第一章  発端 13





 海岸まで下りた生徒たちは、よせては返す波を相手にはしゃぎ回っている。

 そう広くはないが、白い砂浜が広がる美しい海岸だった。

 海の家の類は見当たらない。


 車道から四百メートルほど離れているために、知らない人には見つけにくいのだろう。

 多分地元の人たちだけが知る場所らしい。


「さっそく今夜花火しようぜ、海があるってえんでスーパーオオタニで山ほど買って来てあるんだ。毎晩でもやれるぜ」

 スーパーオオタニというのは、県内で展開しているご当地スーパーチェーンだ。


「だからお前の荷物大きかったんだ、まったく馬鹿だな剛リンは」

 隆介が呆れ顔で揶揄う。

「あっ、そんなこと言うんなら隆さんには花火あげませんよ」

 剛志が口を尖らせる。


「ちょっとあんたたち、あの立札が読めないの。ここは花火禁止だってよ」

 夕香が剛志を注意する。

「な、なんだと! 花火禁止」

 剛志が看板の前まで行って確認する。


「マジかよ。海で花火しなけりゃ、なにをしろってんだよ」

 泣きそうな顔で、剛志が頭を抱える。

「あんた本当の馬鹿ね、海は泳いだりはしゃいだりする所でしょ。いったい脳みそどうなってんの、腐ってんじゃない」

「あんだと、このブス。調子こいてんじゃねえぞ」


〝がつっ〟


 その瞬間、剛志の脳天に健一が思いっきり拳骨をかませる。

「おい、誰がブスだって。剛志、もう一遍言ってみろ。俺の目を見て言え、さあブスは誰だ?」

 無表情な健一の目が、きらりと光る。


「ごめんなさい、ブスなんかいませんでした。夕香さんは可愛いです」

 頭を押さえ涙ぐみながら、剛志が謝る。

「ようし、今度夕香にブスと言ったらただじゃ済まねえからな。それに女に乱暴な口を利くな、男は女を護るために存在するんだ。いいか、お前らも覚えとけよ。女が危険な目に遭ってたら、たとえ自分が死んでもいいから助けろ。それが男だ」

「はい、肝に命じます」

「絶対に女子には乱暴はしません」

 健一から睨まれ、雄作と大夢が直立不動で返事をする。



「ねえ健一、綺麗な貝殻があるよ。見て見て」

 波に濡れた砂浜から小さな貝を拾い上げ、夕香が愉しそうに健一に呼びかける。

「そんなのただの貝だろ、珍しくもねえさ」

 はにかむように健一がそっぽを向く。


「ちゃんとみてよ、綺麗な色してるし形も変わってる」

 目の前に持ってこられ、仕方なく健一がそれを見ている。


 剛志は砂浜にしゃがみ込み、しきりに頭をさすっていた。

「あーあ、相当痛そうだな。どれ見せてみろ」

 横ではイチャイチャと健一が貝を見ているのに対して、こちらでは隆介が剛志の頭頂を覗き込む。

「うわ、血が滲んでる。あとで薬つけといたほうがいいぞ」

「隆さん、ケンちゃんったら酷いよ。一の子分の俺にこんな事を──」

 剛志が愉しそうに夕香とイチャついている健一を、拗ねたような目で見ながら隆介に泣きつく。


「だから何度も注意しただろ、ケンちゃんは夕香に惚れ切ってるんだ。下手な事したら半殺しにされちまうぞ」

「そんなぁ」

「そうですよアニキ、女には優しくしなきゃ」

「俺たちは男なんですから、女に乱暴はいけませんよ。それに夕香さんって、本当に可愛いじゃないですか。全然ブスじゃないし」

 雄作と大夢にまで揶揄われ、剛志は益々落ち込んで行く。


「どれどれ、見せてみなさい岡部くん」

 鈴が近寄り、髪をかき分け傷口を確認する。

「ホントだ血が出てる。取りあえずこれを貼っといたげるから、お寺に戻ったらちゃんと消毒してもうちょっと大きめのテープ貼りなさいね。確か麗子先生が救急箱持って来てるはずよ」


 そう言って財布から疵テープを取り出し、剛志の頭頂に貼り付けた。

「お、おう。すまねえな弓岡」

 女に親切にされ、照れたように真っ赤になりながらも小さな声で礼を言う。

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