第2話 依頼達成に伴う問題発生



 何とか塔姫を泣き止ませ、転移魔法を使用してもらうまでに至った。

 本音を言うとカルサスイーニアは、変態は連れて行きたくなかった。だが連れて行かなければ、二度と家に帰れないことになる。まさか変態を家に閉じ込めておくわけにはいかない。例え絶対に出られない部屋を作ろうとも、同じ塔の中にいるというだけで狂ってしまうだろう。それ程にベネディクトがトラウマだった。

「転移陣の上に乗れ」

 石の床の上に浮かび上がる不思議な紋様。円の中に文字や図形が描かれている。

「この上に乗れば転移魔法が作動するのですか?」

「まさか! これだけでは不完全じゃ。妾が魔力を流して初めて転移魔法は作動するのじゃ」

 堂々と言い放つ姿は、正に魔族であった。少女とは思えぬほどに威厳がある。

 しかし残念ながらここにいるのはベエウアギアの面々である。へー、そうなんだー。くらいの反応に、カルサスイーニアは苛立った。それでも彼女は耐えた。今までの塔姫であれば、気に入らない態度をとる者がいれば問答無用で排除しただろう。しかしそうしなかった。何故なら得体の知れない者共だからだ。悲しいかな、この短時間で嫌というほど身に染みている。

 息を整え、カルサスイーニアが呪文を唱え始める。唱えるというより、歌っているよう。

 転移魔法というのは、実に不思議なものだった。

 床から眩い光が生まれ、辺りを包んだと思った次の瞬間には、全く違う場所に七人はいた。

「冒険者ギルドだ!」

 感嘆とともに、アヴドーチアが言った。

 もっと感動しろ。反応が薄すぎる!

 カルサスイーニアがそう思ってしまう程に、弾んだ声を上げたのは、アヴドーチアただ一人だった。それどころか背後で、「アンドレアスさん、転移魔法使えそうです?」「多分」などと言った会話が聞こえてくる始末。この者どもは分かっているのだろうか。転移魔法だ。一瞬で、離れた場所に移動できる、それこそ神の御業と名高い転移魔法を、たった一回体験しただけで使える? 冗談は休み休みにしてほしい。そもそもこの集団自体を冗談にしてほしい。塔姫の神経はギリギリだった。ドワーフ成分が足りていない模様。そのドワーフも、カルサスイーニアではなく、やはりアンドレアスは凄いなあとしみじみ思っているところだった。何とも報われない。アンドレアスなら出来ても不思議ではないと、ベエウアギアの全員が思っているのだ。転移魔法なのに。

 転移した先は冒険者ギルドの真ん前。照準もバッチリである。カルサスイーニアが住まう塔から最寄りの街でもある、ここナクロガプラはそれなりの規模で、ギルド自体も王都ほどではないが立派である。七人が見上げる建物は三階建てで、冒険者ギルドを示すマークが掲げられていた。万国共通、どこへ行ってもこのマークを目印にさえすれば冒険者ギルドには辿り着ける。剣と盾、魔法、そして魔物。それらを意味する不可解な模様だ。不可解に見えるのは、まるで子供の落書きのように見えるからである。説明されても余り納得できない出来栄えのマークであった。つまり意味は別として、これは冒険者ギルドを示すものだと覚えるのが最適だと言うことだ。

 ベエウアギアの面々もまあまあ驚いていたが、突然何もないところから現れた七人に、周囲の人間はかなり驚いた。そもそも場所が場所だ。人通りの多い賑やかな場所なのだ。喧噪とも言う。何せ荒くれ者が多い。こんなところに突然現れて、誰か巻き込まれたらどうするのだろう。等ということは頭の片隅にもなかった。何せ魔族である。自分以外は全て劣った生き物なのだ。正し出会ったばかりのドワーフを除く。同じくベエウアギアの面々も何も考えていなかった。もし何かあったとしても、それは自分たちではなくカルサスイーニアの責任だからである。人でなしの見本のような集まりだった。

 本来ならばこのようなところに予告もなく現れれば、誰か何かしら文句の一つも言ったかもしれない。何故ならここは冒険者ギルドの前。腕に覚えのある者が行き来している場所だ。しかし今は誰もが黙って七人を見ていた。いや正確に言えば、塔姫を、だ。

 魔族カルサスイーニアは、このナクロガプラの街では知らぬ者がいない程の有名人なのだ。それこそ幼い頃から読み聞かせられるくらいの。つまり見たことがないのに、今こうして目にした瞬間、これが塔姫だと誰もが理解したのだ。赤い瞳に銀の髪、美しい少女の容貌。絶対に、手を出してはいけない相手だと。

 その塔姫はと言うと、周囲の反応などまるで見えてはいなかった。人間が一々羽虫を気にしないのと同じだ。尤も、集ってくるなら話は別だが、ただ視線を送ってくるだけならば気にすることではない。余りに鬱陶しければ蹴散らすかもしれないが。それよりも彼女が今一番にすべきことは、冒険者ギルドに突入することだった。脇目も振らず、ずんずんと進んでいく。その歩調たるや速く、また、重い。如何にも不機嫌を伝えてくる。そしてぞろぞろ続いていくベエウアギアの面々。周りの冒険者たちは、一体あのパーティーは何だと疑問に思いながら無言で見送った。ランクAと、パーティーとしては上位だが何せ拠点を持たない集まりなので知名度が低いのだ。この街に来たのもつい最近で、しかも受けた依頼はこのカルサスイーニアに謝罪する、が、最初であった。

 バン、と、勢いよくギルドのドアが開く。

 カルサスイーニアが、蹴破ったのだ。まさかである。魔法で扉ごと吹っ飛ばしてやろうかと思わないでもなかったが、背後に無詠唱で訳の分からない魔法を繰り出す人間がいることを思い出してやめた。詠唱中に背後から同じ魔法を無詠唱で見せられたら、絶望で死んでしまうかもしれない。何方か自他ともに認める超凄腕の魔法使いだと思っていたカルサスイーニアさんの自信を返してあげてください。大体無詠唱って何ですか。思えども、魔族のプライドが邪魔をして、口から出せない疑問である。

「責任者を出せ!」

 開口一番怒鳴った。

 一番相手をしたくないタイプのクレーマーが来た。そういった空気が流れた。

 ガタガタ、と、椅子が床に当たる音がする。ギルドの受付員全員が立ち上がったのだ。二人ばかり、背を向けて走っていった。塔姫とは逆方向に。恐らく責任者を呼びに行ったのだろう。後の受付員はどうしようもなく、ただ立っている。近づいていいのかどうか、いや、恐ろしくて近づけないのだ。魔族が真正面から乗り込んできたことがなかったのである。こんな非常事態のマニュアルは流石に用意されていない。

 まさに空気が止まったその時、一人の男性が近づいてきた。

「あ、あの、カルサスイーニア様とお見受けしますが……本日はどのようなご用件で……」

 勇者であった。小声で腰は引けているが、職務を全うしようとしている。

 尤もその努力を汲んでくれるような塔姫ではなかった。

「責任者を出せと言っている! これ以上待たせるなら皆殺しにしてくれようぞ!」

 再度の恫喝に、男性は倒れた。余りにも塔姫が恐ろしかったからだ。ベエウアギアの面々は誰も感じていないが、殺気だの威圧だのと言ったものを、ギルド内の人々は受けていた。故に恐ろしくて動けないのだ。

「えっ、カルサスイーニアさん、怖……」

「わたくしのようなか弱いエルフには刺激が強すぎますわ」

「ウードさん! 出番ですよ!」

「えっ、わし?」

「いい首を持った犯罪者を始末する依頼はないか?」

「依頼ってつければ、人殺してもいいって思ってるの控え目に言って精神異常者だよ」

 カルサスイーニアにばかり目がいっていたが、何なのだろうか、背後の集団は。

 突如もたらされた非日常の空間の中、ひそひそと話している背後の集まりが気になりだした。この異常な空気の中、余りにも普通だからだ。尤も話している内容は普通ではないので、聞こえなくて正解だろう。やはり魔族の知り合いは普通ではないのだ。ギルド内にいる人々はそう思った。例え何を話しているのか分からずとも、一緒に入ってきた時点で、この人間たちとカルサスイーニアはそれなりに繋がりがあるのだろうと思ったのだ。まさか魔族の方が切りたいと思っている関係だとは誰も知る由もない。

 漸くここへきて、ドタドタと、如何にも急いでいると言わんばかりの重い足音が響いた。

 姿を現したのは厳つい人間の男だ。身長も二メートルを超えているように見える。屈強な体躯、迫力のある相貌。なるほど、このギルドの責任者だと誰もが分かる出で立ちだった。

「お待たせして申し訳ない! 当ギルドの責任者、チェスカー・ラグランドだ! 魔族カルサスイーニア殿とお見受けする! 如何なる要件でお越しいただいたのかお聞きしたい! 不都合でなければ部屋へ案内させて頂きたいのだが如何か!」

 塔姫の怒鳴り声など比べるべくもないほど、大きな声だった。それはまるで、カルサスイーニアの恐ろしさに震える空気を払拭させようとするかのように響いた。言われた塔姫も、またベエウアギアも目を丸くしている。それくらいに迫力のある発言だった。

 少し間があった後、カルサスイーニアは微かに頷いた。 

「案内を受ける」

 それは自分を落ち着かせようとしているようにも見えた。また、突然現れた人間に驚いてしまった自分を打ち消そうとしているようにも見えた。

「あのー、それって我々も一緒に行っても?」

 控え目に後ろの方から口をはさんだのはエマニュエルだ。魔族の背後にいるのは分かっていたが、話しかけてくるとは思わなかったチェスカーは眉を顰めた。

「なんだ、お前たちは」

「ベエウアギアです。この度、カルサスイーニアさんに謝罪するという内容の依頼を受けました」

「……つまり、依頼は失敗したということか」

 カルサスイーニア自身がわざわざギルドに乗り込んできたこと、それも機嫌が良さそうには見えないことから、チェスカーはそう結論付けた。それでもベエウアギアを責める気はなかった。初めから期待していなかったからだ。魔族に謝罪する。言葉するのは簡単だが、実践するのは非常に困難。故に、ランクA以上に限定した依頼だった。例え謝罪が失敗に終わったとしても、こうして本人を連れてきただけでも色を付けたいくらいだ。このギルドが出来て以来、魔族カルサスイーニアが出向いた記録はないはずだ。このパーティは初めてのことを成し遂げたのだ。そもそも誰も受けないと思っていた依頼だったので、依頼を受けたパーティがいたこと、そしてベエウアギアというパーティがいたこと自体、チェスカーは今知った。ギルドのトップにしては関心が薄いと思うだろうか。尤もチェスカーに言わせれば、謝罪などと言うものは上手くいけばラッキー程度のもので、裏で対応を考えていたのだ。

 どうすれば犠牲なく、カルサスイーニアと和解できるかを。

「えっ、達成ですよね? カルサスイーニアさん?」

 しかしベエウアギアはそんな風に結論付けた思考をあっさり裏切ってきたのである。

「……達成?」

「確かに、謝罪、は、受けたな。謝罪はな」

 忌々しいと言外に告げながら魔族の少女は肯定した。言葉とは裏腹に、表情は不機嫌そのものである。ますます不可解さにギルド長は首を傾げた。謝罪を受けたと言う雰囲気ではない。寧ろ不満しか感じ取れないのである。だがこの場でする話でもない、と、割り切った。何と言ってもギルドに入って直ぐである。無関係の人間が多すぎた。詳細な説明を求めるべく、チェスカーは奥に案内したのだった。縄で繋がれた罪人の如く、ぞろぞろと後に続く。

 責任者の部屋か、それとも応接室か。明らかに要人を招き入れる様相の佇まいだった。耐性がない人間であれば、入室を躊躇しそうな程空気が張り詰めている。尤も、招かれた誰もが平然としていた。いい意味でも悪い意味でも、常人が一人もいなかったのである。先ず、長椅子の中央に堂々と座り込んだのは、カルサスイーニアであった。問題はその後である。本来ならば女性が脇を固めるか、或いは誰も座らないが正解だっただろう。何せこの地に名を馳せる魔族と、たかが流れの冒険者パーティである。それも、普通枠が少数の。とりわけ中で、割と常識を持った人間が目配せし、魔族の少女の隣にドワーフを配置した。

「隣、邪魔してもいいかの?」

「えっ、あっ、ど、どうぞ……」

 百点満点の人選である。これがもしどこぞの異常性愛剣士であれば、この場で殺し合いが勃発していただろう。取り敢えずドワーフさえ宛がえば、後はどうとでもなる。コの字型に配置された長椅子に、適当に座ったのだった。

 この間チェスカーは、一人掛けの椅子に座り、隈なく観察していた。一行の関係性である。カルサスイーニアは分かる。それこそチェスカーが生まれる前よりこの一帯に名を馳せる魔族である。まさかこうして直に話す機会が得られるとも思っていなかった相手だ。実際に見て見れば、確かに伝え聞く通りの容貌である。これが、魔族。いつ牙を剥いてくるとも分からぬ相手。そう思えば、自然と身構えてしまう。だが、警戒心を表に出すのも問題だ。だからチェスカーはその周囲へと視線を動かしたのだ。其処にいるのは、謎のAランクパーティである。実力的に言えば、完全に上位に位置する集まりだ。このナクロガプラでも数少ないランクである。普通に考えれば、ある程度は名が売れていると考えるべきで、しかしチェスカーはこの集団を知らなかった。

 これは、何かある。

 直感がそう告げる。

 チェスカー・ラグランドはギルド長である。そこいらの冒険者等とは、格が違うのだ。

「先ず単刀直入に言う。妾はギルド及び冒険者に対し、思うところはない」

 えっ。

 ギルド長チェスカー・ラグランド、思考停止のお知らせ。突然耳に入ってきた宣言により、思考どころか動きまで止まったのだった。大体直感だの何だのと言うのはチェスカーの勝手であり、誰も慮る筈もなく、事態は進んでいくのである。意気揚々と見極めてやろうと身構えた瞬間、問題の張本人が発言したものだから動揺せざるを得なかったのだ。えっ、と、口に出さなかっただけ、未だセーフ。本人はそう思っている。瞬時にチェスカーは視線を走らせた。塔姫からの続報は見込めない。これだけは確かである。何せ本人、言う事は言ったと言う体でふんぞり返っているのだ。人間の都合などお構いなし。そう、これが魔族なのだ。

 しかし現実には当然何も終わって等いない。寧ろ始まったかどうかも微妙である。

 誰もチェスカーと目を合わせない中、たった一人、小柄な女がギルド長の目を見てにこりと笑った。

「発言よろしいですか、ギルド長さん」

「あ、ああ」

 如何にも人懐っこい笑みを浮かべて問えば、相手は自然と頷いてしまった。

「此方のカルサスイーニアさんですが、ギルドに宣戦布告などなさって無いようなんです」

「うん?」

 別に何も難しい事を言われたわけではなかった。なのにチェスカーは首を傾げてしまったのだ。言われた言葉が予想外だったので。

「あの、石造りの塔付近の森に出向いた冒険者たちが、大怪我を負って帰ってくると言うお話でしたよね」

「ああ」

「で、そのような事が出来るのは、カルサスイーニアさんだけだと」

「そうだ」

「でもご本人、全く身に覚えがないそうなんです。ね? カルサスイーニアさん?」

「そう言うておる」

「えっ」

 とうとう、口から、えっ、が、漏れてしまった。いやいや、そんな馬鹿は。そう思う反面、このような詰まらない嘘を吐くメリットが魔族にない事も分かるものだから、余計混乱していた。えっ、どう言う事? 分かりたくなかった。だが、分からざるを得なかった。

「つまり、あの、石造りの塔の付近に、カルサスイーニア殿に匹敵する何かが現れたと、そう言いたいのかね?」

「それは我々も分かりませんけども」

 最後の最後にアヴドーチアは突き放したのだった。分からないものを分かる、等と言ったが最後。どのような目に遭うか分かったものではない。大体もし調べるとしたら、別の依頼になる。今回はあくまで謝罪する、と、言うそれだけの依頼である。そして達成済みなのだ。とっとと報酬を貰って終わりにしたい所である。

「兎に角、これで我々の依頼は達成ですわよね?」

 仲間を援護するよう、エルフがのんびりと言った。

「確かに、魔族に謝罪するだけだもんね。したもんね、僕たち」

 アンドレアスが素っ気なく続ける。謝罪したと言い切ったものだから、塔姫が顔を顰めた。正直された覚えがなかった。酷い目に遭わされた覚えはあるが。

「これ、報酬かなり良かったですよね? いやあ、出向いた甲斐がありましたねえ」

 のんびりとエマニュエルが言う。

「お嬢ちゃんの家をちょっと壊してしまって申し訳ない事をしたがなあ」

 ちょっとどころか大破であるが、カルサスイーニアは対ドワーフ相手には心が広いので全て許した。ドワーフしか許さないが。

「つまり、依頼完了と言うことは、この女の首を落としても構わないと言う事か?」

 最後にベネディクトが呟いて、全てを台無しにしたのだった。

「えっ」

 ギルド長の呟きに、全員が顔を逸らした。突然流れる気まずい空気。首? 首を落とすって言った? 内心でチェスカーが問う。但し内心なので、誰も答えない。自然と目が、整った顔立ちの剣士へと向くが、やはり目は合わない。

 ふと、チェスカー・ラグランドの脳裏に、ある言葉が浮かんだ。

「お前さんもしかして、首狩りベネディクトか?」

「違います」

「えっ」

 周囲の面々が顔を逸らす中、問われた首狩りベネディクトは即答した。肯定するメリットが皆無だった。

「いや、聞いた事があるぞ。矢鱈男前の剣士だが、美人の首を切り落とす性癖を持った変態がいると」

「それは本当に違う」

 今度は声を低くして、力強く否定した。何故なら美人の首を切り落とす性癖の持ち主ではないのである。顔はどうだっていいのだ。問題は項である。項が美しければ切り取ってコレクションしておきたいタイプの変態なのだ。説明できるはずが無かった。

「だが先程、首を落としても構わないかと問うていただろう」

「魔族の首を落とすことに何か問題が?」

「大有りだよ!!」

 ギルド長、とうとう声を張り上げるの巻。

 そして塔姫は心底ホッとしていた。長らく俗世間と関わってこなかった間に、人間の常識が変わっていなかったことに安堵していたのだ。おかしいのはこの男だけだった。ドワーフしか優しい世界じゃなくてよかった。これを機に、もう少し人間とも交流していこう。一人の変態が、魔族と人間の懸け橋になろうとしていた。人生どう転ぶか分からないものである。

「ならどうすればこの女の首を貰えるんだ?」

「無理だよ諦めろよ大体貰ってどうすんだよ!」

「コレクションにする」

「ひえっ……」

「すみません、ギルド長。この男変態なんです……」

 見かねたアヴドーチアが口を挟んだのだった。最早仲間が謝罪したからと言ってどうにかなるレベルではないが。心底申し訳なさそうな小柄な女を見て、この中で話が通じるのは恐らくこの一人だけだ、と、チェスカーは当たりを付けた。多分他は、常識が通じない。勝手な想像であるが、概ね正解だった。

「あー、」

 ギルド長として、話す相手は選ぶ必要がある。そう心に決め、アヴドーチアと向き合ったその直後だった。

「あの、ギルド長」

 隣に控えていたギルドの職員が、恐る恐ると言った体で、一枚の紙を差し出してきたのだ。訝しみながらチェスカーは目を通し、今正に話し相手に選ぼうとしていた女を見て、顔を顰めたのだった。

「その前に、お前さんの名前を聞いてもいいかね」

「アヴドーチアです」

 素直に女は答えた。別に隠す事でも無いと、そう態度が告げている。つまり、疚しいことは無いのだと。だが、アヴドーチアと紙へと交互に視線を走らせチェスカーは溜息を吐いたのだった。何とこの紙、非常に精巧な姿絵が描かれていたのだ。しかもこれが全世界のギルドに回っている。何かしらの魔術で作られたものであると推測される。その上、姿絵に描かれた人間と、目の前の盗賊の女は瓜二つであったのだ。更に言えば、名前が同じ。つまり、本人である。

 首帰りベネディクトに加えて、依頼書の女。何なのだこのパーティは。頭痛が増していくのをチェスカーは感じていた。

「エナスジャエルーネ帝国は知っているか」

「はい、勿論」

 これまたあっさりと肯定してみせた。ここ、ナクロガプラがあるアルカロゼン共和国とは海を隔てた向こうにある、大国である。大体世界を飛び回っている冒険者、それもAランクパーティーともなれば、知らないと答える方が不自然だろう。

「ペリシエ将軍については?」

「ローラン様ですね!」

 名前で呼びやがった。内心でチェスカーはボヤいた。何故なら将軍である。しかも貴族である。ローラン・ド・ペリシエ。正直チェスカーからすれば、雲の上の人間過ぎて爵位がどうだとか軍でどの程度の位であるか、等は、うろ覚えである。だが、すっごくかっこよくて、すっごく強くて、すっごく偉くて、すっごくお金持ってる人。と、言う女性のイメージは知っている。つまり、そう言う人なのである。

 それを、名前呼び。相当親しい間柄である。

「その、ペリシエ将軍から探し人として依頼書が回ってきている」

 ぱち、と、目を大きく開いて驚く様を見れば、心当たりがない事が窺えた。だがそんな事があるだろうか。はっきり言って、そこいらの冒険者からすれば一生会話する事も無い相手である。そのような人間が、全世界のギルドに向けて依頼書を回しているのだ。そう、これは依頼なのだ。アヴドーチアと言う娘を探してくれと言う、依頼。

 もし今チェスカーがエナスジャエルーネ帝国に例の娘が見つかったと連絡を入れれば、依頼達成である。しかし、理由位は知っておきたい。そう、ギルド長は思ったのだ。何故この如何にも人懐こい娘が、帝国の将軍から捜索されているのかをである。

 チェスカー・ラグランドはギルド長だ。例えこのパーティが流れのものであったとしても、冒険者を守るに吝かではない、そう、思ったのである。

「お前さん、一体何処で、ペリシエ将軍と知り合ったんだ?」

 単刀直入に問えば、アヴドーチアは一瞬悩み、そして言った。

「長くなりますが、よろしいですか?」

 どうにも、簡単な話ではなさそうである。それはそうだろう。一介の冒険者が、爵位持ちと出会い、そして、捜索されるに至るまで、簡単な経緯ではないに決まっているのだ。すると何故かチェスカーを含む全員が、大人しく拝聴する姿勢を見せたのだった。

「エンニス王国と言う国を御存じですか?」

「いや、知らんな」

「エナスジャエルーネ帝国の西にあったごく小さな島国で、蛮族により滅ぼされたのですが、私はその王国の唯一の生き残りで第三王女でした」

「なんて?」

 急にさらっと重い過去を告白してきたものだから、全員が呆気に取られてしまった。いや、滅ぼされたとか、唯一の生き残りとか、第三王女とか、こんな所で告白する話ではない。絶対に無い。チェスカーは驚いているが、実は、ベエウアギアのメンバーも驚いていた。え、そうだったの? 誰しもが顔に書いている。メンバーの過去を詮索しない人間の集まりだったのである。大体普段、一人称アタシの快活な娘が、突然一人称私で人が変わったが如くおしとやかに話始めるの止めて欲しい。こっちが素ですと言わんばかり。我々が知っているアヴドーチアとは一体。パーティメンバー、混乱するの巻。

「生き残り年若かった私は人質代わりに連れ去られたわけですが、其処で性奴隷としてのスキルが開花して」

「なんて?」

 話が急に変わった。性奴隷としてのスキル? 長年多くの冒険者を見てきたギルド長であるが、初耳のスキルである。いや、ないだろ、と、己の冷静な部分が否定するのを感じていた。有るわけが無い。何でもスキルと言えばいいと言うものではないのである。

「お陰様で性奴隷のエキスパートとして、生き永らえることが出来ました」

「大丈夫?」

 チェスカー・ラグランド、素で心配するの巻。この場合の大丈夫? は、頭の事である。体より最早頭。どう考えても心配すべきは体の方でありながら、余りにも当然のように話すので心配せざるを得なかったのである。

「性奴隷としてのスキルが開花しなかったら、一体どうなっていたか」

 ねえよ。思わず内心でツッコむ。この場合のないは、性奴隷のスキルもないし、その状況もないの、二重に無いである。

「夜な夜な複数の殿方を相手に子種を」

「丁寧に言えば良いってもんじゃねえから!」

 とうとう、声に出してツッコんだのだった。セーフなのかアウトなのか、チェスカーにも分からなくなっていた。

「あの、性奴隷のパート、もういいんで、将軍との出会いお願いします」

 果たして性奴隷のパートとは。自分で口にしておきながら、訳が分からなくなる始末。

「ある日、アジトに帝国軍が押し寄せてきまして、保護されました」

「性奴隷のパート要らなかっただろ? なあ? 本当に必要だったか?」

「アジトにいた女性は私だけだったので、その時の責任者だったローラン様が直々に匿って下さいました」

「女性が一人? 大所帯だろ?」

「私には性奴隷のスキルがありましたので、何人でもお相手をすることが可能で」

「本当にごめんなさい」

 チェスカー・ラグランド素直に謝るの巻。

「助け出して下さったローラン様に私はお礼がしたくて、でも出来る事と言えば、鍛え抜いた性奴隷のスキルを活かすことくらいで」

「ヤったのか!?」

「はい」

「はいじゃねえんだわ」

「イエス」

「おちょくってんのか」

「ローラン様はご経験がなく」

「嘘だろ」

「私が責任を持って手取り足取り腰取り導きました」

「はい、アウト」

 終わった。我が事では無いにも関わらず、チェスカーは天を仰いだのだった。ローラン・ド・ペリシエ、大層な男前だと聞く。しかも軍の重鎮で、爵位持ちで、魅力と言えば聞こえがいいが、足枷ばかりだろう。そう簡単に女性に手出し出来なかったに違いない。其処へひょっこり出てきたこの女。聞けば何処ぞの王国の王女だと言う。最早無い国だとしても、血筋は間違いない。その上、性奴隷のスキルの持ち。本当かどうかは定かではないが。

 チェスカーは、もう一度依頼書を見た。

 本当は気付きたくなかった。だが、こう、書いてある。我が妻を探している、と。妻、と、ハッキリ書かれているのである。話を聞くまで冗談かと思っていたが、どうにも本当らしいと知る。要は、籠絡されたのだ。

「で、一発やって出てきたってか?」

「十発はやりました」

「そんな詳しく聞いてない」

「一晩で」

「聞いてねえっつってんだろ一晩!?」

 どっちも化け物である。チェスカーは静かに話す女を見た。性奴隷のスキルについて、信じ始めていた。正気を失いつつあった。

「その後、何故か老夫婦に預けられ、身形を整えられ、礼儀作法を教え込まれたものの、そう言う事は既に身についておりますのでやろうと思えば出来まして、その内やる事も無くなり、気付いたんです」

「何に?」

「ローラン様は私の身の処遇に困り、厄介払いしようとしている」

「違ぇわ!!」

「えっ」

 チェスカーは頭を抱えた。考えたくなかった。だが、考えずとも分かる話であった。ローラン・ド・ペリシエは本当にこの得体の知れないアヴドーチアなる娘と結婚しようとしていたのだ。その為に、足場を固めていたのだ。老夫婦と簡単に言ったが、絶対に爵位持ちで、其処の養女にした筈である。その上で、将軍の妻となった時恥をかかないよう教育を施そうとした結果がこれ。何とも報われない。

「それで、探さないで下さいと書置きをして屋敷を出ました」

 どうしようもなかった。聞かなかったことにしていいかな。チェスカーは思った。想像の百倍は面倒な事態だった。

「言わないと、不味いかな……」

 小声で隣にいた職員に尋ねる。

「帝国相手に隠蔽はちょっと……」

「だよな……」

 流石に帝国貴族に盾突くわけにはいかない。寧ろ理由もない。それどころかこの場合は早々に情報を渡した方が全て丸く収まり上手くいく。間違いない。チェスカーは部下に、早急に伝えるよう指示したのだった。

 これにて一件落着。

 何が?

 そう、何も終わってなどいないのである。寧ろ、他所の国の軍人が、流れのパーティに属する女を探している事等どうだっていいのである。出会った二人は幸せに結婚して暮らしました。はい、ハッピーエンド。だから何だと言う話であって、今チェスカーの頭を悩ませているのは全く別の話である。

 塔姫事、カルサスイーニアに匹敵する何者かが付近にいる。これである。

「では、我々はそろそろお暇しましょうかね」

「えっ」

 しかもこのタイミングで、問題事を持ち込んだパーティが離脱しようとしている。チェスカーは焦った。少なくともアヴドーチアなる娘には残ってもらわねばならない。何故なら、此処にいますと連絡するよう手配してしまったからである。

「ちょっと待て、ペリシエ将軍が探してるんだぞ!」

「はい?」

 至極当然の事を言ったつもりであった。なのに返ってきたのは、それが何かと言わんばかりの態度である。

「ペリシエ将軍だぞ」

「そうですね?」

「お前さんを探してる」

「変ですね」

「会いたいと思わないのか!?」

「いえ、得には」

「分かれよ! 可笑しいだろ!」

「ローラン様ってちょっと変わってますよね」

「変わってんのはお前なんだよ……!」

 話の通じなさに、泣きたくなった。勿論ギルド長がである。

「なあ、俺、間違った事言ってねえよな?」

「大丈夫ですギルド長、自信持って下さい!」

 とうとう指示を出した部下と入れ替わりに訪れ、隣で待機を始めた別の職員に泣き付く始末。 

「では妾も帰るとしよう」

「えっ」

 更に此処へきて、追い打ちをかけるかの如く、魔族までもが帰宅宣言である。率直に言って困る。問題が解決したわけでもなければ、寧ろ増えただけである。後はギルドの問題と言ってしまえばそれまでかもしれない。だがギルドの問題であると言うからには、少なくとも、ギルドに属する冒険者は無関係ではないと言えなくもないのではないか。

 だが、そう言おうものなら、次にくるのは、金銭の問題である。

 冒険者稼業は慈善事業ではないので。

「カルサスイーニア殿! 貴殿を真似た何者かの存在が気にならないと言うのか!」

 取り敢えずギルド長は、まず金がかからなそうな方から攻めた。しかし返ってきたのは、蔑むような笑みであった。この見た目だけは若い娘、れっきとした数百年生きる魔族である。人間如き下の下だと思っているのだ。つまり、対等に話す相手ではないと言っているのである。今更であるが。

「どうでもよいわ。妾の元まで押しかけて来るなら話は別じゃがな」

 現状、冒険者を襲う何者かは、塔姫が住まう石造りの塔付近の森に出没するのであって、塔までは進出していないのである。恐らくは意図的に避けているに違いなかった。何せ、魔族である。自分以外の生き物は下等だと思っている節があるのだ。その上実力も伴っているものだから質が悪かった。

「では、塔に戻るのだな?」

 えっ。

 急に問われ、カルサスイーニアは目を丸くした。問われた事に驚いたわけではない。問うてきた相手が問題だったのだ。

 黒衣を身に纏った男前、首狩りベネディクトである。

 聞いた全員が思った。

 コイツ、諦めてねぇな。

 この場で首と落とすことが問題であるならば、本人が塔に戻ってからもう一度襲いに行けばよいのだと気付いたのだった。犯罪者待ったなしの行為である。しかも場所は分かっている上に、入り口も破壊済み。更に、パーティーメンバーに、独自の魔法を使う凄腕の魔法使いまでいるのだ。相手が魔族と言えど、勝利は確定していた。何よりカルサスイーニアが、この男に苦手意識を抱いてしまっている。

 ギルド長は思った。

 変態が助け舟を出してくることがあるんだな、と。

 普通、ない。

「……カルサスイーニア殿、よろしければ、この男を止めるが」

 態と交換条件を突き付けるような真似はしなかった。言葉にせずとも伝わるからである。告げられた塔姫は苦虫を嚙み潰したような顔で、ギルド長を睨めつけたのだった。しかし、顔を顰めたのは何も魔族だけではない。首狩りの方も不愉快そうに眉根を寄せたのだ。

「話が違うぞ、ギルド長」

「何の話もしてませんけど!?」

 咄嗟に出た声は大きかった。それはそうである。実際、取引らしい取引等していないので。まさかの、変態とギルド長と魔族の三竦みである。この複数人がいる空間で、三人だけが相手の動向を窺っているのだ。

 ある意味、一触即発であった。

「世界平和って難しいですわねえ」

 ゆったりとエルフが呟いた。完全に他人事だった。

「ベネディクトさんとカルサスイーニアさんが相討ちし、残った僕たちは街を出て、正体不明の何かに滅ぼされるナクロガプラ……何という悲劇でしょうか」

 続けてエマニュエルが夢想するかのように続けた。これまた他人事である。

「勝手に滅ぼすな! そうならんように手を打とうとしているんだろうが!」

 ギルド長が吼える。だが、誰の心にも響かない。

「どうやって?」

「ギルドとカルサスイーニア殿が手を組んで、だな」

「勝手に数に入れるでないわ」

 首狩りを前にしても魔族は魔族である。言う事は言う。

「我々は帰ってもいいって事?」

「お前さん達、Aランクだろう」

「そうでしたっけね」

「此処へ来て惚けるんじゃない。カルサスイーニア殿への謝罪、等と言う依頼、Aランク以上に決まっておるだろうが!」

「取り敢えず我々がAランクだとして、何の関係が?」

「ギルドとして、依頼を出す」

 苦渋が見て取れた。出来ればしたくない、と、言わんばかり。それはそうである。何せ、金がかかるのだ。無償で依頼を受けるようなお人好しは、そもそも冒険者に不向きである。自分の命に金額を付けることが出来る生き物でなければ駄目なのだ。また魔族が同行する以上、冒険者のランクはA以上に限定されるだろう。我が身を守れないようでは、依頼達成以前の問題である。無論言う迄もなく、ランクが上がれば、依頼金も上がる。だからこそ、ギルドとしては悩まざるを得ないのである。救いがあるとすれば、ランクA以上の冒険者パーティーの数が少ないと言う、ただそれだけだ。

「我々拠点を持たない流れのパーティーなんですけども」

 悪あがきと言われようとも、アピールはする。ベエウアギアは、ナクロガプラに属していないので。

「冒険者には国境も人種も無関係だろ」

 分かってはいたが、どの道認められるわけが無かった。

「これさあ、ベネディクトのせいだよね」

 王女の皮を捨て、何時もの体に戻ったアヴドーチアが言う。

「そうですわよね。ベネディクトだけ参加すればよろしいのでは?」

「仲間だろう俺たちは」

「仲間って言葉の意味ご存じ?」

「死んだら項を預け合う仲」

「違います」

「何でこの変態腕が立つの」

「人間何かしら欠点があるから……」

「欠点てレベルじゃないんだよな……」

「じゃがのう、この変態と魔族のお嬢ちゃんだけ行かせるのは、ちと可哀相ではないか?」

「これだからモテるドワーフは」

 きゅん。

 突然会話に口を挟み魔族のお嬢ちゃんこと、カルサスイーニアを庇う発言をした男前(ドワーフ族視点)に一人の数百歳越えの少女が口元を両手で押さえたのだった。感極まっていた。他人に優しくされた経験が無さ過ぎて、お手軽すぎたのだった。これだからモテるドワーフは。内心で、アヴドーチアがもう一度呟いた。


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