第一章 発端 12
「さあ、ここから下って行けばその先は海岸だ。かなり長いからそのつもりでな」
住職である了海が、境内の裏手にある小さな道を生徒たちに指差した。
降り口には小さな山門がある。
「開闢当時は、ここが正式な参道だったらしい。途中から山道が切り拓かれ、君たちがバスでやって来た方が正門となったんだ。文政年間というから、江戸時代の頃だな。こんな急坂じゃ物を運ぶにも大変だからね、それにいまでは車でやってくる人間が多いから、ここは地域の人だけが使用する裏参道となってしまった。しかし海に出るには都合がいい。年寄りの身には堪えるが、若者であればこの位の坂はどうという事はあるまい。連いて来なさい」
言いながら、了海が坂を降りはじめる。
二十メートルほど降りると、そこそこの広さの平地があり、小さな社のようなものと寂れて枯れた手水舎があった。
そこに設けられている山門は、古いが立派なものだ。
ここから先は石段が続いている。
かなりいびつで急な、古い階段である。
正式な参道だった頃の名残りだろう。
そこに立つと、石段は真っ直ぐに海岸にまで伸びている。
三百メートルほどありそうだ。
それ以上にここから正面を見降ろすと、眼下には真っ青な太平洋が広がっていた。
「凄え眺めだな、見渡す限り海じゃねえか。ねえケンちゃん」
剛志が真っ先に声を上げた。
「ガキみてえに騒ぐんじゃねえよ、みっともねえ」
斜に構えているが、健一も興奮しているのがその表情で分かる。
「あにき、やっぱ健一さんはかっこいいっすね。こんな景色見ても騒いだりしねっすもん」
一年の大夢が、兄貴分の剛志に言う。
「あたりめえだろ、ケンちゃんは実質的には地区の大将なんだぞ。形式的には三年の寅さんにその座を譲ってるけど、喧嘩なら敗けはしねえんだ。なんせ中学二年で空手の黒帯を取ったんだからな、無敵だよ」
まるで自分のことのように、剛志が自慢する。
剛志の言う〝寅さん〟というのは、R工業高校の一条寅雄のことだ。
百九十センチ以上の身長を持つ大男で、真偽は定かじゃないが、本職のヤクザをぶっ飛ばしたという噂もある。
「凄え、凄え。健一さん最強。あの化け物みてえな歳上の一条さんを〝寅ちゃん〟呼ばわりだからな。うちの三年なんかびびって、健一さんの姿見ただけで逃げちまうもん」
同じく一年の雄作が、憧れの眼差しを健一に送っている。
「ねえ鈴、さっき言ってた階段ってここの事でしょ。見るからに大変そうね」
降りる前から夕香が、げんなりした顔になっている。
「なによその顔、若いんだから元気出しなさい」
鈴が夕香の背中をなでる。
「若くったって疲れるものは疲れるっしょ、これはきつそうよ」
「確かにね。でもここからの夕陽はとても綺麗よ、幼心にも印象に残ってるもの。沈む夕日を受けて海が黄金色に輝くの。オレンジ色の空に凪いだ金色の海、滅多に見られる景色じゃない。きっと夕香も感動するはず」
鈴が小さかった頃を思い出し、うっとりとした顔で目の前のパノラマを眺めている。
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