第2話 鍛錬と、竜の襲撃という日常

 無様な姿をさらしながらも内心『見返してやる!』なんて叫んだけど、だけどさぁ。


「も、もうムリぃ」


 ドサッ! 音を立てて地面に倒れ込む。

 ここは防壁の内側、安心してだらけられる。あー、春先の地面、冷たくて気持ちいーなあ……は、はは……。


「だらしないですよケイ!」

「はぁ、ふぅぅ、っクオン。だぁて、キツくて、はぁ……」


 ごろんと仰向けになりながら、オレを見下ろしてくる少年クオンにグチグチ言ってしまう。


「ほら、立ってくださいな」

「もちっと、ふぅ、はぁ、待ってて……」

「まったく」


 ふぅ、はぁ、ふぅぅ……よしっ。上半身を起こしてっと。


「鍛錬に付き合ってくれてありがとね」

「いえいえ、お構いなく」

「……そっちはなんで平気そうなのさ。息もほとんど切らしていないし」

「鍛えていますから」


 細いあごに伝う汗を拭いつつ、どこか得意げに答えるクオンに「うへぇ」とぼやいてしまう。


「なら、今までのオレはサボっていただけかぁ」

「竜狩りでは、ですけどね。この耳飾り、ケイがプレゼントしてくれたんですよ」


 言いつつ鹿耳につけたイヤリングをチリンと鳴らすクオン。

 まぁ、そうだけどさ。男の子として運動で負けるのはなんか嫌なんだよ……ん?


「どしたのクオン、なんか思い悩んでる様子だけど」

「え? ……あの、ケイ。やっぱり、職人として生きようとは」

「んー、ごめん。今は職人としての未来に“納得できていないんだ”。だから、もうちょっと付き合って」

「わかりました……む」


 あ、あれ、唐突に不満になったんだけど。そんなに鍛錬に突き合わせるのが嫌だったかな。

 ……オレに対してじゃないなコレ。


『はぁ、はっ、はあ……』

「サクラコか」


 クオンと同じ方を、不満の対象を見やる。そこには鹿人の少女、サクラコがいたって!


『わわ!?』

「サクラコ!」


 ――ここは防壁の内側。山林よりマシとはいえ、家屋をはじめとした障害物だらけだ。

 その一つ、洗濯物にサクラコの角が絡まり彼女は転んでしまう。


「今行くって、クオン! なにするのさつ」


 駆け出そうとしたら、クオンに腕を掴まれてしまった。

 思わず叫び、腕を振り払おうとした。けれど、大人の人ががサクラコに駆けつけたのを見て止めてしまう。


『サクラコ! 怪我はない?』

『ご、ごめんなさい……洗濯物、洗い直しますから』

『別にいいって……竜狩りになるんだったら角を折らないと、でしょ?』

『っ……ごめんなさいっ』


 頭を下げたサクラコ。彼女は逃げるように走り出し……あとには汚れた洗濯物を手にしてため息をつく大人しかいなくなった。

 一連の様子を見やっていたら、「はぁと」隣のクオンがため息をつく。


「まったく、角を折らずに竜狩りになろうなどと」

「それは、痛いのは誰だって嫌でしょ?」

「角が引っかかって、そこを竜に攻められ死ぬよりかはマシです」

「っ……」


 そう、か。竜狩りは、死ぬこともあるんだよね……当たり前のことだけど、つい、忘れてしまっていた。

 死ぬのは嫌だけど、将来、口減らしにあうくらいなら……よしっ。


「鍛錬につきあって」

「えぇ。それでは、ひたすら受け身の練習を」

「うへぇ」


 気合を入れ直したはいいけど受け身、受け身かぁ。

 竜に吹き飛ばされたときにダメージを減らせる。何より「どれだけ攻撃を受けてもほぼノーダメージ」「万が一攻撃を受けても安心」でいられるのが自信になる、とのこと。

 とはいえ、ときどき失敗して痛さに悶絶するのがイヤなんだけど……。

 ……サクラコは転んだけど、痛くなかったのかな。


「ケイ、なにを考えてるんです?」

「あぁうんうん、今行くから」


 なぜか不満げになったクオンに返事してから、彼の下へ。



 そして対峙し……クオンはオレを投げた。

 オレは受け身を取る、けど。


「早く起き上がるのも竜狩りでは必須です、もっと早く!」

「押忍っ!」


 それからも投げられ、受け、起き上がり投げられ、受け……


「……火薬」


 慣れて、徐々に余裕が生まれだしたせいで、オレは別のことを考え出す。

 火薬。いろいろ種類はあるけど、硝石と硫黄と木炭から作れる黒色火薬を作ろうと思ってる。

 木炭は里で作ってる。硫黄は遠くに温泉があるので、そこから取る。

 硝石は……まずは家の下の土から作る。将来は鉱脈を……結構雨が降るから難しいか。だったら硝石丘を試行錯誤して作って――


「クオン!」

「え? わ、わわげふっあ!?」


 い、イツツ……イテェ……。


「ケイ」

「ご、ごめんなさい、考え事してました……」

「…………」

「えと、クオン?」

「長老の目が気になっているんですか?」


 え、え? 長老の目?

 長老がオレを見てるの? ……はっ。もしかして口減らしうんぬんを聞いてしまったの、バレてた?

 だとしたら悶絶してる場合じゃない!


「クオン!」

「っ、はい」

「もっと頑張って竜を倒せるようにっ!?」


 この気配、まさか!


『竜の群れ5匹! 竜狩りの皆集まって!』


 防壁の上で監視についていた竜狩りの叫びに、他の竜狩りたちが彼女のもとに集まっていく。

 里がざわめき出すのを見て、クオンが大声を張り上げる。


「皆さん、落ち着いて家の中へ! ケイ、今日はもう終わりにしましょう」

「もちっと続けたかったけど、ちょうどいいかな」

「……昨日も、一昨日も竜の襲撃がありましたけど……辛い、ですよね」

「まぁ、ね」


 クオンや竜狩りたちから、わずかな羨望と多大な憐れみを抱かれる、オレの度を越した怯え。

 その怯えは、竜に対する驚異的な察知力をオレに与えた。

 けれど代償は大きい。毎日のように襲ってくる竜のせいで、心の底からの安寧を得られないんだ。

 あのとき、竜に襲われ傷つけられてから、オレは……


「ごめんなさい」

「大丈夫だよクオン」

「ですけど、あのとき、ぼくが怯えなかったら――」

「まったく」


 しょげているクオンの背中をぽんっと撫でてあげて、さっぱりするために井戸へと向かう。

 いまだ続く竜狩りたちの叫びと、弓を射る音を背にしながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る