第17話離れていく人も居る。まだ終わっていない

「もしかすると私はこのままバイトを辞めるかもしれません」


久しぶりのバイトの時間にケイは店長に話をしていた。


「そうか。もうそんな時か」


「本業が順調で…

天海作品のアフレコの様子を見ていたプロデューサーや音響監督が…

私の芝居を気に入ってくれたようで…

沢山の現場に声を掛けてもらえたんです。

もちろんモブや脇役が中心ですが…

中々に名前が売れてきつつあるんですよ。

もう本業一本に集中したほうが良さそうで…」


「そうだね。いつ辞めても良いように僕も覚悟をしておくよ」


「ありがとうございます。青空は何か言っていましたか?」


「いや、まだ何も言われてないよ」


「ですか。急なことで本当に申し訳ありません。ご迷惑をおかけします」


「構わないよ。いざとなったら僕と水野さん二人で店を回していくから」


「二人で回せるのですか?」


「うん。今でも時々二人で回しているから」


「ですか…二人はなんだか夫婦みたいですね」


ケイは店長と水野彩を交互に見つめながら少しだけ苦々しい表情を浮かべていた。

店長は少し気まずそうに微笑むと水野彩は満更でもない表情を浮かべている。


「そういう関係じゃないけどね。仲は良いけど」


「羨ましいです」


「まぁまぁ。ケイさんの活躍を心待ちにしているから。

名前が轟くことを期待しているよ」


「はい。気が早いですが…頑張ります」


そこまで会話をすると彼女は二十三時まで業務に従事てくれたのであった。



そして後日の店休日。

青空とケイは揃って僕に連絡をよこす。


「私達から話があります」


その連絡に返事をすると僕らは一屋で待ち合わせをするのであった。



「と言うわけでこの間話したとおりです。今までお世話になりました」


「はい。今まで本当にお疲れ様でした」


「私も学校の授業が忙しくなるので…」


「分かっているよ。ケイさんからいくらか聞いていたから」


「今までお世話になりました」


「うん。二人共有名になることを期待します。

それでいつか一屋に飲みに来てください。

いつまでも待っているから。

今までありがとう」


二人に深く感謝の言葉を口にして頭を下げる。

彼女らは何か言いたいことがあるようで…

まだこの場から離れない。


「「あの…!」」


二人は同時に口を開いたのだが…

僕は言いたいことを理解していたため彼女らが口を開く前に薄く微笑んで首を左右に振った。

僕は彼女らの想いを完全に拒絶したのだ。

彼女らはショックを受けたうような表情を浮かべたが…

すぐに表情を引き締めると決意を固めた顔をしていた。


「まだ終わったわけじゃないですよね。

私達有名になって…絶対に店長を迎えに来ます!」


「絶対に振り向かせますから!何度振られようと諦めません!」


二人は一方的にその様な言葉を口にして裏口から出ていく。

僕は取り残された厨房でタバコに火を付けていた。

換気扇の下に向かうと大きく煙を吸い込んでいた。

ストレスにも似た心の重さを発散するように煙を遠くまで吐いていた。

それで心に抱え込んでいる全ての想いが霧散してくれないかと…

淡い期待を込めながら根本まで吸うのであった。



少しだけ重たい足取りで僕は帰路に就いていた。

何も考えたくなくて心を無にしてただ帰宅する。

玄関のドアを開けてリビングへと向かう。

ぼぉーっとしながらソファに腰掛けるとすぐに水野彩は僕の隣りに座った。


「何かあった?」


彼女はいつものように僕にメモ用紙を見せてくる。

しかしながら僕は何も言うこと無く首を左右に振るだけだった。

水野彩は再び何かをメモに書いているようだったが僕は再び首を左右に振る。

彼女は何かを察したようで走らせていたペンを止めて僕の顔を覗き込んでいた。

僕らは何かが通じ合ったようで心を通い合わせていたことだろう。

文字がなくとも言葉がなくとも僕らの想いが通じた。

僕は一人でそんな気がしていたのだ…

しかしながらそれは独りよがりの想いでは無いようで…

水野彩は僕を正面から抱きしめてくる。

彼女の暖かな体温を感じ取りながら僕も彼女を抱きしめていた。


「大丈夫だよ…私がいるからね…」


水野彩はか細い声を耳元でささやく。

初めて聞く彼女の声に驚いていると…

彼女は恥ずかしそうに僕の胸に顔を埋めていた。

僕と水野彩の心温まる瞬間が今にも過ぎ去ろうとしていた。


僕らは心地の良い体温に身を任せながら…

傷ついた心を癒やすようにして肩を寄せ合って過ごすのであった。



ケイと青空はバイトを辞めた。

僕と水野彩は二人で業務に励んでいた。

二人でもどうにか回せて…

しかしながらいつもよりも格段に疲労感を感じていた。


「新しいホールアルバイトを探す?」


僕の問に水野彩は少しだけ迷っているような表情を浮かべていた。


「しばらくは二人でも良い」


水野彩はメモ用紙を僕に見せる。

僕はそれに頷くのだが…

正直な話をすれば…

二人共そろそろ疲労感に限界がやってきていたのであった。



閉店時間に僕らはしっかりと閉店作業を行って戸締まりをしっかりと行った。


「新しいバイトかぁー」


そんな嘆きにも似た言葉を水野彩は少しだけ心配そうな表情を浮かべて聞いていたのであった。



そして次回。

新たなホールアルバイト登場…!?

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