第一章  発端 14





「さあ、君たちが毎晩行くことになる公共の温泉施設に案内しよう、ここからすぐだ」

 みな住職の後をついて行く。


 砂浜から車道のある方向へと歩くと、道路の反対側五十メートルほどの場所に白い建物があった。

 その建物の十字路が、信号のある交差点になっている。

 道路を渡ると『川浦町立公共浴場』の看板が掛かっている入り口があった。


「ここが公共の温泉施設だ、ちょっと待っててくれ」

 そう言うと扉を押し身体を半分中へ入れた状態で、大きな声を掛ける。


「おーい、松ちゃんいるかい」

 しばらくすると、その松ちゃんという人が出て来たらしい。

「おう、和尚じゃないか」

「今日も暑いね。この前話してた高校生たちが今日からうちで合宿を始める。さっそく今夜からここを使わせてもらうよ、よろしくな」

「おーっと、今日からかい。わかった、和尚のお客さんだからただでいいよ。でもあんまり浴場内で騒がないように頼むぜ。ほかの客から苦情でも来たら、使用させられなくなっちまうかもしれねえから」

「わかってる、すまねえが頼むぜ」

「夜は十時半までだから、時間厳守で頼むよ」

「了解、了解」

 挨拶を済ませると、元来た海岸へと戻る。


「いいかい、いまのが風呂場だ。朝は七時から、夜は十時半までだ。それから聞いてたように騒ぐんじゃないよ、ほかの客に迷惑がかかる。大人しく入浴してくれ。あそこの支配人はわたしの同級生なんだ、特別ただで入浴させてもらえるように交渉しといた。なによりも行儀よく頼むよ」

 住職から、施設使用の注意事項が話された。


「みんな分かったな、返事は」

 晃彦が大声で返事を促す。

「分かりました」

 一斉に生徒たちが応える。


「ようし、食事は六時だから時間を守れよ。今日は特別にお寺からのごちそうで、とんかつとカレーが用意されてるらしい。みんなお礼を言うんだ」

「ありがとうございまーす」

 食べ盛りの年齢だけに、メニューを聞いただけで顔が活き活きとしている。


「でもとんかつとカレーって、カツカレーで良いんじゃないですか」

 生徒のひとりが、しごくもっともなことを言う。

「嫌なら喰わなくても良いぞ、先生がかわりにもらってやる。どっちも大好物だからな」

「誰も文句言ってるんじゃないですよ、ちゃんと食べますよ。ぼくだって好物なんですから」

 それを聞いて周りの生徒たちが大笑いする。


〝なかなか良い雰囲気だな、このまま何ごともなく無事に過ごせそうだ〟

 晃彦はそう呟いた。



「まだ少し時間があるから、ここで遊びたい者は自由にして良し。お寺に戻ってゆっくりしたい者は一緒に帰るぞ」

 晃彦と了海は連れ立って、境内へと続く石段へと向かいかけた。

 そこで了海が、なにかを思い出したように立ち止まった。



「おう、ひとつ言うのを忘れておった。この辺りの地元の若者の中には、質の悪いのも混じっとるから、くれぐれも注意をするように。まあ薬王院の和尚の客だといえば大概は無事に済むが、たまに威勢のいいのもいるから相手にせんように。絶対に喧嘩沙汰など起こさんでくれ、合宿そのものが中止になってしまうからな」


「いいか、聞いたな。喧嘩をしたものは即刻家へ帰す、暴力沙汰やいざこざは厳禁だ。特に同好会の一部の生徒は、特に気を付けるようにな。ここは人さまの土地だ、おとなしくしていろ。たったの一週間だ、分かったな。岡部、お前が目を配りみなをトラブルにならんようにしてやってくれ。俺はお前を信じている、頼むぞ」

「分かってる、先生や和尚さんには迷惑はかけねえよ」

 名指しされた健一が、面倒くさそうに返事を返す。


 一番問題を起こしそうな生徒を注意するのではなく、その者にみなを委ねるような言い方をするとは、中々に人の真理を知っているやり方だ。

 こう持ち上げられれば、大人しくせざるを得ないものだ。



 十七歳の夏、こうして鈴の青春が始まった。

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