第4話


 夜闇に包まれた集落を静かに進む。夜番の人たちが松明をつけているけど、足元は暗く、下手すれば転んでしまいそうだ。


「寒い……」


 季節は春先。まだまだ寒いし、何より今夜は風が強い。

 毛皮を羽織っていても寒くて震えしまうって、あ。


「ケイか」

「あ、その、いい夜ですね?」

「子供に言われてもなぁ」


 ヤバい、夜番の人と出くわしちゃった。


「おいケイ、子供はもう寝る時間……まさか、外に出るとか言わないよな」

「いやいや、とっとと竜を狩って功績上げて! なんてやりませんよ。命あっての物種ですから」

「ならとっとと家に帰れ。夜番がいても竜の侵入を許すことはたまにあるんだし」


 そう、だよな。完璧な警備なんて、人も物も足りない集落ではムリなんだ。


「大岩の上で動けなくなって、クオンに助けられた。今でも覚えています」

「なら帰りな。今日は風が強い、竜の接近にも気づきにくいからな」


 そう言われて、オレはうなずきつつ家に戻った。



「ごめんなさい。やっぱり朝まで待つのはできません」


 小さくつぶやきつつ、周囲に誰もいないことを確認……近くに誰もいないな。

 今いるのは土がむき出しの広場。普段はホント、いろんなことに使われている場所だ。

 そこの端っこに木製の的を立てた。竜の形に加工していて、石が当たっても音を立てないよう草葉で覆い尽くしている。


「風が強くて助かった」


 ふいに吹いた風についぼやく。起きている人たちを起こすのは忍びないからね……寒いのはまぁ、我慢だ。

 さて、と。懐から、そこら辺で集めたツタを取り出してチマチマ編んでいき……


「できた」


 5分もせずできあがったのは、真ん中が網状になった長い紐。完成度はそこまでじゃないけど、とりあえずこんなもんか。

 オレは両端を握り、真ん中の網に石を込める。このまま振り回せばフレイル……竜に近づくなんて自殺行為、オレにはできない。


「簡単な構造なのに、集落で使われたの見たことないんだよねぇ」


 集落の誰も知らないコレは、投石紐。遠心力の力で、手で投げるよりも威力が出る武器、道具だ。

 さて……じっと、竜の形をした的を睨みつける。


「見ていろよトカゲ野郎、二足歩行の強さを教え込んでやる」


 誰に言うでもなくつぶやきく。

 風が、吹きすさぶ。


「実験、開始」


 オレは紐を……投石紐を振り回しだす。ビュンビュンと風切り音が響くけど、風音に紛れて寝ている人たちを起こしはしない、はず。

 さぁ、だいぶ勢いはついた!


「それじゃ、よぉっ……と! っあ……」


 期待通り、手で投げるよりも勢いよく石は飛んでいった。ツタで編んだ投石紐ごと。

「ち、待った待った!」

 暗闇と強風の中、せっかく作った投石紐を求めて走る……よかったぁ、見つかったよ。

 にしても……


「いちいち紐ごと投げていると、なんというかこう、美しくない?」


 確かに手で投げるよりは威力が高い。けど、なんかこう、イヤだ。

 うぅん紐を捨てなくてもいいようにするには……紐を片手にブンブン振り回す……っわわ!?


「また飛んでいったらっ、ふぅ……」


 紐の片方を掴めた、行方不明は回避できた、あ。

 ピンッと来た!


「片方だけを離せばいけるかな。そのために必要な加工は、っと」


 夜はまだ長く、試行錯誤は技術発展につきもの。やってやるぞ!



 石を投げる、投げる、投げる……


「ふあぁ……つ、ぎ……」


 眠い、寝たい。昼間の鍛錬でつかれた、休みたい。

 けど口減らしにされたくないから、死にたくないから、竜を倒す。

 あの竜……的、か。倒れてるんだし、いや的だから、あぁ、倒さないと。

 ブオンブオンと振り回して、投げて、また投げて、石を回収して振り回して投げて……あぁ、もう、ムリ。


「ふんっ、ふんっ……」


 何度も、何度も同じ動作を繰り返す……あれ。

 なんか、周りが騒がしいな。もしかして起こしちゃった?

 あれ、あ。小さな子どもが、オレになにか叫んでいる。

 待ってて、これで最後にするから……あれ?


「は、はは……」


 まとが動いた、疲労でげんかくを見てるのかな。

 これ、投げたらやすもう……よっ、と……


「あ、当たっ、た……ぁ……」


 やったよ、りゅうを、たおした……



 ――い、ひぐっ、けぃ……


 う、うぅん? だれか泣いてる。

 だれが泣いてるんだ、だれが泣かしたんだ。今いくから……


「ケイ!」


 パシン!「うぼぁ!?」


 え、な、なに今の? あ、ほおがジンジンしてくる……その熱さがオレを目覚めさせてっ……え。

 目の前に、泣きじゃくってるクオンが……!!


「クオン! なにかあったの、もしかして誰かにイジメられた? 怪我はない、大丈夫? ……クオン?」

「けぃは、だいじょうぶなんですか?」

「オレ? いや頬がヒリヒリしてきた以外は大丈夫ぐへぇ!?」


 ご、っふ……お腹にクオンが、頭突きをして……


「はあ、まったくもう! ケイ、竜を前に倒れ込むとは何事ですか!?」

「え、竜は倒せたよ?」

「え」

「え……あれ。オレ、竜を投石紐で倒したはず」


 そういって的の方を、ん、んん?

 ようやく気づいたけど、周りが松明で赤く照らされている。あとなんか竜狩りの人たちがオレを囲んでいて、あと睨んできていた。

 そして……的があった方には、竜の死体が。


「もしかして」

「えぇ。集落に侵入した竜に、あなたは食べられかけたんです。なぜか、なぜか! 頭に石がめり込んでいなければ死んでいたんですよ、分かっています?」

「…………ごめんなさい」


 そうか、そうか……。

 オレ、バカだった。ばか、だった……っ。


「ごめん、なさっ、ひぐっ、ごめ……!」

「久しぶりですね、ケイがバカなことをするなんて」

「だって、だって……っ」

「はいはい。ほら、とうせきひも? でしたっけ。それを見せてください」

「うんっ、うん!」


 オレは改良型投石紐……片側を輪っかにして手首に引っ掛けられるようにしたそれを見つめる。

 ありがとう。そう感謝しつつ、もう片方を握って石を装填。

 そのままビュンビュン振り回して遠心力を稼いで……握っただけの片側を離す。

 ブオン! 勢いよく石は放り出され、竜の形をした的へと命中バキ!


「あ」

「え……草葉がクッションになっていたはずでは?」

「クオン」

「はい」

「オレ、とんでもないもの作ったかも」


 誰でも作れて、訓練すれば誰でも威力を出せる道具……武器。

 どうしようもない不安がこみ上げてきて、眠気もぶり返して、意識が遠のく。


「ケイ。あなたは、竜を倒したんですね」

「え……?」


 ぼんやりとする意識の中、クオンが話しかけてくる。

 たしかに。オレは、竜を倒したんだ……でも。


「死ぬのは嫌だから。バカなことはしない」

「当たり前です」

「……クオンを、泣かせたくないから。もう、しない」

「っ、バカ。もうとっとと寝て、明日散々叱られなさい!」


 ん、分かった……あぁ、そうか。

 眠気と疲労で意識を失う前。オレに叫んでいたのはクオンだったのか。バカなオレに危険を伝えるために……今度は聞き逃さない。


 次は、ぜったい……ぐぅ、ぐぅ…………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この手で作れ、竜を滅する道具たち!−投石紐から始める屠竜のクニ建国記− 尾道カケル=ジャン @OKJ_SYOSETU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ