第4話 あなた、トリって言うのね!
それはまだ真依達がラーズワースに来る前の事。舞台は彼女の故郷の舞鷹市。西日本にあるその地方都市は穏やかな気候で、日々は平和に過ぎていた。
真依と梨花は同じ塾に通っていて、その夜も一緒に帰っていた。2人は学校の話とか流行りのドラマの話なんかで盛り上がり、お互いの家への分かれ道で手を振って別れる。
「またね」
「明日学校でね」
1人になった真依は、鼻歌を歌いながら自宅に向かって歩いていた。そこから家までは徒歩10分と言ったところ。その途中には公園もあって、昼間はそれなりに人がいるものの、夜には誰もいない。いないはずだった。
いつものように公園をスルーしながら通り過ぎようとしたところで、彼女は公園に何かがいるような気配を察知する。
「えっ?」
気になった真依は改めて公園を見てみるものの、何も見つからない。きっと気のせいだと思い直した彼女は、そのまま家に戻った。帰宅した後は、いつものルーティーンをこなしてベッドに潜る。
しかし公園で感じた気配がどうしても気になってしまい、真依は着替えてこっそり家を抜け出した。それは彼女初めての深夜の散歩。
月明かりの照らす中で真依のテンションは上がっていく。歩き慣れた近所の雰囲気は、けれど深夜では全く装いを変える。まるで別の世界に来たみたいで、眠いはずの彼女の目はキラキラと輝いていった。
しばらく歩いたところで目的地の公園に着く。真依は早速中に入って、あの時感じた気配の正体を探し始めた。
この公園にあるのは、砂場やブランコなどのお馴染みの遊具一式とベンチ。それと公衆トイレくらいだ。何かが隠れるスペースなんてどこにもない。
そのはずなのに、何かが潜んでいる気配は相変わらず公園に残っていた。
「おかしいな~。何かがいるはずなのに……あっ!」
彼女が目を凝らしていると、突然何かが浮かび上がってきた。ずっと気になっていたのもあって、真依はすぐにその正体不明の何かのもとに駆け寄る。月光が照らしたその正体は、丸っこいぬいぐるみのような鳥に似た何か。
初めて目にする可愛らしい謎物体を前に、彼女は素直な感想を口にする。
「うわっブサカワ~」
「僕が見えるホ?」
「シャベッタァァア!」
真依はその謎生物が言葉を発したので、驚いて腰を抜かした。見た目が無害そうなのもあって、彼女はすぐに立ち上がりゆっくりと近付いていく。
「あなた、何者? 鳥なの?」
「そうホ。僕はトリホ。どうして僕の名前を知ってるホ?」
「もしかして、名前がトリなの? 種族名じゃなくて?」
「僕をそこらの鳥扱いとは失礼ホ! こう見えて聖獣ホ!」
疑う真依の言葉に謎生物はプンプンと頬をふくらませる。どうやら鳥扱いされるのが気に入らなかったようだ。そのリアクションがかわいくて、彼女はクスクスと笑った。
「ごめんごめん。あなた、トリって言うのね!」
「分かってくれたらいいホ」
「で、何でここにいるの?」
「それは……。早く逃げるホ、やつが来るホ!」
トリが叫んだ次の瞬間、暗くてよく分からないものの、全長が3メートルくらいの大きなモンスターっぽいものが突然現れた。
「えーっ?! 嘘おおお!」
この世のものではない異形の存在にビビった彼女は、トリを置き去りにして一目散にその場から逃げ出す。結果的に彼の忠告通りの行動をしていた。走りながら様子が気になった真依が振り返ると、そのモンスターとトリが戦っている姿が目に入る。
身長3メートルと30センチとの戦いは、小さい方が圧倒的に不利だ。けれど、トリはその体格差を利用して器用にモンスターの攻撃を避けている。
「えっすごい。トリ結構やるじゃん」
自分がターゲットでない事が分かり、真依は足を止めて観戦し始めた。声援を受けたトリは善戦するものの、モンスターも手数が多く、段々小さな体に傷が増えていく。
トリはこのモンスターから逃げていたのだと分かった彼女は、近くにあった小石を拾い上げて振りかぶった。
「あっちに行け~!」
真依の投げた小石はモンスターに直撃。しかし全くのノーダメージのようだ。ぶつかったふくらはぎをさすりながら、その凶悪そうな顔を彼女の方に向ける。
「いてーな。俺様が見えるのか?」
「バカ! なんで逃げてないホ!」
「ほっとけないから! てかコイツ何?」
怒り心頭のモンスターをスルーして真依はトリを問い詰める。その態度で更にキレたモンスターは、真依に向かって突進し始めた。
「そこで止まってろ! ぶん殴ってやる!」
「ヒィィィ!」
鬼の形相で向かってきたので、真依はすぐに逃げ始める。しかし、モンスターの半分程度の体格の彼女がまともに逃げてもすぐに追いつかれてしまうだろう。そこで彼女はジグザグ走行で何とかまこうと走り始めた。地の利ならある、逃げ切れると判断したのだ。
しかし、曲がり角を見つける度に曲がると言うこの方法はヤバいリスクもあった。それは――。
「ゲッ、行き止まり?!」
そう、彼女が曲がった先にあったのは壁。逃げるはずが追い詰められてしまったのだ。それを察知したモンスターは走るのを止め、ゆっくりと近付いてくる。ご丁寧に指をポキポキと鳴らしながら。
「観念するんだなあ……。安心しろ、一発で許してやる」
「あわわわわわ……」
たとえ一発でも、巨大モンスターの一発なんてまともに食らったらタダではすまない。真依は思考を放棄して、ただただブルブルと震えていた。攻撃の間合いに入ったモンスターはその丸太のような腕を大きく振りかぶる。危険を察知した彼女は、反射的にしゃがんでまぶたを閉じ、必死に頭を腕でガードした。
5秒……10秒……長くて短い沈黙の時間が流れ、真依はまだ何も起こらない事に違和感を覚える。恐る恐るまぶたを上げると、モンスターの腕が光のリボンのようなもので固定されているのが分かった。
「えっ?」
「真依、早く逃げて!」
聞き覚えのある声が真依を急かす。その声の主がモンスターの動きを止めていたのだ。ひらひらで可愛らしいブルーの魔法少女衣装を身に着けて。
「梨花? どう言う事?」
「話は後! 長くは持たない!」
すぐに状況を理解した真依は、友達の忠告通りにモンスターの脇をすり抜けて無事に危機を脱した。その場を走り去りながら、彼女は変わってしまった友達の姿を見る。
そこには魔法少女になった友達と、近くにはマスコットらしきぬいぐるみのような蛇の姿があった。
「あっ、そう言う事か」
何かに気付いた真依はまた公園に向かって走り出す。そして、動きを封じられていたモンスターもここで梨花の光の呪縛を引きちぎった。
「やっぱりお前から倒した方がいいみたいだなあ」
「それはこっちの台詞なんだけど?」
彼女とモンスターとのバトルが始まった頃、真依は公園で傷を癒やしていたトリのもとに駆け寄っていた。
「え? 大丈夫だったホ?」
「説明して!」
その鬼気迫る気迫に押されたトリは、自分達の目的を話し始める。故郷の世界が襲われて、戦士を探していたと――。つまりは、テンプレ通りの展開だ。
「じゃあ、あなたが見える私も魔法少女になれるのね!」
「それは……そうだけどホ……。君を危険な目に遭わせる訳にはいかないホ」
「でも、戦士はずっと見つからなかったんでしょ」
「……」
その時、梨花がの舞依の前にふっとばされてくる。バトルが長引いてしまい、公園までやってきてしまったようだ。
「真依、あんたこんなところにいたの?」
「苦戦してるじゃん、私も戦う」
「一般人じゃ無理……あ、そう言う事か」
梨花は真依の近くにいたトリを見て納得する。そしてすぐにモンスターに向かっていった。彼女のステッキからは光のムチが形成され、モンスターをしばく。しかし、鍛えられた肉体がダメージを通していないように見える。
どうやら、梨花の魔法とモンスターとの相性が悪くて決着がつかないようだ。
「ねえ、早く。今のままじゃ梨花が負けちゃう!」
「分かったホ。これを使うホ」
観念したトリはステッキを差し出す。それを受け取った真依はすぐに呪文を閃き、そして魔法少女に変身した。
「梨花、一緒に!」
「いいじゃん、待ってた!」
まるでそうなる事が分かっていたみたいに、お互いにうなずきあった2人は意気投合する。この形勢逆転劇にモンスターは激高した。
「数が増えたところでえ!」
「ファイナルウィップバインドー!」
「マジカルスィートキーッス!」
梨花が動きを封じて、真依が魔法弾の連射攻撃。このコンビネーションでモンスターは倒れた。多分それまでのバトルでのダメージの蓄積もあったのだろう。
呆気なく倒れた敵の姿を見て、真依はフフンとふんぞり返る。
「何だ、雑魚だったのね」
「クッ、ただでは死なん!」
敗北を自覚したモンスターはその場で爆発。と、同時にこの衝撃で次元に裂け目が生まれた。真依達は状況を把握するより前にその裂け目に吸い込まれてしまう。
「うわあああ!」
「何故だホ~!」
「キャアア!」
「今回ボクの台詞ここだけニョロか~っ!」
こうして2人の魔法少女とマスコット達は、裂け目の向こう側にあった異世界『ラーズワース』に飛ばされる事になったのだった。
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