第11話油断した姿を見せて…
「先週の店休日は何をしていたの?」
唐突なことで申し訳ないのだが…
現在店休日前日の営業時間のことだった。
眼の前のカウンターでは歌穂親子が席に腰掛けて僕に訝しんだ視線を送っている。
「あぁー…」
続く真実の答えを口にしようとしていると青空が飲み物を運びがてら口を開いた。
「私達のお祝いをしてくれていたんですよ。
店休日なのに店を開けてくれて…
それ以上のことはないのでご心配なく」
昨日の敵は何とやら…
とでも言わんばかりに青空は冷静な対処で何処か柔和な笑みすら浮かべているようだった。
「そう…お祝いって?」
「私達の個人的な話です。店長とは何も関係が無いのですが…
店長は優しいのでお祝いをしてくれました」
「そう…確かに…昔から誰にでも優しいわね」
歌穂は訳知り顔な表情で意味深な言葉を口にして嘆息していた。
「あまりご心配なく…」
青空がその様な慰めにも似た言葉を口にしてその場をやり過ごそうとした時…。
「また何か企んでいる?」
爻とミカが珍しく怒っている様な表情で青空と相対していた。
それに対して青空は少しだけ驚いたような表情を浮かべた後に爻とミカに笑顔を向けてあげていた。
「大丈夫よ。この間みたいに企んでいることなんて無いわ。
もう正々堂々と向き合うつもりだから。
心配しないでね。お母さんの為に立ち向かえて偉いわね」
「………」
青空の挑戦的にも思える言葉に爻とミカは思案気な表情を浮かべて彼女と視線を交差させていた。
しかしながらその均衡を破ったのも青空だった。
飲み物を配膳すると彼女は恭しく頭を下げて厨房へと引っ込んでいく。
「皆…この間の店休日は連絡もせずにごめんね。
予定があったなんて言い訳にしか聞こえないだろうけど…
次はちゃんと埋め合わせするから」
僕は料理をしながら歌穂親子に対して少しだけ情けない言葉を口にしていた。
「じゃあ…今日の仕事が終わったら…その足で家に来てよ…」
歌穂からの誘いの言葉を受けて僕の心臓は一気に跳ね上がったようだった。
脈拍数が急激に上がったようで体温も少しだけ高くなったように思える。
しかしながら…
それでも僕はどうにかして頷いて応えると閉店後の予定が決まるのであった。
歌穂親子は二十二時に店を出るとそのまま大人しく帰宅したようだ。
二十三時まで青空が仕事を全うしてくれると退勤のタイムカードを押していた。
「閉店後に家に行くんですよね?」
何かを確認するような視線を向けてくる青空に僕は苦笑のような表情を浮かべて頷く。
店内の客は既に酔った客ばかりで…
その上、常連客ばかりだった。
所々の席は空席になっておりここから新規の客が入ることは無いと予想された。
そのために僕は換気扇の下へと向かいタバコに火を付けた。
青空から貰った高級ライターで火を付けると深く煙を吸い込んだ。
「あ…使ってくれているんですね…嬉しいです…」
「うん。毎日手入れして大事に使わせてもらっているよ。
こころなしか今までより美味しいような気がするんだ。
ありがとうね」
「ははっ。なんですかそれ…でも嬉しいです」
青空と僕は少しだけぎこちない表情とやり取りを行ってくすぐったい気持ちに駆られていた。
「まかないはどうする?」
気まずさに耐えかねてどうにか言葉を口にすると彼女も視線を彷徨わせているようだった。
「じゃあ…色んな料理が詰まった贅沢弁当で…」
「分かった。少しだけ時間掛かるからゆっくりしていて」
「はい。店長の料理している姿を見ていますね」
「何も面白くないと思うけど…」
「私が見ていたいんですよ」
それに頷き僕はそこから様々な料理を作っていくと彼女のためにお弁当を用意するのであった。
青空にお弁当を手渡すと彼女は嬉しそうな表情を浮かべてそれを受け取った。
そしてお礼だけ口にすると彼女は帰宅していった。
二十四時まで仕事を行うと閉店作業を完璧に行う。
戸締まりを徹底して行うとその足で歌穂の家へと向かうのであった。
「お邪魔します」
家の中に迎え入れてもらうとミカと爻は既に就寝中らしかった。
声を潜めてリビングへと向かうと椅子に腰掛けた。
「お疲れ様。良かったらどうぞ」
歌穂は僕のためにハイボールを用意してくれていた。
彼女も晩酌に付き合うとでも言うようにお酒を用意していた。
「じゃあ乾杯」
そうして僕らはグラスを合わせると二人きりの夜の時間がやってきた。
僕も普段より飲むペースが早かったし歌穂も同じだったと思われた。
お互いが急ピッチでアルコールを摂取して酔が加速していたことだろう。
僕らはお互いに少しだけ顔を赤らめていたことだろう。
歌穂は何を決意したのか…
急にガタッと席を立ち上がると僕に向けて勢いよく口を開いていく。
「私の気持ちは…!私達親子の気持ちを…!…うっ…お手洗い…」
歌穂は急に青ざめた表情を浮かべて急ぎ足でお手洗いへと向かった。
僕は事情を察してコップに水を入れていた。
用意したコップをリビングのテーブルに置いて…
お手洗いからは歌穂の嗚咽の声が聞こえてくる。
(無理させてしまったな…)
そんな事を思ってお手洗いへと向かった。
彼女は便座を抱えるようにして情けない格好をしている。
僕はそれを見て何処か愛おしさのようなものを覚えていた。
そのまま背中を擦ってあげて…
彼女が完全に用を終えるまでお手洗いで二人で過ごす。
そして全てを終えた彼女の肩を抱きかかえるとそのまま寝室へと連れて行きベッドに寝かせる。
彼女は完全にダウンしていたので僕は彼女に鍵を借りて家を後にする。
鍵を締めて玄関のポストにしまうとその足で帰宅するのであった。
本日の何とも言えない出来事により僕は歌穂の油断した姿を目にすることが出来た。
今までの張り詰めたような緊張感がある関係性ではなく。
彼女は僕に心を開いている気がしていた。
そんなわけで僕も彼女にもっと心を開いていくような予感を覚えていた。
そして次回。
徐々にしか進まない僕らの多面的で多角的な物語に変化…!?
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