この手で作れ、竜を滅する道具たち!−投石紐から始める屠竜のクニ建国記−

尾道カケル=ジャン

第1話 その怯えはすべての始まり

「なんでさ、口減らしをするって……!」


 早朝、東の空が白み始めた頃。起き始めた人たちに見つからないよう静かに叫び、走る。


 オレはただ、寒さに起きてしまい、ぶらぶら散歩しただけなのに――


 ――今年の冬は口減らしを……


「何でだよ長老!」


 長老の、優しいおばあちゃんのつぶやきを聞いてしまってから、オレはひどく混乱している。そう客観的に理解できていても、荒れる心を鎮められない。

 オレは、死にたくない。それに、アイツも死なせたくは……っ、


「アイツも、クオンも口減らしされるのか?」


 そんな明日を想像してしまう。

 憧れているアイツの背中を思い出す。その背中が、遠ざかって、いく……


「そんなのいやだ!」


 その背中を追いかけ、追いかけて……目の前に壁みたいな大岩が迫るけど、それさえ出っ張りに足をかけタンッ、タンと登って、追いかける。

 だけれど……あぁクソ。オレ、取り乱しすぎだろうがっ。


「はぁ、はっ、ふぅ……」


 呼吸を整えれば、恐怖心からくる幻覚も消え去った。


「……何もないなぁ」


 ふと大岩……防壁の一部に利用している大岩の上から向こうを見やる。

 暗がりに慣れた目に映るのは、闇夜に閉ざされた山林地帯。武器を持った大人でさえ、油断しようものなら獣の……ヤツらの獲物となる危険な世界。


「なに、も、ないなぁ」


 そして振り返れば“今の”故郷があるけど、あまりの物のなさに呆れと諦めと寂しさがこみ上げてくる。

 スマホも冷蔵庫もスナック菓子も何もない古代の集落。

 人口500人なのに、口減らしが必要になる貧しい集団。

 いつ自給体制が崩れるかわからない、登ってきた大岩よりも崖っぷちな存在。

 ……ヤツらが、ヤツらがいなければ……っ、ッ!?


「こ、こんな朝早くから襲ってきたのか!?」


 背後に広がる山林にいるッ。は、早く逃げ――


 きしゃぁぁああああ!!


「ひっ!?」


 身の毛がよだつ咆哮に、体が勝手にうずくまってしまう。

 耳鳴りがして、周りの音が聞こえなくなる。心音だけがバックンバックンとうるさい。

 早く逃げないと、イヤだ、死にたくない、痛いのはイヤだ…… 



「またですかケイ」

「あ……」



 静かな声をかけられる。

 小さい手で肩を撫でられる。

 甘い香りが鼻の奥を撫でてくる。

 それだけで、安心感が胸いっぱいに広がった。耳鳴りも今は聞こえない。


「見ていなさい。アレを、竜を倒してみせましょう」


 その声が体を起き上がらせて、ヤツがいる方へと振り向かせる。

 そこには幼い、だけど大きく見える背中が、オレを守るように陣取っていて。


「すぅ」


 彼は長弓を構え、


「はっ」


 矢を放つ。


 パンッ、弓から乾いた音が響く。

 ドスッ、遠くで何かが突き刺さる音がする。

 ドサリと、柔らかくも重いものが倒れる音がした。


「わ……」


 流れるような一連の出来事。カッコいい俳優のカッコいいバトルシーンを見たような感動が、オレの恐怖心を霧散させた。


「倒せてる……」


 彼の向こう側を見やれば、木々の合間に……大きなトカゲ、竜が倒れ伏していた。その目には、脳まで貫いただろう矢が突き刺さっている……すごい。


「もう大丈夫そうですね」

「クオン……!」


 オレを守ってくれた少年が、クオンが振り返る。

 その時、ちょうど太陽が顔を見せてきた。肩口まで伸ばした、瑞兆の証である白髪がほのかに赤らんだ。


「あ……す、すごい。すごいよクオン!」

「ふふん。このくらい、長になる者として当然です」

「やっぱりすごいよクオンは!」


 寄らば大樹の陰とはこのことだ。彼はオレより背も高いし、筋肉もあるから……はぁ。


「ため息を付いて、どうしたんですか」

「いや。オレはクオンみたいにはなれないなって」

「何を言って――」


『やいやい、ケイ!』



『やいやい、ケイ!』

「ふむ」

「げっ」


 聞き返そうとしていたクオンだけど、はやしたてるような女の子の声に口を閉ざした。

 オレは声の主に気づいて顔をしかめつつ、大岩の上から集落側を見下ろす。


『むぅ、見下ろすな!』


 そこには女の子がいて、舎弟の男の子二人を置き去りにしつつトンッ、トンと大岩を登ってきていた。


「サクラコ」

「気安く呼ばないでっ」


 タン! とわざとらしく音を立てて登りきったサクラコ。俺やクオンと同い年の彼女は、角の飾りをシャランと鳴らしてみせた。


 “鹿人”。鹿の角としっぽ、強靭な足腰を持つ獣人である彼女は、ツルペ……平たい胸をふんっ! とそらした。


「ツノ折りのクオン様に話しかけて、あまつさえ役立たずのクセに守られるなんて、どういうリョウケンなの!?」

「む……まぁ守られたのはそうだけどさ」

「ふんっ、少しは言い返しなさいよ。そんな弱いアンタは口べ――」


「サクラコさん」


 ピシッ……大岩の上の空気が固まった。たった一言、クオンが彼女の名前を言っただけでだ。


「ケイはたしかに臆病だよ。けど、手先の器用さは里一番」

「そ、それは認めるわよ! この角飾りだってそうだし、でも竜を倒せないんじゃ意味ないじゃない!」

「……竜狩り志望のサクラコ。弓の訓練をする時にキミを見たことないけど、どこにいたんだい?」


 淡々と事実を突きつけるクオン。さっきまでオレをいじめていたサクラコは、彼の視線にうろたえてっちょっとちょっと!


「でも、アタシは竜を狩って、それでっ」

「ツノを切り落とさないキミには――」


「クオン!」


 思わずオレは叫んだ。お互いが不幸にならないように、クオンの言葉をさえぎった。

 けれど遅れた。サクラコはうずくまるように鹿角を両手で隠す。大きいせいで全部隠しきれないのに。


「サクラコ、オレは気にしてないから」

「あ、ケイ……ごめん、ごめんなさい!」


 涙声で謝りながら、サクラコは大岩を駆け下りていった……はぁ。

 涙目になってる舎弟二人は後でなぐさめるとしてだ。


「言い過ぎだよクオン」

「なら、言い過ぎた僕を怒るので?」

「怒らないし、怒っていないよ。そうじゃなくてクオン、アンタのマジの目で睨まれたら誰だって怖がっちゃうよ。もちろんオレもだ」

「…………」

「怖がらせたこと、あとで一緒に謝りに行こう?」

「……狩りに邪魔な角を切らず、竜狩りを目指すヒトに何で」


 はぁ、もう……

 

 そうそう。唐突に言うけど、オレは転生者だ。

 前世の経験が精神年齢を上げていて、気づけば幼馴染たちをたしなめる役回りについてしまった。今のところ、間違えは起こしていない……はず。

 まぁ、転生うんぬんは置いといてだ。


「クオン……まったく」


 むぅと唇をすぼめている男の子の頭をぽん、と撫でてあげる。

 サラサラした髪には、狩りに邪魔だからと切り落とした鹿の角、そのゴツゴツした根本が混ざっている。それもまた触り心地のアクセントになっていた。


 クオンも鹿人の一人。けれど今は、注意されてふてくされる子供だった。


「ほら、朝食に行くよ。そのときに謝ろう、ね」

「はーい……っ、はい」

「言い直せたのは偉いよ。それじゃ、今日もまたいつもの日々を……」

「ケイ?」


 昨日と同じ今日、今日と同じ明日を……今年の冬は超えられるのか?

 恐怖心がぶり返す……っ


「っ、イヤだ、口減らし、は……!」

「ケイ?」

「クオン頼む!」

「わわっ!?」


 逃げられないようクオンの両肩を掴む。震えた白髪から甘い香りが漂ってきたけどソレどころじゃないしオレは男に興味ない!


「この竜はびこる星では、多少なりとも武力はあったほうが良いだろ? むしろ里では推奨されている」

「は、星? えぇと、竜を倒せて一人前なところはありますね」

「そうだ。けどオレは、立ち向かうどころか怯えてすくんじゃう。そんなヤツはまっさきに見捨てられそうだろ?」

「いえ、ケイは手先が器用なので大丈夫では」

「それでもだ!」


 クオン。強くてカッコよくて、オレたちを守るのを当然だって笑う将来長老になる予定のクオン。


「オレに竜退治を教えてくれ。竜を前に怯えない勇気を、倒せることで得られる安心感を、くれ……」

「…………」

「クオン、あの――」


 ぐるん! スタッ。


 ……あれ。オレはいつ、クオンの両肩から手を離したんだ?

 あとさっき、世界が一回転したよな? え、え?


「あなたを投げて、立たせました」

「え」

「投げられたことにさえ気づかないとは、鍛錬が足りませんね」

「く、クオン? クオンさん?」

「さて、さてさてさて。どんな風に訓練をつけましょうか。ケイは鹿人ではなく人間ですから脚力は――」


 な、なんだが震えがっ。これダメなヤツだ逃げっ、逃げないと『ガシッ』。


「ケイ!」

「っ……」


 クオンがオレの肩を掴み、まっすぐ見つめてくる。


「返事!」

「はい!」


 ビシッ! 背筋を伸ばして顔とお腹と足先を向ける。

 そんなオレに彼は笑みを浮かべてみせた。


「ボクはキミに死んでほしくない。だからビシバシ鍛えます、ついてこれなかったそれまでですけど。いいですね?」

「あ……うん、ありがとう!」

「それを聞けて安心しました。では」


 では? ……あ、あの。


「なんで弓を構えてるの」

「僕と竜」


 え、え?


「な、なにをっ」

「ケイ。僕と、キミを傷をつけた竜。どちらが怖いですか?」

「どっちって――っ……」

「今、君の前にいるのは竜のようですね。まだまだ僕も鍛錬が足りないか…………!」


 ち、ちょ!? なんか落ち込んだと思ったら背中に炎が見えだしたんですけど錯覚だよね!?


「ケイ」

「は、はい」

「あなたには自信が足りないんです。本当はとっても強いのに、その強さで竜を倒せるのに。これは長衆や長老、僕含めた竜狩りたちも認めています」

「……オレが?」

「もちろん。とはいえ、自信がなければ元も子もないので」

「ないので?」

「僕が自信をつけてあげます……今日すぐとは言いませんけれど」


 そう言うと、彼は実にいい笑顔で弓を地面に向けたままキリキリキリ……


「あっ、その」

「逃げることもまた勇気です。さぁ、この一射から逃げ切ってくださいな」

「う、ぅわぁぁぁあああ!?」


 い、いやだ! 口減らしよりも前にクオンに射殺される!


「いやだぁぁあああ! おまわりさん、パトカーどこ!? 誰か110番をぉぉおヘブシッ」

「はぁ、またいつもの妄言ですか……ふふっ」


 っ! わ、笑いやがったなクオン!

 そ、そうだオレは転生者、前世の知識で銃でもなんでも作ってやる。

 作った武器で竜をバッサバッサ倒してクオン、お前のことを驚かしてやる!


「あなたに弓を向けるわけないでしょう、おバカな人……ふふっ、はは!」


 え……っ、ッ!

 くそぉ、覚えてろよぉ……よぉぉ……ぉぉ……――

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