第3話 大賢者の噂
今日も今日とて元の世界に戻る方法を模索していた真依は、ギルド受付のサラからその望みが叶うかも知れない噂を教えられる。
「大陸の西の外れにある一軒家に住む大賢者が次元転位の魔法を開発したらしいよ」
「マジで? サンキュ! 行ってくる!」
と言う経緯で、彼女はその大賢者のもとに向かった。噂のもとになった大賢者が住む西の外れとは、現在地から国を3つもまたいだ先にある辺境も辺境。流石変わり者の大賢者が終の住処にするだけはある。
あまりに遠いので、着くまでに1週間もかかってしまった。
「なんで魔法少女なのに転位魔法が使えないのよ~」
「僕が使える魔法を与えている訳じゃないホ! 使用者の魂の資質がそのまま魔法に変わるんだホ。つまり、真依に転位魔法の資質がないって事なんだホ」
そう、彼女が使える魔法は飛び道具の魔法弾系の攻撃魔法と、肉体を強化する魔法のみ。強化系で地上を素早く走れても、それはスポーツカーに匹敵するスピードを出すので精一杯だった。
走りに走って現地に着いたら、今度は家を探さなくてはいけない。しかし、周りに何もなかったので、それは簡単に見つかった。
そこにあったのは、青い屋根が特徴の普通の民家。ぽつんと一軒家だったので間違える事はないだろう。真依は期待に胸を膨らませながら、玄関のドアをノックする。
「すみませーん」
「はいはいはーい」
ドアを開けて現れたのは寝癖で髪はボサボサ、背が高くて白衣姿の丸眼鏡の青年。徹夜明けなのか目に隈が出来ていておまけに肌が真っ青だったので、とてつもなく不健康そうだった。
少なくとも、大賢者にはとても見えない。
「僕に何の用やろか?」
「あの、私を元の世界に戻して欲しいんです!」
「えー。君もかいな」
彼女の訴えを聞いた大賢者は、少し面倒臭そうに頭を掻きながら困った表情を浮かべる。このリアクションに真依が困惑していると、彼の背中越しに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「真依も来たんだ~。ざんね~ん。あたしが先だから」
「え? 梨花?」
「そうだよ~。一足遅かったねえ」
その声の主は
思わぬ再会に驚く真依は、挑発するような態度を見せる梨花に違和感を抱く。
「何でそんなに勝ち誇ってんの?」
「あれ? 真依知らないんだ? ケビン様の作った次元転位魔法は一年に一度、しかも一度に一組しか送れないのよ~」
「は?」
「つまり、真依は一年お預けね。一足先にあたしは帰るから」
梨花の態度の意味が分かり、真依はすぐに大賢者のケビンの方に顔を向ける。彼は申し訳無さそうに頭をボリボリと掻いた。
「まぁそう言う事なんや。悪いけど……」
「別に早い物勝ちって訳じゃないですよね?」
「そりゃそうやけど」
舞依の気迫にケビンは押される。彼が戸惑う中、舞依は梨花に向かって宣戦布告を宣言した。
「じゃあ梨花、どっちが次元転位魔法で帰れるか勝負ね! 私だって帰りたいんだから!」
「いいよ。あたしの方が気持ちでは上だから。勝つのは絶対あたし!」
こうして2人は勝負をする事に。バチバチと目から火花をちらし合う2人の前に、2体の魔法生物が現れる。一体はトリ。もう一体は梨花のマスコットで蛇の姿のナーロンだ。
「ナーロン、やっぱりこうなる運命だったホね」
「トリ、お前には負けないニョロ!」
マスコット同士も互いににらみ合う。マスコットがいる事で分かる通り、梨花もまた魔法少女。頼れる者のいないこの異世界で、彼女もまた魔法少女の力で冒険者生活をしていたのだ。
真依と梨花はうなずき合うと勝負の内容を決める。お互いに得意ジャンルでの勝負を望むものの、話は平行線を辿るばかりだった。
全然話が進まなかったので、このやり取りを見ていたケビンが痺れを切らす。
「お互いに譲らへんのやったら、わいが決めたるわ。料理勝負にしい」
「分かった!」
「料理? 舞依に出来るのかしら?」
「で、出来るもん!」
2人は大賢者の家の調理場を借りて早速料理を作り始める。舞依はこちらの世界に来てからは全く自炊をしていない。異世界の食材への理解も足りないし、調理道具もどう使っていいのか分からない。条件的にはとても不利だ。
で、一方の梨花はと言うと――。
「ナーロン、この肉、食べられるよね?」
「大丈夫ニョロ!」
「ナーロン、味付けはこんな感じでいいかな?」
「大丈夫ニョロ!」
と、ナーロンに頼りまくり。それを見た真依も真似をしようとしたものの、トリは料理の知識がゼロで全く役に立たなかった。
「わ、分かんないっホ……」
「使えないな~。食材にしちゃうぞ」
「しゃ、シャレに聞こえないホ~」
「割と本気なんだけど?」
こうして紆余曲折を経て出来た舞依の料理は、皿の上でぐちゃぐちゃになっている。全体的に緑色だったり焦げたりしていて見た目もヒドいし、漂う匂いもこれがまた焦げ臭かったり腐った感じだったりと、とにかくヒドいもの。
「……どうやったらこんなものが出来上がるホ?」
「うっさいな!」
一方、ナーロンのアドバイスを受けた梨花の料理もまた皿の上でぐちゃぐちゃになっている。色合いや漂う匂いもまた真依のものといい勝負だった。
「ナーロン、あんたの言う通りにした結果なんだけど?」
「ボクのせいにされても困るニョロ~!」
この結果に絶望的な表情を浮かべたのが、ジャッジ担当の大賢者ケビン。青い顔を更に青くしつつ、2人の料理を一口ずつ口に含む。
「うげえええ」
「どう?」
「あたしの方が美味しいよね?」
速攻で2人の少女に結果を迫られ、ケビンは表情が固まった。答えを口にする前に更に苦しそうな表情を浮かべた彼は、すぐにトイレに駆け込む。そうして、半日その部屋から出てこなかった。
静かになった室内で、舞依は両手を腰に当てて胸を反らす。
「料理勝負は引き分けね!」
「仕方ないわね!」
半日後にトイレから開放された彼は、部屋の掃除対決を提案。舞依はこの勝負内容を聞いて頬を膨らませた。
「それって部屋の掃除をサボりたいからだけじゃないの?」
「あ、舞依は投げるんだ? じゃあ、あたしの勝ちね」
「何言ってんの? 私だって掃除は得意なんだから!」
こうして次の勝負が始まる。ただ、2人共片付けるのは苦手だったようで、掃除されていない大賢者のぐちゃぐちゃな部屋は、それに輪をかけてぐちゃぐちゃになってしまった。
「2人共もうええわ! これ以上家を荒さんといてくれ」
「待ってよ、まだこの部屋がある! ここ綺麗にするから!」
「ちょ、その部屋はあかん!」
ケビンが止めるのも聞かずに真依が入ったのは研究室。そこは特殊な機材やら素材やらが微妙なバランスで配置されていて、素人がいじったら絶対にいけない部屋だった。
「ちょっと真依! その部屋はあたしも狙ってたんだから!」
「梨花、邪魔しないでよ!」
「あかんあかん! 部屋のもん何ひとついじったらあか~ん!」
「「え?」」
ケビンが止めに入った瞬間、真依は棚から薬剤を落とし、梨花は机から触媒の金属片を落とす。その2つが床に落ちた衝撃で化学反応的なやつが起こり――大賢者の家は大爆発を起こした。
充満する煙、半壊した部屋。2人の魔法少女はとっさに変身して結界を張ったのでノーダメージだったものの、家の主の大賢者は怒りを爆発させる。
「2人共、ここから出てけ~!」
こうして大賢者を怒らせた2人は家から追い出された。西の空が赤く染まる中、2人はお互いの顔を見る。
「「あんたが!」」
文句がハモってしまい、2人は笑い出した。ひとしきり笑いあった後、舞依は梨花に向かって拳を差し出す。意図を理解した梨花もすぐに拳を合わせた。
「梨花が元気で良かった」
「真依もね」
「ねぇ、今からでも一緒に行かない?」
「それ効率悪いっしょ。お互い別々に探す方が戻る手がかりも早く見つかるし」
そう、2人が転移してしまった後、梨花は真依と別の道を歩き始めたのだ。全く手がかりがない中でのスタートでは、それにも意味があったかも知れない。
ある程度この世界に馴染んでからも、梨花はまだ自分の考えを貫こうとしている。
舞依は彼女を引き留めようと思ったものの、それは自分が戻る手がかりを見つけてからだと思い直す。そして、去って行く友達を静かに見送ったのだった。
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