第3話 鍛錬の夜、クオンとのひと時
右にフラフラ、左にフラフラ。疲労で今にもぶっ倒れそうな体を無理くり動かして、夕焼けに染まる集落を行く。
そうしてどうにか我が家へとたどり着けた……はぁ
「つか、れたぁ」
今すぐ倒れ込みたいけど、そしたら迷惑になるからね。靴を脱いで、整えて。
「あらあら、お疲れ様です」
「あ、ただいまです」
玄関から上がると、廊下の奥から一人の女性が駆けつけてきた。
クオンの母親である彼女は、一児の母であるというのに若々しく、あと可愛い。……アイツの可愛らしさって母親譲りなんだなぁ。
「鍛錬お疲れ様。お夕飯の残りはあるけど、食べる?」
「んー、せっかくですけどご遠慮します。今は食い気より眠気な感じで」
「もう、他人行儀にならなくても。あ、もしかしてお父さんに何か言われたのかしら。あの人ったらもう、あなたは私達の子供――」
「失礼します」
「……ゆっくり休んで、明日に備えてね」
軽く頭を下げてから、オレはおばさんの横を過ぎて、自分の部屋へ。
すみません。やっぱり、オレの父さんと母さんは、あの二人だけなんです……はぁ。
「寝よ」
部屋に入って、あー、とびら、しめ、ないと…………
*
――ぃ、ケイ……
――おきてる……はいったら……
「んー、何だ?」
重いまぶたを無理やり開けて音の方を見やる。けど明かりなんてないし、寒風を入れないために窓は閉め切っているから、暗くて分からない。
扉は開けっ放しだったはずだけど、おばさんが閉めてくれたのかな。
『ケイ……もう、寝てしまいましたか。今日は、もう』
「待って待って。クオン、起きてるよ」
『えっ。あ、ごめんなさい、起こしてしまって』
扉の向こうに声をかければ、その気配はシュンと落ち込んだよう。まぁ、疲れたところを起こされたのには、ちょっと思うところはあるけどさ。
『あの、ケイ、その……』
幼馴染の不安そうな声を聞かされたら、起きないわけにはいかないって。
「そこで話してたらおばさんたち起こしちゃうから、入って入って」
『……失礼します』
そうっと扉を開けて、クオンが顔を見せた。暗くてよく見えないけど、どこか不安そうにしている顔をしている。
「どうしたのクオン」
「いえ、その、あの」
「んー……今夜も寒いし。また、小さい頃みたいに一緒に眠る?」
「…………」
無言だったけど、コクリとうなずいたケイ。彼はオレのかぶる毛皮布団に入ってきた。
……ん? 毛皮かぶった記憶もないんだけど、こっちもおばさんかな。まさしく優しい母親だ。息子のクオンが優しいのも当然だね。
「温かい」
「そりゃあ、もふもふ毛皮と竜の皮を合わせてるから」
「そうじゃ……うぅん、ですね」
「熱を逃さない竜の皮、これがなかったら毎年一緒に寝てたかもね」
「毛皮だけでは寒いですもんね……ふあぁ」
温かさに安堵したのか、ひときわ大きいあくびをしたクオン。
普段、人前で隙を見せないのに。ほんと、安心しきってるんだな。……オレみたいな弱いやつが、竜狩りの邪魔にしかならないやつが、そばにいるってのに。
「あの、ケイ」
「なに」
「……ぼくのこと、嫌いになったり、していません?」
え? え、えぇ?
「なんで嫌いになるのさ」
「だって、いつも厳しく鍛錬していますし」
「鍛錬だから厳しいのは当然だろ」
「他の竜狩りの皆さん、もう少し手心をって言ってましたし」
「そうなのか?」
「はい……ごめん、なさい。むりを、させてしまった」
はー、もう。
申し訳なさに苦しむクオンの、丸まってしまった小さな背中をぽん、ぽんと撫でてあげる。
「嫌いにならないよ」
「本当に?」
「ほんとほんと。あー、ただ、人様が努力しているのを嘲るのだけは嫌かな」
「サクラコのこと、ですよね……すみません」
「まぁ、うん。本気でやってる隣で、服装? 格好? をしっかりしていない人がいるのはイヤなのは分かる」
「当たり前です。竜狩りになるには角を折りませんと」
んー、でもなぁ
「角を折るのは痛くてしかたないんだし。相手も子供なんだから、もうちょっと手心をね」
「……角を折るのは、竜狩りの邪魔にならないため。ひいては死なないためなんですけど」
「それは、まぁ」
「…………サクラコは言うことを聞かない子供です。けど、ケイの言うことですから、もうやりませんよ」
なにふてくされてるのさ……オレもクオンもまだまだ子供だろって言ったら蹴られそうだし、言わないでおこう。
「何か言いたげですね」
「う゛ぇ!? あーいや、ね? オレも、竜狩りから見たら至らない点ばかりだと思うなって」
「それは……はい、ごめんなさい」
「別に謝らなくてもいいよ、事実なんだしさ。でも、自信さえ手に入れれば竜狩りになるんでしょ?」
クオン含めたみんながそう言っていたことを、この小さな口から聞いている。
そのことを聞いたときは嬉しくて、つい調子に乗っていた。けど、慢心したヤツから死ぬのが竜はびこるこの星。常に冷静でいないとな。
「そう、ですけど」
……ヤバい、クオンに肯定されるとニマニマしちゃう。落ち着けオレ。
「はぁ、ふぅ。だからさクオン。厳しくても構わないから、これからも竜狩りになるための鍛錬に付き合ってほしい」
「もちろん……ふぁ」
「ありがとクオン。おやすみ、クオン」
あくびをして、口をムニムニさせだしたクオンの頭を撫でてあげる。それだけなのに、またあくびをして目元をこする。
「ん、け、ぃ……」
油断しきりなクオン。しだいに「すぅ、すぅ……」と寝息を立て始めた。
寝た、かな。いや、深い眠りに入るまでもう少し待っていよう。
*
部屋にはオレの小さな息と、そしてクオンの安らかな寝息だけが響いて、夜闇に溶けていく。
「火薬に頼らない武器、思い出せたんだよね」
ぽつりと、誰に言うでもなくつぶやく。
「漫画とか映画とかいろいろ。役立つもので溢れているいい資料だよ」
クオンの安眠を邪魔しないように、ゆっくりと体を起こす。
試してくるよ。そうクオンの頭を撫でてから、オレは部屋を出ていった。
「……むにゃ。あれ、けぃ?」
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