第18話新たな面子

予定されていたり予期できたり事前通告があったり…

そういう場合じゃない限り人は運命などを感じてしまうものらしい。

運命だなんて言うと大事のように思うかもしれない。

ただし…きっと僕らは運命の出会いを果たしたのだろう。



「水野さんはホールにも慣れてきた?」


僕の質問に彼女は二人きりの厨房でメモ用紙を広げていた。

スラスラとメモ用紙に文字を書き込んでいる彼女に僕は少しだけ表情を綻ばせていた。


「お客さんも優しくて助かっています」


「そうだね。お客さんも水野さんの体質を理解してくれて助かるね」


メモを見た僕は彼女にその様な返事をして微笑んで見せる。

現在は開店前で仕込みの時間だった。

僕は仕込みを進めながら水野彩が開店準備を行っていた。

開店準備が終わると彼女は僕の仕込みの手伝いをしてくれる。

いつもの二人のルーティンを恙無く行っている最中だった。


そこに唐突に店の電話が鳴り響いた。


「もしもし。一屋です」


業者からの電話だと思っていた僕だったが…


「もしもし。あの…」


しかしながら電話の相手は若い女性だと思われた。

声を聞くだけで相手が女性だと思えるほど美しい声音をしていたのだ。


「はい…?」


「あの…アルバイトって募集していますか?」


「あぁー…そうですね…」


「この間…お店に伺ったんですが…ホールのアルバイトがいないと思って…」


「そうですね。今は厨房の二人で店を回していますね」


「苦しくないですか?」


「まぁそうですね。しかし…」


「私…大学で経営を学びまして…」


「え?」


「私で良ければ経営面でもアドバイス出来ると思います。

それにシフトのスケジュールなんかも適切に組めます」


「まぁ今後の事を考えるとそういう人が必要なのは確かだね」


「では…」


「じゃあ面接しようと思います。いつだったら来られますか?」


「すぐにでも!」


「一応履歴書も持参してくださいね?」


「もう用意してあります。すぐに向かってもいいですか?」


「どうぞ。お待ちしています」


そうして電話を切ると僕は戯けたような表情を浮かべて水野彩に相対した。

彼女は首を傾げて可愛らしい表情を浮かべている。


「今からバイトの面接になった。唐突だけど…」


僕の言葉に水野彩はフフッと微笑むとメモ用紙に何やら書き込んでいる。


「じゃあ仕込みは私に任せてください」


そのメモを見て僕は大きく頷くと一つのテーブル席を面接で利用することを決めた。


(面接か…本格的なのは初めてだな…)


そんな事を考えながら飲み物を二つ用意していた。

面接で質問する内容を考えながら時間が過ぎていくのであった。




そこから数十分が経過して…

件の人物は一屋に入ってくるのであった。


「電話をした清野せいのです」


「どうも。こちらへどうぞ」


「失礼します」


「じゃあ履歴書を見せてもらってもいいですか」


「はい」


鞄の中から履歴書を出した清野は丁寧にこちらへそれを渡してくる。

僕は履歴書を隅から隅まで眺めて…

その学歴の高さに僕は言葉を失っていた。


「◯◯大学経営学部卒業って…本当?

失礼な事言うようだけど…経歴詐称じゃないよね?」


「ははっ。そんなわけ無いじゃないですか。

一応当時の学生証を持っていますが…見ますか?」


「本当に申し訳ない。一屋にこんな高学歴な方が来るとは思ってもいなくて…

でもこの学歴で就職経験が少ないのは?」


彼女の当時の学生証を目にして僕は思わず大きく息を吐いていた。

質問に答えようとして…

彼女は少しだけ気まずそうに肩を落とした。


「いやいや。そんなに思い詰めないでよ。言いたくないことは聞かないから。

それにうちには水野さんって言う料理補佐の娘がいて。

コミュニケーションは筆談なんだよ。

声が出せないわけではないんだけどね。

そういう心や身体に事情を抱えている人でも一屋は受け入れるよ。

どんな過去を抱えていようと一屋は君を拒んだりしないさ」


僕の気が早い言葉に彼女は少しだけ苦笑して見せていた。

そして重たい口をどうにか無理矢理に開いた彼女は過去の出来事を話してくれる。


「就職はしたんです。誰もが知っているような大手企業に…」


「うんうん。少しずつでいいよ」


苦しい過去を早く話そうとする彼女のペースをゆっくりなものにするために途中でいくつもの相槌を打ってみせた。


「そこで私には同性の上司が出来たんです」


「うん。そっかそっか」


「その上司は同期の誰よりも仕事が出来る人でした」


「うん。それで?」


「同期に疎まれていじめを受けていた彼女は…ある日仕事をやめたんです…」


「そっか…それは辛いね」


「それだけじゃなくて…彼女は実家に戻って…

そこから心を壊して塞ぎ込むようになったんです…


私も仕事に追われて彼女に会いに行けず…

いざ時間が出来た時に様子を見に行ったのですが…

彼女は私にすら会ってくれなかったんです…


私は色んなことがショックで会社も辞めて…

そこからは何事にも集中できなくなったんです。


何にも手がつかなくなって…

もうそろそろやばいかと思って動き出したってわけです。


ただそれだけのことですが…

そんな過去があったんです…」


「なるほどね。この間、うちに飲みに来たっていうのは?」


「はい。友人が私を連れ出してくれて…話を聞いてくれたんです。

そしてここで働いている二人を見て…

私も仲間になりたいって思ってしまったんです」


「そうか…この学歴の人間を突き放そうとする経営者はいないと思うよ」


「本当ですか!?」


「シフトも週五で入りたいって希望だけど?」


「はい。生活していくためにはお金が必要なんです」


「そうだね。なにかしたいことでもあるの?」


「はい。いつかはちゃんと大学で学んだことを活かしたいです」


「そっか。うちの経営に疑問があったら何なりと言って欲しい」


「良いんですか!?生意気とか思われませんか!?」


「全然。ここは以前の職場とは違うさ」


「………はい!」


清野は嬉しそうな表情を浮かべて大きな返事をする。

僕と水野彩は彼女を受け入れることを決める。

水野彩には意見を尋ねていなかったが…

僕は何故か彼女の気持ちが理解できてしまったのだ。


「じゃあいつから働けますか?」


「今日からでも!」


そうして本日より新たなホールアルバイトである清野みやびが加わって…

物語はまた新たな様相を見せようとしていた。



また新たなパーツが歯車に加わろうとしていた。

それがどの様な意味を持つのか…

まだ誰にもわからないことなのであった。

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