第二章  第一のささやかな、いくつかの事件 5





「ちょっといい、陣内くん」

 夕香が雄作に声を掛ける。

「なんすか夕香さん」

 健一たちから十五メートルほど離れた場所に呼ばれ、雄作が挙動不審にキョロキョロとしている。


「いいから、来なさいよ」

 さらにひと目につかない場所まで連れて来られる。

 そこには鈴の姿もあった。


「ねえ陣内くん、浴場でなんかあったでしょ。隠しても駄目、ちゃんとお見通しなんだから」

 腕組みをして仁王立ちになっている夕香に睨まれ、雄作は怯えている。


「さっさと白状なさい、怒らないから」

 夕香から問い詰められ、おずおずと雄作が話し始める。


「たしかにぼくたちは浴場に行きました。でもけっして騒ぎを起こす気なんかなかったし、健一さんからなんかあっても相手にせず我慢しとけって言われてたんです。広い湯船に浸かって、そりゃあ気持ちよかった──」

 雄作の話しはこうだ。



 一行十人は浴場入り口で二、三分待ち、七時きっかりに開いた施設に入って行った。

 やはり朝風呂が日課らしい老人が数人待っており、彼らはそんな老人たちにもきちんと挨拶をした。


「おはようございます、お爺さんたちも朝風呂ですか。気持ちいいですもんね」

 お調子者の剛志が、愛想を振り撒く。

「お前さん方かい、〝お薬さま〟の住職の所に来てる高校生というのは」

「えっ、お薬さま?」

「あッはッは、薬王院のことじゃ。薬の王と書くじゃろ、だからお薬さまじゃ」

「へーえ、色んな呼び方があるんだ──」

 剛志が感心している。


「じゃあ、七時四十分に出口で待ち合わせね。遅れないでよ」

 笑美が男子たちに声を掛ける。

「おう、お前らこそゆっくりし過ぎんなよ。朝飯に間に合わなくなっちまうから」

 大夢が女子相手に、偉そうに注意している。

「あんたらこそ、騒いで注意されないように気を付けてよ」

 気の強い沙織があっかんべーをしながら、左の女湯の暖簾をくぐり中へと消えた。



 予想通りに高い天井の窓から青空がのぞき、そこから入って来る明るい空気の中で広い浴場に浸るのは、なんとも気持ちがよかった。

 それから三分ほど遅れて、珍しく若い男が入って来た。

 齢は健一たちと同じくらいに見える。


 その青年は、ぎょっとするほどひと目を惹く特徴があった。

 髪が白いのである。

 肌も抜けるように白く、肩の上まで伸ばした髪と相まってまるで女のように見える。

 身体付きもほっそりとしており、なによりも顔が美女と見まがわんばかりに整っていた。

 瞳の色も青みが勝った鳶色だ。

 しかし身長は百七十五センチ弱ありそうだ。


「おお、ジュンか。あい変わらず色が白いな」

 老人の一人が声を掛けるが、青年はなにも言わず微かに頭を下げた。

 かかり湯で十分身体を流し、彼は健一たちから最も離れた湯船の方に入った。

 初めて見るそんな裸体に、剛志と一年生四人は目が釘付けになっていた。


「そんなじろじろ見るんじゃねえよ、失礼だろ」

 健一が注意する。

「だってさ、ケンちゃん。びっくりするくらい綺麗だよ、まるで女だ。いや女だってあんな綺麗なのいねえよ、ハリウッド女優みたいじゃん」

「だからやめろって、気を悪くさせたらどうすんだよ」

「ツヨポン、ケンちゃんの言うとおりだ。もう見るのは止めな」

 隆介がマジ声で注意する。


「ははは、珍しいか?」

 老人が突然言った。

「は、はい・・・」

 素直に剛志が頷く。


「たぶんジュンは慣れっこで、気にはせんじゃろ。生まれた時からああ言う身体なもんでな、人から見られ馴れとるんだ。あれでも両親とも立派な日本人でな、白子というらしい。動物なんかでも時々生まれるじゃろ、白い蛇や虎が。あれと同じで先天的に色素が欠乏しとるらしいわい」

 アルピノと呼ばれる病で、対処療法のみで治療法は見つかっていない。


「わしらは子どもの時から見とるから、さほど気には掛けんがな」

 ジュンというのが彼の名前らしい。

 彼は剛志たちの視線も一向に気にした風はなく、湯から上がり体を洗い始めた。


「おい今朝の新聞見たか、本丁筋で殺人事件があったらしいぞ」

「おお、見たわい。こんな田舎町で事件だなんぞ恐ろしいことじゃな」

 老人たちがわいわいと、物騒なニュースを話し始める。


「なんでも若い娘が首を絞められとったらしい、暴行目的じゃ言うことだ」

「可哀そうにの、女と遣りたけりゃ清水市へ行きゃいくらでも店があろうに。なにも殺してまでせんでもええじゃないか」

「まったくじゃ、頭のおかしい奴はどこにでもおるもんだからな。この辺も犯人が捕まるまでは気をつけにゃならんな」

 そんな老人たちの会話を聞いた健一たちは、互いに顔を見合わせる。


「なんか怖いな、人殺しが近くにいるかもしれねえとはな」

 剛志が健一に囁く。

「・・・・・」

 健一は無言で、なにかを考えている。


「兄ちゃん方、あんたらの所には大勢の娘っ子がおるんじゃろ。気をつけにゃならんぞ、悪い奴というのはなにを仕出かすか分かったもんじゃない。男衆が護ってやらねばな」

 その言葉に、健一が敏感に反応する。


「わかってます、男は女を護るために居るんですから。命をかけて護ってやります」

「おお、いまどきの若者にしちゃなかなか気合いが入っとるな。その意気じゃ」

「じゃが自分もケガをせんようにしなきゃな。好きな男の子がどうにかなりゃ、自分が救かっても娘さんだって哀しむからのう」

 爺さんたちが健一を褒めながらも、注意を促す。

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