第一章 挑戦者たち(章名変更)
第一話 裏の裏は表
「何だ、ここは……」
ゲーム世界にポップアップした俺……アオイは、周囲を見回し、唖然とした。
予想していたのは、なんちゃってヨーロッパ中世の城塞都市。
だが、俺が立っているのは石造りの町だ。灰色にくすんだ青空。聳え立つ何本もの煙突から、もうもうと黒煙がたなびいている。華やかな都市ながら、どこか憂鬱を感じさせるのは、ガスがかったこの街の空気故か。
遥かに見える時計塔の鐘が、ゲームの開始を告げるように、重々しく鳴り響いた。
ゲームの舞台や、あらましなどは何も発表されていなかったが……。
ログインしてきた他のプレイヤーたちも、目を丸くし、キョロキョロと放り込まれた世界を確かめている。
行き交うのは乗合馬車。
道を歩くのは、ツイードのジャケットに、シルクハットや山高帽を被った男たち。飾り立てた大きな帽子と、腰から下の大きく広がったドレスを着た女たちを乗せた馬車を横目に、くすんだ色のスカートで安売りの品を探す女たち。
ひと目でわかる貧富の差。
もちろん、日本のイメージではない。
「ヴィクトリア朝時代のロンドンみたいだな……」
誰かの呟きに合点がいく。
そのものではないだろうが、そこを模した世界。
スチームパンクとか、シャーロック・ホームズでお馴染みの時代が、ベースになっているということだ。
参った……最初は安い武器で、街の周りの弱い魔物を仕留めて金を稼ぐ。そんな目論見を見透かしたように、見事に肩透かしを食わされた。
この
事前の心構えなど、まるで通用しない。
なるほど、キャラクター・メイキングで種族や職業などを選択できなかったはずだ。
この時代にエルフやドワーフがいるのも変だし、魔法が有るのかどうかも解りはしない。
「とにかく、こんな所でジッとしていても始まらない。動くか……」
公園のようなスタート地点を抜け出し、雨も降っていないのに、じっとりと濡れたような街を歩き始める。
手持ちは、5万円の現金の入ったIDカードと、護身用らしい大型ナイフだけ。
装備はツイードのジャケットとベスト、ネルのシャツ。ウールのズボンと革の靴。頭には、くすんだ色のキャスケット帽。……要するに、典型的な下町ファッションだ。
「街の外に、モンスターがいるんじゃないか?」
そう言いながら、走り出す連中も少なくないけど……そうなのか?
ここまで予想外の世界を準備したっていうことは、ヤツらは、前作で成功者を出した事に腹を立ててないか?
オーソドックスなRPG風の攻略は、既に対策されていると見るべきだろう。
まず、情報を集めてみるべきだが……。
「情報ったって、どうすりゃ良いんだよ……」
冒険者ギルドなんて、気の利いたものが有るとは思えない。
カウンターで話を聞けば、そっと依頼が差し出されるような優しさは、このゲームを運営する連中に期待するだけ無駄だ。
『慈善事業』なんて謳っていても、金のある奴ほど、損をすることを嫌う。
じゃあ、どうする……考えろ。
酒場に行って「何か良い儲け話でもないか?」と訊いてみるか?
笑われるのがオチだし、そんなウマい話があれば、まず自分でやってるさ。
何でもいい、この世界の情報が欲しい……。
人々の行き交う街角で、俺は途方に暮れた。
くそっ……。
不貞腐れて流した視線に、目に止まったものがある。
剣と魔法の、なんちゃって中世には存在しないけど、この時代には当たり前のように存在するもの。
……新聞スタンド!
俺は、縋るように飛びついて、財布代わりにもなるIDカードを、これだけは不似合いな機器に乗せて支払う。
百円……これが無駄かどうかは、読んでみなくちゃ解らない。
少なくとも、何らかの情報は得られるはずだ。
いざとなれば、全ての種類の新聞を買っていけば、どれか当たるだろう。
紙面を開くと、英文字風のフォントが日本語に変わった。
『ディンドン・タイムズ』
ここは『ディンドン』という名の都市らしい、時計台を持つロンドンのモジリには相応しい名前だろう。
今日は1890年3月26日。ウィステリア女王の声明が一面だ。曰く『ディンドンは、世界の工場として、未来を拓く』……紛うことなく、イギリスのヴィクトリア朝時代を意識した世界設定であると確信できる。
政治、経済面……三面記事も殺人事件や窃盗事件……大した情報はない。外れか……と思った時に、紙面の片隅で目が止まった。
……求人欄?
もし俺がヤツらの立場だったら……。
俺のような欲まみれの人間の裏をかこうとする時には、一番嫌がる事を正解ルートにするだろうな。
だとすると……。
俺は紙面を破いて、それをポケットに突っ込んだ。
「何か、面白い記事でも出ていたのかな?」
急に柔らかな声で話しかけられて、慌てて振り向く。
モスグリーンの袖の膨らんだドレス。口元のほくろが印象的な女性。プレイヤーだろう。
頭上に『ルシータ』とキャラ名が浮かんでいる。
もちろん、知らない顔だ。
「ごめん……不躾なのは解ってるけど、気になっちゃって。みんなが、駆け回っている中、のんびりと新聞を読んでる男子が言いて、ページを切り取った。……何か面白い記事でもあった?」
「さあ、どうかな? 話す義理もないし」
「MMOのゲームなんだから、一人で動くより、仲間を作った方が、後々有利だと思うんだけどなぁ……」
ドレスの裾を揺らして、小首を傾げる。
年齢は俺より、少し上だろう。自分を美人だと熟知していそうなタイプで、胸の下で腕を組み、膨らみを強調する辺りは、誘惑することにも慣れていそうだ。
イメージは、色っぽいお姉さん。
組んでも良いけど、頭の出来はどうなのやら……。
「じゃあ、この新聞をあげるよ」
イエスでも、ノーでもなく、手持ちの新聞を押し付けて、歩き出す。
同じ新聞を買って、較べれば、俺が何を切り取ったか解るはずだ。新聞代を惜しむか、その程度の頭が回らないようなら、組む価値はない。寄生されるだけだ。
出費は嵩むが、その足で本屋に入り、街の地図を買った。マイナス千円。
街角の店の前に置かれている、ワイン樽をテーブル代わりにして、地図を開く。ポケットから、引き千切った求人広告を取り出して、住所を地図と照らし合わせていく。
目的は、富裕層が利用するレストランだ。
まだ家族が健在だった去年の夏に、新しいスマホが欲しくて、ファミレスでバイトをしたことが有る。年末には、ゲームの課金が過ぎて、近所の中華屋でバイトもした。
マニュアル接客は、ファミレスで身についたつもりだし、注文の聞き取りや、皿洗いだって、それなりに慣れている。
マニュアル接客とはいえ、日本の接客の丁寧さは群を抜いているからな。
現実同様に、働いて稼ぐ。現実の日本と違うのは、チップが貰えるということだ。
貴族制の社会では、民への施しとして、チップ制は必ず有るはず。
チップの額は、利用する客層で大きく違ってくるんだ。アメリカでは、高級レストランのウエイトレスがチップで、プール付きの家を買って住めるって話を聞いたことが有る。
だから、富裕層の利用するレストランを狙う。
金を貯めながら、客の噂を聞いて情報を集める。……現実そのままの、この方法が、おそらく正解なのだと踏んでいる。
そして、その通りの求人が、あった。
ホテル『ラフロイグ』のレストラン
富裕層の住むブロックに最も近く、大通りにも面してる。求人は見習い兼給仕が二名。
さっきのルシータさんが辿り着けるかどうかは解らないが、こればかりは早い者勝ちだ。
レストラン裏口のドアの前で身繕いを整えてから、軽くノックする。
「すみません……求人広告を見てきたのですが……」
「今日はずいぶんと、反応が早いな」
コックコートを着た、気難しげな男が呆れる。
なんと既にプレーヤーが一人、安堵の顔でコック長の隣りにいた。
同じくらいの年齢だろうか。『舞衣』の名が頭上に浮いている。
淑やかそうにしていても、伏し目がちな瞳は勝ち気そうだ。
「お前、身の保証は確かなのだろうな?」
「はい……」
「お前も『プレイヤー』か……犯罪は犯せない立場なら、充分だろう」
プレイヤー用のIDカードを見せると、納得顔で頬を緩めた。この世界の人々には、そういう認識なのか……。何よりの身分保障だろう。
「少し、そのあたりを歩いてみろ」
言われるがまま、夕食の仕込み中らしい調理場を縫うように歩く。意識して背を伸ばし、他の見習いたちに触れぬよう、軽やかな足取りで。
「次は、この娘を客に見立てて、あの椅子に案内しな」
少し気取って歩く舞衣を促して、厨房の隅に置かれた粗末な椅子に案内する。椅子の前で佇む舞衣は、すぐに座ろうとはしない。
少し待って、舞衣が焦れ始めた時に、やっと椅子を引いて座らせた。
不満そうに舞衣は睨むが、レディを座らせるのは給仕ではなく、エスコートする男の役目だろう? ここは、女一人で食事に来る店ようなじゃない。
「合格だ……。屋根裏の空いてるベッドを選んで、着替えて来な。店の掃除からだ」
コック長が、ドアの表に貼られた求人の紙を剥がす。
ドアの隙間から、今にも舌打ちをしそうな顔のルシータの顔がチラッと見えた。
フレンド登録の申請をルシータに送ると、少しの間を置いて、許可された。
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