。イギリス同様に、この世界は週給。金曜日が給料日だから街も賑わうし、噂を耳にする機会も多い……はずなんだが。

 そのせいで、週末にお洒落した舞衣を連れ出すものだから、この店の同僚たちからは、すっかり誤解されている。

 反論したいけど、舞衣本人が笑って、否定も肯定もしないから困る。

 舞衣曰く


「虫除けにもなるし、長くいるつもりもないでしょ?」


 と、涼しい顔だ。

 この時代の独身男性は、俺たちの時代で、ちょっと前のオタク差別以上に、偏見の目で見られる。舞衣と付き合っているように見られるのは、俺も好都合では有る。

 本人が嫌でないなら、利用させてもらおう。

 なんでも、人口比は圧倒的に女の方が多くて、余るんだとさ。

 そういう社会的な感覚の違いは、肌で感じてないとわからん。俺たちの時代の東京は、まったく逆だもんなぁ……。


「あ、そうだ……あ、アオイくん」


 昼飯時の客の波が去り、一息入れつつテーブルの調度を整えている時、舞衣が俺の腕を引いて内緒話を促す。

 周りの目は、やっかみ半分。生暖く見てもらえるのは、交際偽装効果だろう。

 身長差もあって、身を寄せると、自然に胸が当たる。

 ニヤけると睨まれるから、平静を装う。やっぱ、胸が触れてるのは解ってるのか。


「……思ったんだけど。私たち、会社を作っておくべきじゃないかしら?」


 いきなり、何を言い出すんだ? この巨乳のチビっ子は。


「何を作るにしても、特許を取って独占しておけば、後追いはできなくなるでしょ? それに、会社で登録しておけば、利益はみんなで分けやすくなるもの」

「特許なんて、この時代に有るのかよ?」


 つい、肘で小突いてしまったが……そこに有るのは女の子のおっぱいだぞ、アオイ。

 極上の感触の代償に、力いっぱい、脚を踏まれた。痛いから、わざと踵で踏むなよ。


「厭らしいんだからっ。それはともかく、ちゃんと有るのよ。……一応、調べてきたもん。それに、未成年の少女に良からぬことをすると、罪が重いんだって」


 お前が押し付けてきたんだろ! と言ったら、もう一度脚を踏まれそうなので、堪える。

 与えられるものを幸せと、甘受いたします。


 冗談は置いておいて、会社か……。

 考えてもいなかったけど、言われてみれば確かにそうだ。

 個人として動くより、グループを法人化してしまえば、収入を山分けするのも楽だ。税率も、個人と法人では違うだろう。

 そこまでは、考えが回らなかったな。でも……。


「そういうのって、手続きとか、法律の専門家に相談する必要が有るんじゃないか?」

「どっちにしても、特許申請するなら、必要になるわ」


 本当に頭が回るな、こいつは。

 明日の夜には、要相談の案件だろう。

 それにしても、法律の専門家か……。


「法律事務所の看板を掲げてる所は多いわよ。新聞広告によると……だけど」

「俺等を相手にしてくれるかどうか……。それに、腕のほども有る」

「誰かの紹介があると、有利なんだと思うけど……」

「情報収集すらできなくて、悩んでいるんだぜ……」


 詰まる所は、コネと伝手。

 それに、相談に行く時間もないんだよなぁ……。

 仕事を一日休めば、それだけ収入も信用も落ちる。閉店後までやってるような、宵っ張りの法律事務所なんて、有るとは思えない。

 肝心の『新商品』が見つかるまでは、仕事を失うのはギャンブルが過ぎる。


 ところが、伝手は意外なところにあった。


「私たちの下宿の別のフロアに住んでる男性が、法学部ロウ・スクールの学生さんで、大きめな法律事務所の下働きをしてるの。時々、お茶に誘ったり、誘われたりで付き合いもあるし、ちょっと訊いてみようか?」


 エリーゼはそう言いながら、「良く気がついたわね」と舞衣の頭を撫でている。俺がそれをやったら、絶対に怒るよなぁ……。

 そう、エリーゼ、ヨハンのお二人さんは、俺達みたいに店に雇われていないから、下宿を借りて同居してる。

 下宿と言っても、日本の貧乏な一部屋間借りのイメージではなく、家具付きのウィークリーマンションを借りるような感覚。……シャーロック・ホームズのベーカー街の部屋だって、ハドソン夫人の家に下宿していると言えば、イメージしやすいだろう?

 この街の生まれではなく、独身の長期滞在者には有り難い、個人経営の宿泊先だ。


「二人は、同居してるの?」

「夜はログアウトするとはいえ、それはちょっとね……。同じ下宿でも、部屋は違うわ。贅沢だけど、食事の賄いは断っているから、かなり安くあげられてるの」


 その一線を越えたいヨハンには、微妙な所かな。

 だが、思わぬ所に伝手があったのは、心強い。

 手続きについては、その彼に話を聞きながら進めるとして、社名と代表者を先に決めておこう。

 酒も入りつつ、ワイワイやりながら話した結果。

 社名は、無難に日本の異名『ジパング』社として、言い出しっぺの舞衣が未成年なため、代表者は俺。とりあえずの住所は、定住しているエリーゼの部屋と決まった。

 上手くすれば、小遣い程度の手間賃を払えば、役所への手続きも、法学部の彼にお願いできそうだと言う。

「お困りの際は……」などと、そんな話もしていたらしい。

 彼としては、エリーゼの気を引く意味で言ったのだろうが……悪いけれど、利用させていただこう。

 だが、明るい声は、そこまでだった。

 まだ誰も、商品とできるものを見つけられてはいない。

 それが無くては、話にすらならないというのに……。


 突破口は、一体どこにあるんだよ!

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