第三章 殺人鬼の影 6
浜辺の隅では、小さなトラブルが起きていた。
「ジュン、こりゃあ一体どういう訳だよ、お前が責任を持つと言うから俺は手を引いたんだ。なのに香澄は死んじまったじゃねえか、俺も俺の親父もお前を信じてたんだぞ。いまさら人の命は戻っちゃ来ない、どう責任をとる」
坊主頭の同年代らしい青年が、大垣遵に詰め寄っている。
その周りを浴場前で健一たちに絡んできた小林を筆頭に、十四、五人の仲間たちが取り囲んでいた。
なにやら物騒な雰囲気が漂っている。
「――――」
ジュンは黙ったまま、口を開こうとしない。
「黙ってちゃわからねえんだよ。香澄に対してどう責任を取る、ご両親に対してどう責任を取る。お前が死んで詫びたってあいつは帰っちゃ来ない、分かってるのか」
建築業者らしい作業服を着た坊主頭の青年が、ジュンの胸ぐらをつかむ。
「すまない栄ちゃん、言い訳はしないよ。守ってやれなかった俺の責任だ、どうにでも好きにしてくれ。でも俺は今死ぬわけには行かない、香澄を殺したやつに落とし前をつけるまではな」
「なに恰好つけてんだよ、いつもの威勢はどこに行ったんだ? これに懲りたら後は俺たちに任せな、やっぱりおめえじゃ無理なんだよ。これからは浜口さんに従って、大きな顔をするんじゃねえぞ」
小林が罵声を浴びせる。
「うるせえぞヒコ! お前は黙ってろ、これは俺とこいつの問題だ。ごちゃごちゃ言ってるとぶっ飛ばすからな」
「す、すいません・・・」
青年から一喝され、小林が首をすくめる。
「おいジュン、この件に清水の竜狭会は絡んでねえのか。もし奴らが一枚噛んでるんなら、俺やお前じゃ荷が重すぎる。親父に出張ってもらうしかないからな」
「それはないはずだ、香澄はもう商売からはきっちりと足を洗ってる。そっちの筋とは思えない」
「そいつは確かなのか。竜狭会絡みなら狂騒連合が動いてるはずだ、俺の方で探ってみる。ここんとこ物騒なことばかり起きやがる、蘭ちゃんやおばさんの方は大丈夫なんだろうな。いっそのこと俺のうちに住めばいいじゃねえか、俺や親父がそんなに嫌いなのか」
それまでの殺気だった所が消え去り、青年の顔が柔和な表情になる。
「別にそんなんじゃないよ。これはうちの問題なんだ、その話しはもうやめてくれ」
どこか寂しげに口元を歪め、ジュンが横を向く。
そんなやりとりを、少し離れたところで鈴は見ていた。
その視線には、幼い頃に一度だけ逢った〝白い少年〟の成長した姿があった。
髪も肌も、その存在自体も真っ白な青年だ。
青年と言うよりも、少年から大人に変わりつつある過渡期の危うく美しい生き物であった。
鈴の心が知らずに騒ぐ。
〝また逢えた〟
ずっと気がかりになっていた幼い日の思いが、いまやっと晴れたような気がした。
「あの子が噂のジュンくんね、ほんとに美形。鈴が想い続けるだけはあるわ」
横で夕香が、腕組みをしながら大きく頷いた。
「あっ、あのでけえやつ、風呂んときにちょっかい掛けてきたやつだぞ」
剛志が小林の姿を見つけ、いきり立つ。
「騒ぎを起こすなよ剛志、みんなに迷惑が掛かる」
健一が顔をしかめる。
「そうそうツヨポン。ここは他所さまの土地なんだから、おとなしくしてなきゃ駄目だよ」
からかうように隆介がたしなめる。
「わかってるよ。ケンちゃんも隆ちゃんも俺を見くびってんじゃないの? 俺はそんなに馬鹿じゃないからな」
不満げに剛志が頬を膨らませる。
それを見て一年生たちが笑っている、
「なに笑ってんだ、こら」
そんな後輩たちに、剛志が蹴りを入れる。
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