第15話移りゆく季節に移りゆく心

本日は店休日である。

水野彩は無事に料理補佐として一屋の厨房に立つようになっている。

店休日ではあるのだが僕と水野彩は裏口から店内へと入っていく。

厨房の電気をつけた僕らは作業に入る前に少しだけ雑談をして過ごしている。

僕は換気扇の下でタバコに火を付けて水野彩と本日の予定を確認していた。


「とりあえず仕込みといくつかの料理を作ってもらうんだけど…

予習はしてきた?」


僕は水野彩の為に全てのレシピを文字に起こして用意してあげていた。

水野彩は僕の言葉に何度も大きく頷くとメモ用紙に文字を書いている。


「全部覚えてきたつもりです。何でもおっしゃってください。

暗記してきたのでレシピを見なくても…

全工程恙無く出来るはずです」


「そう。流石だね。じゃあ煮物を作って。

なんやかんや言って一屋のメニューでかなり好評なんだ。

同じ味を作れたら任せることも出来るし…

僕も非常に助かるから」


水野彩はそれに頷くとまずは仕込みから入るようで出汁を取る作業を行っていた。

僕は監督をするため自由に過ごしている。

タバコを根本まで吸い終えて火を消すと灰皿に捨てた。

ふぅと最後の煙を換気扇の羽の方へと向けて吐くと完全にスイッチを切り替えた。

そのまま手洗いうがいをして水野彩の下へと向かった。

彼女は慣れた手付きで仕込みを行っている。

僕は点数をつけるわけではないが、その作業をしっかりと目視していた。

工程を間違えること無くすんなりと終える水野彩のことを僕は高く評価していた。


「凄いね。記憶力が良いの?」


彼女は仕込み中な為に頷いて応えるだけだった。

僕は感心したように息を吐くと水野彩を心強い存在だと思いその技量に感心する。


「これならかなりのことを任せることが出来そうだよ」


水野彩は嬉しそうに微笑むと軽くガッツポーズを取って見せる。

彼女の嬉しそうな表情を確認して僕の心は何処か弾んでいる。

今の感情を何と呼べば良いのか…

僕はわからずにいる。

少しだけ干渉に浸るような想いに駆られながら…

僕は再び水野彩の作業する光景を眺めて過ごすのであった。



彼女は出来上がった煮物を僕の下へと持ってくる。


「頂いているから…次はだし巻き卵を作ってほしい」


彼女は大きく頷くと再び料理を始める。

僕は水野彩が作った煮物を一つずつ頂きながら何度と無く頷いた。

彼女が作ったものは僕の作る煮物と寸分違わなかった。

それに本日何度目かの感心をすると何処か表情が綻んでいく。


「完璧だよ。あまりこの言葉を使うべきじゃないのは分かっているんだけど…

本当に完璧だと思う。凄いよ」


彼女は料理の手を止めること無く僕の言葉を真っ直ぐに受け止めるとにこやかに微笑んで応えた。

だし巻き卵を作り終えたのか皿に盛り付けると彼女はこちらに持ってくる。


「見た目も良いね。じゃあ最後に焼きおにぎりを作って欲しい。

自分の分も作ると良いよ。それらを昼食にしよう」


彼女はそれに頷くとご飯を炊きながら焼きおにぎりの具などの用意をして過ごしていた。

僕は再び彼女の腕前を目にしながら評価するようにウンウンと頷いている。

数十分の作業の末に彼女は焼きおにぎりを作り終えてこちらに持ってやってくる。


「一緒に食べよう」


彼女はそれに頷くので僕らは昼食に水野彩が作った料理を頂きながら同じ時を過ごすのであった。



一屋を後にした僕らは共に街を歩いている。


「合格だね。料理補佐っていうか…もう一人前の板前って感じだよ。

何処でそんな料理スキルを手にしたの?」


僕の問いかけに彼女はメモ用紙にサラサラと文字を書いていた。

彼女の答えを待ち遠しく思いながら僕は過去の自分を思い出していた。

過去の自分を少しだけ誇らしく思いながら彼女の答えを待っていた。


「料理を研究するのがずっと趣味で…凝るようになりました…」


彼女の答えを目にした僕はほぉ~と気の抜けた声が漏れてしまう。


「ごめん…なんでもない。それは学生の頃から?」


彼女は呆けている僕に対して首を傾げていたため思わず謝罪の言葉を一つ口にしていた。

そして僕の質問に応えるように彼女は静かに頷いた。


「そっか。頑張ったんだね。凄いよ」


僕の過去と彼女の過去の経験がリンクしたようで得も知れない幸福感のようなものを感じてしまっていた。

彼女はお礼を言うように僕に向けて頭を下げてくる。

それを微笑ましく思った僕はにこやかな笑みを向けて先を歩いていく。


「帰りにスーパーに寄ろう。帰ったら僕が料理するよ」


そうして僕らは並んで歩くと仲睦まじい様子で帰路に就くのであった。




街を歩いていると…

店長と料理補佐の水野彩が一緒に歩いていた。

いやいや…

一緒に歩いていただけだろう…。

だって彼と彼女は同じ料理人なのだ。

それにこの間、報告を受けたではないか。

これからかなりの間、彼女の修行というか試験のようなものを行うと…

水野彩が料理補佐から板前に昇格するために店長は休日もそれに付き合うと言っていたではないか。

そんな事を偶然にも見かけてしまった私達ホールアルバイトの二人は思っていたことだろう。

しかしながら私達はもう二度と無用な波風を立てないようにと努めるのであった。




私達家族は少しだけ戸惑っていたことだろう。

一は私達に飽きてしまったのだろうか…

そんな心配な心が顔を出していた。

思わずスマホを手にすると私はチャットを送っていた。


「ミカがまた満点を取ったよ。

爻は上手な絵を描いて…一くんに早く見せたいって…

二人共凄く会いたがっているよ。

もちろん…私も…」


そんな子供を使うような文言と自分の本心を軽く晒したチャットに一はすぐに返事をくれる。


「今度プレゼントを持って行くね。そう伝えておいて」


「分かった。楽しみにしているね」


チャットはすぐに終わってしまったが…

私は次の約束取り付けることが出来て安堵したのであった。


そう…この時までは…。



次回。

久しぶりに歌穂の家へ…!

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