異世界来たけど、草と木しかない


 つい選んでしまった選択肢の後、目を開けてられない程の眩しく大きな光に包まれた俺は、思わず目を瞑ってしまう。


 光が溢れてから、徐々に体の感覚が鮮明になり始め、普段と変わらない身体の感覚を取り戻したその時、暖かな陽気と穏やかな風が頬を撫でた。


 恐る恐る、目を開くと先程までの白一色の部屋とはかけ離れた緑豊かな平原が広がっていた。


「凄いな……」


 現代日本では、余程田舎に行かなければ見ることが出来ないであろう光景である。いや、ここまで人工物が無いとなると、田舎の中の田舎でなければ太刀打ちできないかも知れない。


 しかし、こうして実際に身体の感覚取り戻すまで、先程までの出来事はただの夢だと思っていたのだが、そういうことでもないらしい。


 地面を踏み締める感覚も、頬を撫でる心地よい風も、俺の真後ろに立っている大きな木を適当に殴ったことによって、拳に走った痛みも、その全てが、目の前の光景が現実だということを告げて来ていた。


「どうしたもんか」


 周りを見渡してみても、目の届く限りの場所には草と木と山しかない。特になんの説明もなくスタートされたが、俺は現在ピンチに陥っていると言っていい。


 まず、やばいポイント一つ目だが、生物として生きる上で、絶対に必要な水がない。このまま、目的地もなく歩き回ろうものなら、三日後……いや、二日後にはカラカラになって一歩も動けなくなるだろう。


 もちろんなことながら食べ物もないし、しっかりとした判断力を持って活動出来る期間は二日も無いと見ていい。


 次に二つ目。中々に平らな土地だと言うのに見渡す限り草と木しかない。遠くに薄らと山らしきものが見えるが、こんな状況で安易に山に入るなんて自殺行為に近い。


 今の所、無一文の素寒貧だからな。いや、そもそもこの世界に俺と同じ「人間」が居るかどうかすらもまだ分からないが、元の世界でも準備を十分にしないままの登山は危険だった。だと言うのに、こんな制服姿で山登りとか、熊に襲われたらどうするんだ。


 そして、最後のヤバポイントは________


「……何なんだ彼奴ら」


 木に隠れながら、透明で緑色の意味の分からないぷよぷよとした何かを見て、思わず呟く。


 勿論、アレに該当する生物に心当たりがない訳では無い。だが、いくら何でもそんなわけが無いと脳が否定している。


「スライム……」


 目や鼻、口といった、動物的には絶対に必要な部位が見当たらない、流動的な物体。ノロノロとしたあの動きに、草を溶かして捕食している様子から、積極的にこちらを襲ってくるとは思わないが、下手に刺激するのはマズイ。


 武器があるならまだしも、手頃な石すら無い今の状態ではまず勝ちの目は無い。見るからに物理が効かなさそうな相手に、殴り合いを仕掛けるとか馬鹿もいい所だ。


 しかも、一番近いスライムの奥には別のスライムがのそのそと移動している。もし、何かの偶然で一体を倒したとしても、二回目の幸運に恵まれる可能性は高いとは言えない。


「……とにかく川を探すしかないな」


 水がある所に生息してそうな生き物(?)が居るんだし、きっと水場は存在してるんだろうが、それが一体どちらにあるかは分からない。


 周りを見渡してみると、ちらほらスライムが居る。


「行くなら、あっちか?」


 先程二匹のスライムが居た山のある方向とは逆……つまり見渡す限り平原しかない場所が一番スライムの数が少ない。安全に、楽に進むなら、そっちだろう。


 ……だが、スライムの数が少ない、ということは、水場の目印になるものが存在しないということでもある。


 つまり、安全ではあるが、野垂れ死ぬ可能性が高いという事だ。川はきっと向こうにもあると思うが、このだだっ広い平原をタイムリミットまでに探すのは無理だ。


 それなら、スライムの数は多いが、水場がある場所を考察しやすい山側の方が、最終的に生き残る確率は高い。


 見た限り山の麓にある森迄なら、一時間と少しあればたどり着けるだろう。スライム以外の肉食動物がいるかも知れないが、まだ森付近の方が遮蔽物がある分逃げきれるかもしれない。


 森の浅い所なら、野生生物もまだ少ないはずだ。


「行くか」


 迷っていても仕方ない。どうせ、一度死んだ命。安全で無意味な行動をして散らすくらいなら、多少危険でも「意味」のある行動に化ける可能性がある選択肢を選ぼうじゃないか。


 そうして、改めて覚悟を決めた俺は、山の麓に向けて歩き始めたのだった。

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