第3話 鍛錬の夜、クオンとのひと時

 右にフラフラ、左にフラフラ。疲労で今にもぶっ倒れそうな体を無理くり動かして、夕焼けに染まる集落を行く。

 そうしてどうにか我が家へとたどり着けた……はぁ


「つか、れたぁ」


 今すぐ倒れ込みたいけど、そしたら迷惑になるからね。靴を脱いで、整えて。


「あらあら、お疲れ様です」

「あ、ただいまです」


 玄関から上がると、廊下の奥から一人の女性が駆けつけてきた。

 クオンの母親である彼女は、一児の母であるというのに若々しく、あと可愛い。……アイツの可愛らしさって母親譲りなんだなぁ。


「鍛錬お疲れ様。お夕飯の残りはあるけど、食べる?」

「んー、せっかくですけどご遠慮します。今は食い気より眠気な感じで」

「もう、他人行儀にならなくても。あ、もしかしてお父さんに何か言われたのかしら。あの人ったらもう、あなたは私達の子供――」

「失礼します」

「……ゆっくり休んで、明日に備えてね」


 軽く頭を下げてから、オレはおばさんの横を過ぎて、自分の部屋へ。

 すみません。やっぱり、オレの父さんと母さんは、あの二人だけなんです……はぁ。

「寝よ」

 部屋に入って、あー、とびら、しめ、ないと…………



 ――ぃ、ケイ……


 ――おきてる……はいったら……


「んー、何だ?」


 重いまぶたを無理やり開けて音の方を見やる。けど明かりなんてないし、寒風を入れないために窓は閉め切っているから、暗くて分からない。

 扉は開けっ放しだったはずだけど、おばさんが閉めてくれたのかな。


『ケイ……もう、寝てしまいましたか。今日は、もう』

「待って待って。クオン、起きてるよ」

『えっ。あ、ごめんなさい、起こしてしまって』


 扉の向こうに声をかければ、その気配はシュンと落ち込んだよう。まぁ、疲れたところを起こされたのには、ちょっと思うところはあるけどさ。


『あの、ケイ、その……』


 幼馴染の不安そうな声を聞かされたら、起きないわけにはいかないって。


「そこで話してたらおばさんたち起こしちゃうから、入って入って」

『……失礼します』


 そうっと扉を開けて、クオンが顔を見せた。暗くてよく見えないけど、どこか不安そうにしている顔をしている。


「どうしたのクオン」

「いえ、その、あの」

「んー……今夜も寒いし。また、小さい頃みたいに一緒に眠る?」

「…………」


 無言だったけど、コクリとうなずいたケイ。彼はオレのかぶる毛皮布団に入ってきた。

 ……ん? 毛皮かぶった記憶もないんだけど、こっちもおばさんかな。まさしく優しい母親だ。息子のクオンが優しいのも当然だね。


「温かい」

「そりゃあ、もふもふ毛皮と竜の皮を合わせてるから」

「そうじゃ……うぅん、ですね」

「熱を逃さない竜の皮、これがなかったら毎年一緒に寝てたかもね」

「毛皮だけでは寒いですもんね……ふあぁ」


 温かさに安堵したのか、ひときわ大きいあくびをしたクオン。

 普段、人前で隙を見せないのに。ほんと、安心しきってるんだな。……オレみたいな弱いやつが、竜狩りの邪魔にしかならないやつが、そばにいるってのに。


「あの、ケイ」

「なに」

「……ぼくのこと、嫌いになったり、していません?」


 え? え、えぇ?


「なんで嫌いになるのさ」

「だって、いつも厳しく鍛錬していますし」

「鍛錬だから厳しいのは当然だろ」

「他の竜狩りの皆さん、もう少し手心をって言ってましたし」

「そうなのか?」

「はい……ごめん、なさい。むりを、させてしまった」


 はー、もう。

 申し訳なさに苦しむクオンの、丸まってしまった小さな背中をぽん、ぽんと撫でてあげる。


「嫌いにならないよ」

「本当に?」

「ほんとほんと。あー、ただ、人様が努力しているのを嘲るのだけは嫌かな」

「サクラコのこと、ですよね……すみません」

「まぁ、うん。本気でやってる隣で、服装? 格好? をしっかりしていない人がいるのはイヤなのは分かる」

「当たり前です。竜狩りになるには角を折りませんと」


 んー、でもなぁ


「角を折るのは痛くてしかたないんだし。相手も子供なんだから、もうちょっと手心をね」

「……角を折るのは、竜狩りの邪魔にならないため。ひいては死なないためなんですけど」

「それは、まぁ」

「…………サクラコは言うことを聞かない子供です。けど、ケイの言うことですから、もうやりませんよ」


 なにふてくされてるのさ……オレもクオンもまだまだ子供だろって言ったら蹴られそうだし、言わないでおこう。


「何か言いたげですね」

「う゛ぇ!? あーいや、ね? オレも、竜狩りから見たら至らない点ばかりだと思うなって」

「それは……はい、ごめんなさい」

「別に謝らなくてもいいよ、事実なんだしさ。でも、自信さえ手に入れれば竜狩りになるんでしょ?」


 クオン含めたみんながそう言っていたことを、この小さな口から聞いている。

 そのことを聞いたときは嬉しくて、つい調子に乗っていた。けど、慢心したヤツから死ぬのが竜はびこるこの星。常に冷静でいないとな。


「そう、ですけど」


 ……ヤバい、クオンに肯定されるとニマニマしちゃう。落ち着けオレ。


「はぁ、ふぅ。だからさクオン。厳しくても構わないから、これからも竜狩りになるための鍛錬に付き合ってほしい」

「もちろん……ふぁ」

「ありがとクオン。おやすみ、クオン」


 あくびをして、口をムニムニさせだしたクオンの頭を撫でてあげる。それだけなのに、またあくびをして目元をこする。


「ん、け、ぃ……」


 油断しきりなクオン。しだいに「すぅ、すぅ……」と寝息を立て始めた。

 寝た、かな。いや、深い眠りに入るまでもう少し待っていよう。



 部屋にはオレの小さな息と、そしてクオンの安らかな寝息だけが響いて、夜闇に溶けていく。


「火薬に頼らない武器、思い出せたんだよね」


 ぽつりと、誰に言うでもなくつぶやく。


「漫画とか映画とかいろいろ。役立つもので溢れているいい資料だよ」


 クオンの安眠を邪魔しないように、ゆっくりと体を起こす。

 試してくるよ。そうクオンの頭を撫でてから、オレは部屋を出ていった。





「……むにゃ。あれ、けぃ?」

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