第10話未来に向けての話

「二人の今後の活躍を期待します。

バイト先の店長として二人にはお祝いを渡したいと思います。

受け取ってくれると幸いです。

二人の名前が…大げさではなく世界に轟くことを期待しています。


なんて堅苦しい挨拶はこれで終わりにして。

今日は沢山食べていってください。

まだ二人はお酒を飲める年齢じゃないからジュースで我慢してね。

店を貸し切りにしたから遠慮なく注文して。


ジュースにでもあう食事を沢山用意するから。

いくらでも注文してよ。

今日は僕のおごりだから」



本日店休日であるのだが。

僕はケイと青空のために店を開けていた。

もちろん入口にはcloseと貸し切りの看板を立てかけている。

入口の鍵は閉まっているし中の様子を伺う客も事情を察して踵を返していくばかりだった。


「ありがとうございます!

店長の期待に応えるつもりで頑張ります!」


青空が先に返事をして嬉しそうにオレンジジュースを飲んでいた。


「私も。全ての仕事に全力で向かいますね。

いつか…尊敬する人物について聞かせてください。

なんてインタビューがあったら店長の名前を言います。

そして…この間のありがたい言葉を贈ってくれたエピソードを話したいと思います」


ケイは嬉しそうな表情でその様な言葉を途中からハニカンで口にしていた。

お互いに照れくさい思いに駆られながら…

しかし僕は彼女らの思いに応えるように自然な笑顔で頷く。


「さて。最初は何が食べたい?」


僕の問いかけに彼女らは声を揃えて答える。


「「大人様ランチ!」」


「かしこまりました」


彼女らの答えに苦笑すること無く柔和な笑みを浮かべると恭しい態度で接する。


因みに大人様ランチとは…

お子様ランチと同じメニューだが大人な味付けと量で作られているものだ。

オムライスにハンバーグにエビフライにポテトサラダにフライドポテト。

最後は豪華なデザート。


時折作る彼女らだけの特別で豪華なまかないメニューを二人前作っていく。

調理時間の間。

彼女らは僕に話しかけてくる。

もう慣れたもので調理中に話しかけられても集中が削がれることはない。


「店長はどうして料理人になろうと思ったんですか?」


ケイは僕に純粋な疑問を投げかけてくる。

僕は過去を思い出して少しだけ切ないような苦々しい過去を思い返していた。


「二人が学生の頃にも調理実習ってあった?」


「ありましたよ。

当時好きな男の子と同じ班になると良いところを見せたくて張り切った思い出があります」


「私も。懐かしい記憶だね」


二人も過去を思い出しながら干渉に浸るような表情を浮かべている。


「そうだよね。僕の記憶も同じようなものだったよ」


「同じ?詳しく教えてください。

まだどうして料理人になろうと思ったのか見えてきません」


「えっと…僕の母親はさ…簡単な言葉で言うと料理下手だったんだよね。

多分だけど独特な味覚をしていたんだと思う。

もしくはいつも目分量で失敗していたのか…

詳しくはわからないけど…

とにかく下手だったんだ。


毎日美味しくないなって思って過ごしていた。

思い過ごしだと思ってもいたし作ってもらって何を偉そうなことを言うんだ。

とも思っていた。


でも次第に給食とか外食で美味しい食事を摂るようになるでしょ?

そうして僕は母親が料理下手だって気付いたんだ。


でも包丁使いなんかは下手じゃなかったから。

僕は母親に包丁の使い方を教えてもらいながら料理を覚えていったんだ。


そうして中学生から僕は家の料理当番になった。


それで二人と同じ様に調理実習の時…

この間の女性…

歌穂ちゃんに信じられないほど絶賛されたんだ。

凄く嬉しかった。

他人に料理を作って差し出す喜びを知ったんだ。


そうして僕は専門学校に通って料理人になった。

ただそれだけの話だよ」


僕の長い説明を受けても二人は目を輝かせて話に聞き入っていた。


「素敵ですね。料理人になった明確な理由を説明できるのも凄いと思います。

誰しもが何かになろうと思うことに明確な理由があるわけじゃないですよね?

でも店長はしっかりと答えてくれました。

店長の人柄をまた知ることが出来て…私は幸せです…」


ケイは目を輝かせて少しだけうっとりとしたような表情を浮かべている。


「そんな大層な話じゃないんだけどね。

でも褒めてくれてありがとう」


「私も両親に習って雑巾を縫ったことから全てが始まったと覚えています。

徐々にレベルアップしていく自分の技量が嬉しくて…

上手にできると褒めてもらえて。

毎日延々とミシンや針を使って作業をしていたことを思い出します。

そして…今。

そんな日々の御蔭で私はショーのメンバーに選ばれた。

過去の自分を褒めて…誇りに思います」


「そうだね。自分のことを褒めてあげるのは難しいけど。

それを得意になったら一気に物事は動き出すと思うよ。

今後もお互いに頑張ろうね」


彼女らはそれに大きく頷いて応えるとそこからは他愛のない会話をして過ごすのであった。



「「いただきます!」」


彼女らは声を揃えて早速大人様ランチを頂いていた。


僕は彼女らの様子を眺めながら換気扇の下へと向かった。

そのままタバコに火を付けて一息ついていた。


彼女らは嬉しそうな表情を浮かべながら食事をしている。

やはり誰かの為に料理を作るのは幸せなことだ。


そんな事を簡単に感じながらタバコを根本まで吸い続ける。

タバコの火を消して灰皿に捨てると一度事務所に向かった。


彼女らのために用意していたプレゼントを手にする。

少しだけ緊張した面持ちで彼女らの下にそれを持っていくと…。


「お祝いだから。プレゼント」


「なんでしょう!?」


「開けて良いですか!?」


ケイと青空は驚いたような表情を浮かべて小さな箱を丁寧に開けていた。


「グラスですか!?しかも名前入り!」


「凄い!しかもこれ…有名なグラスでは…!?」


ケイも青空もグラスの正体に気付いたようで驚きの声を上げている。


「お祝いだから。実は僕も同じ物を持っているんだ。

だからお揃い的な感じで捉えてもらっても…」


少しだけ照れくさそうに言葉を口にすると彼女らもくすぐったそうな表情を浮かべていた。


「ありがとうございます。大切にします」


「私もです。絶対に割らないように慎重に使いますね」


ケイが先に答えて青空も追随するように言葉を口にする。

僕はそれに照れくさい表情で頷くと厨房に戻っていくのであった。



そこから数時間。

彼女らと他愛のない会話を繰り広げながら僕ら三人の会はお開きとなる。

帰り際に二人は少しだけ寂しそうな表情を浮かべていたが僕は微笑むことしか出来ない。


「私からも店長に…」


「あ…私も…。打ち合わせしてきたわけじゃないんですが…」


青空がプレゼントの箱を差し出してきてケイも続くようにプレゼントを渡してくる。


「私からは高級ライターです。

きっと店長は余計な手間を省くために安いライターで良いやって思っているんでしょう。

でもきっと大人は余計な手間をも楽しむものでしょ?

なんてまだまだ子供な私が言えることじゃないんですが…

知ったかぶりです」


青空は薄く微笑むとプレゼントの中身を教えてくれた。


「私からはお財布です。

店長がお財布持っているところ見たこと無かったので…

良かったら使ってください」


彼女らの想いに僕は応えるように笑顔を浮かべていた。


「ありがとう。大事に使わせてもらうから」


二人はそれに微笑んで頷くと帰路に就くようだった。


「ではまたバイトの時に…」


僕の別れの言葉で彼女らは名残惜しい気持ちになりながらも頷いた。


「じゃあまた」


そうして僕らは店の裏口で別れるとそれぞれの帰路に就くのであった。




そして…

帰宅した僕は…


彼女らが本気で僕の事を想っていることを思い知らされている。

徐々に気持ちに変化がある現状に気付きつつある。


僕はもう自分に言い訳をすることが困難だと思い始めている。

十個も下の娘に恋愛感情は沸かない。

自らの気持ちに気付かないふりをして蓋をしていたのだが…

彼女らは二人がかりでそれを全力で引っ剥がしてくる。


僕の晒されてしまった心の奥底を覗かれないように…

僕は何度も自らを大人な男性だというメイクで取り繕っていた。


しかしながら…

もうそれも限界が来そうなのであった。





歌穂とミカと爻は何かしらの焦りを感じていた。

一の店の店休日を知っているからだ。


本日は店休日。

それなのに連絡の一つもない。

こちらから連絡をしなければ相手にされないのか。

そんな不安が三人の心には共通して存在している。


それなので三人はもう少ししっかりとした意思表明をしようと決意するのであった。



次回。

歌穂家族との関係にも変化が訪れる…!?

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