第三章  殺人鬼の影 5





 中に混じっている了海和尚に気付くと、柔らかな笑みを見せながら頭を下げた。

「朝早くからお騒がせします、しかし事件が事件なだけに我々もてんやわんやな状態です。犯人は間違いなく本丁筋と同じやつだと思われます」

 背の低い年配の方の刑事が、事情を説明する。


「こりゃあ大変ですな大野さん、署始まって以来の大事件じゃないですかな。こんなのんびりとした所で連続殺人とは、わたしも初めて聞く」

「そうなんですよ。緊急非常線を張り県警からも応援が来て、必死に捜査中なんですが又こんな事になってしまいました。午前中にも捜査本部が、川浦署に設置されることになっています。所でこの若者たちはどなたですか?」

 大勢の高校生らしい集団を見て、大野と呼ばれた刑事が尋ねる。


「わしの寺でお預かりしている高校生たちです、夏合宿をしているんですよ。それがよりにもよってこんな物騒な事件が起きるなんて、思ってもおらなんだ」

「そうですか。せっかく川浦町に来てくれたってのに、殺人事件が起きてしまい申し訳ないですな。署員に夜間になったら寺の付近を、何度かパトロールするように言っときましょう。若い娘さん方がいらっしゃるんだ、狙われでもしたら一大事ですからな」

「そう願えれば助かります、どうかよろしく頼みます」

 隣の背の高い若い刑事が、了海の後ろに立っている男女をじろじろと観察している。


「住職、この人たちは」

「ああ、紹介が遅れましなた。生徒たちを引率してこられた先生方です。こちらはわしの甥で柴神晃彦、お隣は内海麗子先生です」

「柴神と申します、T県立花﨑台高等学校で美術教師をしています」

 晃彦が刑事たちに挨拶をする。


「内海です、同じく科学教諭をしております」

 しとやかな中にノーブルな美しさを持つ麗子に、若い刑事がしばし見惚れていた。


「おい桑原、お前なにボーッとしているんだ。仕事中だぞ、しゃきっとせんか」

「あ、はっ、すいません」

 ボサボサの髪を掻きながら、桑原がペコンと頭を下げる。

「早く犯人を捕まえて下さいね、女子生徒たちが怖がって大変なんです。夜は男子生徒の有志が夜警をしてくれるんですけど、やはりまだ子どもですし何かあってはご父兄に対して申し訳が立ちませんから」

「あっ、申し遅れました、川浦署の桑原正一です」

 綺麗な二重の瞳で見詰められ、桑原は顔を真っ赤に染めている。


「せ、生徒さんたちだけじゃなくて、先生もお気を付けください。綺麗な女の人は狙われやすいですから」

 しどろもどろになりながら、桑原が敬礼する。

「まあ、綺麗だなんて──」

 麗子が恥かしげに俯く。

「こら桑原、勤務中にナンパか。上に報告しちまうぞ」

「な、なに言ってんですか大さん。そんな事してないですって」

 慌てて桑原が首を振る。


「それにな和尚、厄介なことにもう一つ事件が起きちまってるんだ。昨日静岡刑務所から凶悪犯が三人脱獄して行方が分からない。まあ距離は離れてるからここは問題ないと思うが、万が一ということもある。悪いことには悪いことが重なるというし、そっちも安心はしちゃおれん。寺の方でも警戒してくれ」

 大野が追加の情報を伝える。


「脱獄? ハリウッド映画じゃあるまいし、一体どうなっているんだ。もうちょっとしっかりしてもらわなくっちゃ困るぞ」

 了海の顔が思いっきりしかめられる。


「なんとも言い訳のしようがない、市民には迷惑ばかりかけて警察の面目が立たんよ」

「海のないT県から来てもらい、思いっきり夏を楽しんでもらう積もりじゃったのに。これじゃ警戒するために、わざわざここまで来てしまったも同然じゃないか。思い出は思い出でも悪いことばかりだ、かなわんな」

 咎めるように了海が大野の顔を睨む。


「とにかく夜には、寺の近辺は特に念入りに警戒しましょう。くれぐれも生徒さんたちには気を付けるよう指導して下さい。じゃあわたしはこれで」

 了海に軽く手を上げ、大野が背を向けた。


「内海先生も、くれぐれも気を付けて下さい」

 そう言いながら、桑原がポケットから名刺を差し出す。

「わたしの携帯番号も記載してあります、なにかありましたらすぐにご連絡ください。飛んできます、それでは」

 再度敬礼をし、桑原が大野の後を追う。

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