第13話突然決まることもある
仕事を終えて揃って帰宅した現在。
自宅であるマンションの鍵を開けると揃って中に入る。
玄関で電気をつけて靴を脱ぐと暗いリビングへと向かう。
手洗いうがいを済ませて冷蔵庫の中を確認していた。
水野彩は筆談でしかコミニュケーションを取らないので僕らの間には静寂の時間が続いている。
別に気まずいことはない。
むしろ二人でいるのに気を使わずに黙っていられるのは心地良いほどだった。
「お腹空いている?」
僕の問に水野彩は首を左右に振って応えた後にメモ用紙とペンを取り出す。
サラサラと文字を書くとそのままメモ用紙を僕に見せた。
「あの…一人暮らしなんですか?」
その何とも言えない質問のような文字に僕は一度首を傾げた。
だが彼女の言いたいことが分かったような気がして苦笑する。
「一人暮らしだけど気にしないで。それに心配しないで。
僕は女性を襲うような人間じゃないから」
「そうですか…心配はしていません…。
って言うと嘘になるでしょう。
でも女性が男性の家に行くときは…
それぐらいの心配や覚悟が必要なのです」
「ん?じゃあそういう覚悟をしてきたってこと?」
僕の意地悪な質問に水野彩は少しだけ顔を赤くして必死で首を左右に振っていた。
そして続けて焦ったようにメモ用紙にペンを走らせていた。
「そういうわけじゃないです。簡単に誘うから…
実家ぐらしや同居人がいるのかと思ったんです。
まさか出会ったばかりの女性を一人暮らししている家に連れていくとは思っていなかったんです」
彼女の必死な言い訳のような弁明に僕は苦笑しながら何度と無く頷いた。
「そうだね。でも水野さんが漫画喫茶で泊まるとか言うから…
女性が一人で寝泊まりするような場所じゃないと思ったんだ。
うちの従業員にもしもの事があったら困るだろ?」
僕の弁明のような言葉に彼女はクスッと微笑むと嬉しそうに頷いて応えた。
「分かってくれたら良いけど…」
そんな情けない言葉をどうにか絞り出すと僕らはお互いに苦笑するように微笑む。
「お酒は飲める方なの?」
晩酌に付き合ってもらおうと思っての質問に彼女は嬉しそうな表情で頷く。
「じゃあ少し付き合ってよ」
再び大きく頷いた水野彩に僕は冷蔵庫の中を見るように指を指す。
「飲みたいもの勝手に取っていっていいよ。好きなものがあれば良いんだけど…」
僕の言葉を受けて水野彩は冷蔵庫の中を覗き吟味しているようだった。
一杯目はビールと決めていた僕は缶ビールを一本取り出した。
彼女も僕に倣うように缶ビールを取り出すのでグラスを渡す。
お互いがグラスにビールを注ぐと乾杯することになる。
僕らはぐいっとグラスの中身を飲み干して二杯目を注いでいた。
「仕事中にさ…
お客さんが美味しそうに飲んでいると我慢できなくなりそうなんだ」
僕の情けない言葉に彼女はウンウンと頷いて応えてメモ用紙に何やら書き記している。
「初勤務でしたが…私もそんな思いに駆られました。
客で来ているときは自由に飲んでいたので気付きませんでしたが…
結構メンタルにダメージのようなものを感じる仕事ですね」
「だね。嫌になってない?」
「全然。仕事中に我慢して我慢して…
仕事終わりの一杯がこんなにも格別だとは思いもしませんでした」
「そっか。今日が人生で初勤務だった?」
「はい。働くこと自体が初でした」
「それにしてはテキパキと仕事できていたね」
「本当ですか?そう言ってもらえると嬉しいです」
僕と水野彩の一人が口を開き一人が筆談の少しだけ特別なコミニュケーションは長いこと続いていく。
けれど僕はこの関係を不思議と何処か心地良いものと捉えていた。
僕らだけの夜が深夜三時辺りまで続き…
あまりの心地よさに飲み続けて時間を忘れるようだった。
「そろそろ寝る?シャワーは明日の朝でも大丈夫?
今入りたいならお風呂沸かすよ」
しかしながら僕の気を遣った言葉に彼女は笑顔で首を左右に振る。
彼女も僕に気を遣っているようで明日の朝までシャワーを我慢するようだった。
申し訳なく思ったのだが…
これ以上突っ込んで話をしても意味はないと感じた僕は彼女に寝る前の挨拶をして自室に向かうのであった。
翌日。
目を覚ました僕はリビングのソファで寝ていた水野彩を見て申し訳ない思いに駆られる。
軽く髪の毛をわしゃわしゃとかくと自らの考えの無さを呪いながら風呂場に向かう。
湯船にお湯を張り、溜まるのを待っていた。
その間にコーヒーの支度をして簡単な朝食を二人前作っていた。
しばらくすると良い匂いがしてきたのか水野彩は目を覚ます。
「おはよう。ソファで寝かせてごめん。お風呂湧いたから入ってきたら?」
彼女はそれにコクリと頷くとそのまま脱衣場に向かった。
僕は彼女のために新品のバスタオルとタオルを降ろしており見える場所に置いておいた。
彼女が無事に風呂場に入ったことを音で確認して僕は朝食作りに勤しむ。
数十分で軽食が出来上がると僕はコーヒーを飲みながらぼぉーっとして朝食を頂いていた。
はぁーと息を吐きながら時間だけが緩やかに過ぎていく。
「そうだな…ベッドをもう一式用意するか…」
どういうわけか僕は水野彩の為にベッドをもう一式用意しようと自然な思考で考えていた。
「おはよう。次の店休日は暇?」
唐突にスマホにチャットが届きそれを確認していた。
相手は歌穂だった。
僕はどう返事をしようか迷っていた。
水野彩の存在を明かしたほうが良いのだろうか。
ケイや青空にも打ち明けたほうが良いのだろうか。
そんな事を悩みながら僕の朝は過ぎていく。
「今週は無理っぽい。今度理由を話すから」
簡潔に返事をすると僕は今後の身の振り方を考えていた。
しばらくすると水野彩は風呂から上がってきて僕に頭を下げる。
「朝食とコーヒー用意しておいたよ。僕も風呂に入ってくる」
そんな言葉を口にして遅れて風呂に入ると全身を癒やしてリビングに戻る。
風呂に入っていた間に考えていたことを水野彩に向けて言っていた。
「今日は休んでいいから。大型家具屋でベッド用品を一式買ってきて。
届くのはもう少し先になると思うけど…
このままソファで寝かせるのは心苦しい…
それと洋服とか必要なものを揃えてくると良いよ」
僕の言葉を受けて彼女は必死な表情で首を左右に振る。
「大丈夫です。私はソファでもしっかりと休めるので。
そこまでお世話になれません」
「いや。僕の問題だから。お金は渡すよ。その範囲内で購入してきて」
僕は財布から十分なお金を渡すとはぁと伸びをした。
「僕は今日も頑張って働いてくるから。
ベッドや必要なものを購入したら今日は休みでいいよ。
昨日は遅くまで無理に晩酌に付き合わせてごめん」
そんな僕の謝罪を彼女は泣きそうな表情で首を左右に振った。
お金を彼女に渡すと僕は身支度を整えて仕事に向かう準備をするのであった。
次回。
水野彩との同居生活がバレる…?
どうなる…一…!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。