こうして俺は死にましたとさ、めでたしめでたし

 退屈は猫をも殺すというが、退屈とやらに殺される方がきっと俺の現状よりはマシなのだろう。


「……」


 机に置かれた花瓶に一本の花が刺さっている。まるで、死人を労る様に遠慮がちに、されどあまりにも無遠慮にそれは飾られていた。もし、俺が既に死んでいれば、俺はこの花に対して、何かしらの感情を持つことが出来ていたのだろうか、とそんな小さな疑問が浮かぶ。


 別に幾ら机に落書きをされようが、死人として扱われようが、俺は特に気にしたことは無い。母が死んだあの時のように、頭から汚水をかけられようが、大人数に囲まれて殴られようが、一度たりとも胸が苦しくなった記憶は無い。


 だから、この花に関しても別に傷付いている訳では無い。この程度で心が傷つくのなら、俺はもっと早くに折れているはずだし、こうもしぶとく『生きて』は居ないだろう。


「_____」


 呆然としながらも次の授業の準備を始めようと、席に座ると尻に何かが刺さったかのような痛みが走った。慌てて、立ち上がって椅子を見ると、十数個の画鋲が椅子の座る部分に針を上にして置いてあった。




(クスクス) (クスクス)

(ヒソヒソ)



「……」


 尻に刺さってしまった画鋲を抜いた後、椅子に置かれた画鋲を前の教卓の中へとしまう。周りから、笑いをこらえる様な声と、不躾な視線が送られてくる。


 こんなことをして一体何が楽しいというのか?仕掛けた相手の反応が大きければ、多少は見応えがあるかもしれないとは思うが、俺みたいにリアクションが下手な相手にこんな事をしても別に面白くもなんともないだろうに。


「はい、皆さんおはようございます!……あら、山木君、そのお花は……」


 意識を切替える為に机の上に教科書を出していると、笑顔で教室に入ってきた担任の日向先生が俺の机の違和感に気付いたのか、一瞬体を強ばらせる。しかし、若さゆえなのか隠しきれない動揺が見え隠れする状態で俺にそう聞いてくる。


「家から持ってきただけです、気にしないでください」


「いや、でっ、でも……」


「気にしないで、ホームルーム始めて下さい」


「で、ですから_______」


「_______センセー、本人がこう言ってるんだし、ホームルームさっさと始めてくださーい」


「次の授業遅れちゃいますよー!」


 俺の言葉を受けてなお、食い下がらなかった日向先生だったが、周りの声に段々と押されていき、最後には根負けするようにホームルームを開始した。


 その声を受けながら、俺もいつも通りに勉強を開始したが、いつもと違って全く頭に入ってこない。大学受験に役立つ公式も、世界の偉人達の名前も何もかもが空っぽで、書いた言葉は捻れた糸くずに見える。


「あっ_______」


 ________ポトリ、とノートの上にペンが落ちた。


 何度も拾おうとしてみるが、掴んでは机に転がる、という出来事が数度続いた。違和感がある手を見てみれば、何かに怯えているのかはたまた怒っているのか手がカタカタと震えていた。


 これからも虐められるという絶望的な未来への、恐怖心か?それとも、こんなくだらないことをしてきた相手への怒りからか。


「_______どれも違う」


 そこまで来て、ようやく気付いた。俺は、自分の感情すらも推し量ることすら出来なくなっている事に。


 なのか、はたまたなのかは全く分からないが、俺は自分の感情を読み解く能力が欠落してしまっていたらしい。この状態が通常なのだと勝手に勘違いしていたが、よくよく考えてみれば、そんな訳が無い。



 昔はもっと笑っていた。

 昔はもっと泣けていた。

 昔はちゃんと怒れていた。


 全てが分からなくなったのは、全てを諦め、自分に「無駄」だと言い聞かせてきた、自身の怠慢故だ。


 こんな風に無機質に、無感情に、時間と資源を消費するだけの存在なぞ、この世界においてなんの意義があるというのか。


「______そうか」


 ……俺が先程震えていた理由が少しわかった気がする。


 ________俺はきっと、自分のいのちをキチンと否定されて、嬉しかったのだ。


 ずっと心の底で無駄だと思いながらも、何かに突き動かされたフリをして生きていた。


 ただ「生きていられること」が幸運なことだから、易々と「死ぬ」なんて事は「悪」だと自分自身に言い聞かせていた。


 そこにようやく「誰かが「俺の死」を望んでいる」と言う、命を絶つには十分すぎる「死ぬ理由」こうじつを貰えた。


 いわば免罪符だ。


 こんな面白くもない人生には意味が無いなんて、単純なことはずっと分かってた。分かってて、誰かに「死んでもいい理由」を求めていた。


 ようやくその理由が手に入った。


「誰かの為」に「死ぬ」ことはきっと「悪」では無いはずだ。


 俺が死ぬ事で誰かの心が安らぐなら、俺の死は「無駄」では無いし、今の動いて糞をするだけの「無駄」な俺も居なくなる。まさしく、一挙両得と言うやつだ。


 ________よし、死のう。


 結論が出た俺は筆箱から鉛筆削り用のカッターを取り出し、指の腹に押し当てると「一」を書くようにして横にスライドさせる。


「________先生、カッターで指切っちゃって血が出ちゃったんで、保健室行ってきます」


「えっ?か、構いませんけど、もう少しで授業が始まりますよ」


「大丈夫です。すぐかえります」











 帰る場所は「教室」では無いが。

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