幕間 桟敷席の人々

 電脳空間にビジネスチャンス! の触れ込みで拓かれた仮想都市。


 その一室でモニターを見ながら、アバターたちの会議が行われていた。

 無機質な部屋に、コの字型に並べられたスチールデスクと椅子。飾り気のない風景だけに、そこに集うアバターたちの突飛なデザインが、雰囲気から浮いている。

 丁寧にお辞儀をしたピエロの人形が、開会の挨拶を告げた。


「ようこそ、出資者の皆さん。ようやく『トレジャー・ワールド2』の開始です」

「今度は、前回のような事は無いだろうな? ……アンタの口車に乗って、大損をさせられた」


 蛍光色のツギをあてられたテディベアが、不満を漏らした。

 それに、鮭を咥えた一刀彫の熊も同調する。


「チャリティー扱いで無税。投資額は、アンタの所の社団法人経由で還元されるっていう話だったが……見事に持って行かれたじゃないか?」

「すみません。……ゲームの運営を、ゲーム会社に任せたのが失敗でした。……発想を飛ばすことができず、全て予定調和で作ってしまった。あれでは、プレイヤーも慣れたものだ。お詫びを申し上げます」

「まあまあ……前回の成功があったものだから、今回の申し込みは凄かった。規模が大きくなれば、それだけ募金額も大きくできるというものだ」


 とりなすように、片目だけ入った金色の達磨が笑う。

 思う所は同じなのだろう。テディベアも、木彫りの熊も矛先を収めた。


「今回は、ゲーム会社が絡んでいないのかい?」


 積み木の龍が、胡散臭げに尋ねる。

 ピエロは、器用にウインクをして、下座の木馬を示した。


「絡めないと、さすがにゲームを運営できません。ただし、今回は我々同様の出資者に、ゲーム運営会社の方を巻き込みました」

「前回の番組を楽しく、観せていただきましたよ。私も損はしたくないので、いろいろと趣向を凝らしておきました」


 モニタースクリーンに、ゲーム画面が映し出される。

 霧の立ち込める陰鬱な都市に、ほぅ……と嘆声が漏れた。


「これは……ロンドン、ですかな?」

「そのものですと、通貨や距離、重さの単位が違いますから……架空のディンドンという街にしてあります。1890年代のロンドンをベースにしてありますが、通貨の価値も違うので、現在に合わせるなど、混乱が無いように調整しました」

「そんな舞台で、MMORPGができるのかい?」

「できますとも! その為にタイトル以外は公開せずに、サーバーをオープンさせたのですから」


 木馬は、楽しげに笑う。

 つられたように、ブリキのロボットの玩具が、戯けて火花を吐いた。


「それは、欲をかいた貧乏人たちも面食らったろうね」

「ええ……スタート五千人中、二千人近くがお決まりのように、初期装備のナイフで街の外の小型モンスターに挑んで、ドロップアウトしましたよ」


 あまりの数に、驚きと笑いが広がってゆく。

 その様子がモニターに映し出され、更なる笑いを誘った。


「あまり最初から篩いにかけ過ぎては、あっという間に終わってしまわないか?」

「その心配はご無用です。……貧乏人にも、頭の回る奴はいますよ」

「しかし、街の周囲のモンスターも倒せないのでは、どうやって稼がせるんだい? 死なせなくても、資金が尽きれば同じだよ?」


 唯一老いた声の、信楽焼の狸が眉を顰める。

 木馬の示した、その回答に、誰もが大笑いをした。


「簡単なことですよ。……働けば良いのです。一攫千金なんて考える奴らの、最も嫌いなこと。人に雇われて労働し、収入を得れば、何の問題もないようにできてます」

「あはは……見事な発想だが、それでゲームと言えるのかな?」

「勇者と言われて、魔王を倒す。お決まりのRPGだって、コツコツとレベル上げが必要でしょう? 同じですよ。コツコツ稼ぎながら準備をする。徐々に始まるストーリーへの準備を怠らず、きちんと対処できれば、生き延びられます」

「そうでなければ?」

「日々に流される、その日暮らしの輩や、考えのない輩を、生き延びさせる理由がありますか? それもまた、ゲームです」


 木馬が胸を張る。

 そんな自信に、ピエロが冷徹に釘を差した。


「だが、開始直後から、正解を導き出して動いている、プレイヤーもいるのだろう?」

「頭の回るプレイヤーがいてこそ、張り合いが有るというものでしょう」


 舌打ちをしながら言う木馬に変わって、再びピエロが座を主導する。


「現状のトップランナーは、この『舞衣』というプレイヤーと『アオイ』の二人。続いて、アオイにヒントを貰った『ルシータ』という女がトップスリーでしょうね」

「トップというのは……どんな理由だい?」

「さっさと稼げる職をキープした。これに尽きます」

「……稼げる職?」

「高級レストランの給仕ですよ。賃金は変わらずとも、チップによる副収入が得られる。何か秀でたスキルを持った者で無い限りは、ベストな選択でしょう」

「目端の利く連中……と、言うわけか」

「よろしければ、ゲームから脱落した時にスカウトなさいますか? 個人テータも手元にありますので」


 戯けたピエロが、笑いを誘う。

 応える声などもちろん無く、冷ややかな笑いだけが広がった。


「収入の差はついたが、まだゲームは始まったばかりです。欲に駆られたプレイヤーたちの足掻く姿を、楽しませてもらいましょう。ほんの僅かづつですが、伏線は動き出してます。……プレイヤーたちが何時いつ、このゲームのゴールに気づくやら」

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