第9話連続して良き出来事が続く

緩やかで幸せに溢れている休みが明けた翌日のことだった。

もちろん僕は夜中に歌穂の家を後にして帰宅した。

ミカと爻は、


「泊まっていかないの?」


などと言う声を上げたが僕はそれを丁重に断った。

家に一人帰ると飲み直すように晩酌をして過ごす。

翌日の昼過ぎまで眠りについて仕事に向かうのであった。



「おはようございます」


本日のバイトであるケイは弾んだ声で裏口から入ってくる。


「機嫌良さそうだね」


ケイの声で何かしらを察した僕は彼女に笑顔を向けていた。

彼女はまるで長年の夢が叶ったとでも言うようにはしゃいだ様子で口を開いた。


「聞いて下さい!天海剣あまみつるぎ作品の新作に合格したんです!

主役では無いですが…凄く良い役なんですよ!

オーディションで絶対に受かりたいと思っていた役で…!」


ケイはまるで息をするのを忘れてしまったかのように一息で思いの丈を打ち明けてくれる。


「本当に!?アニメをそこまで観ない僕でも天海作品は観るよ。

凄く有名で映画館には毎年大勢の動員数だよね。

そんな天海作品に出られるなんて凄いね。

結果を残したら有名になるのも近いんじゃない?」


「ははっ。そんなに甘い世界じゃないですよ。

でも少しでも名が売れたら幸いです。

全力で頑張りますよ!

憧れの天海作品ですから!」


「そうだね。どんな作品でも…どんな仕事でも全力でね。

大人の僕から出来るアドバイスはそれぐらいだね」


僕の言葉を真剣な表情で聞いていたケイは何度と無く頷く。


「アドバイスありがとうございます。

今後もそう心がけて何事にも望みますね」


ケイはアドバイスを真面目に受け取ってくれたようで笑顔を向けると事務所へと歩き出した。


僕は一人換気扇の下でタバコに火を付けてケイの今後を思っていた。

これから彼女はきっとどんどん有名になっていくのだろう。

今回の天海作品をきっかけに…

彼女の名前は売れていき…

アルバイトをしなくても声優一本で生きていくのだろう。

それを単純な思考回路で理解すると薄く微笑んだ。


タバコの煙を吸い込みながら白い煙を換気扇に向けて吐き出していた。

白い煙が換気扇の中に吸い込まれて…


なんとなくそのまま何処までも遠く遥か彼方まで吹き飛んでいくと思った。

ケイの未来や行く末を指し示してくれるように…

何処までも遠い場所へ目指して…


そんなポエミーな事を思考しながらタバコを根本まで吸うのであった。




仕事を終えた後にスマホのアプリを開いていた。

天海作品を再び観る為にサブスク会員になると僕は家路を急いだ。


帰宅してスマホの画面をテレビに出力すると一作目から順に作品を続けて観る。

ウイスキーを片手に晩酌をしながら天海作品の良さについてを考えていた。


ストーリーが秀逸だからだろうか…

演出や音響効果や声優の演技が一級品だからだろうか…

絵がリアルとファンタジーの中間辺りだから没入しやすいからだろうか。

様々な要素が入り混じり作品としての完成度が高いのが人気の秘訣なのだろう。


それを簡単に理解は出来るのだが…

毎回同じ様なクオリティーで作るのは流石の一言だろう。

そんな事を軽く想像しながら夜中を通して天海作品を観続けるのであった。



翌日のシフトは青空だった。

彼女も彼女で嬉しそうな表情を浮かべている。

きっとケイの話を聞いたのだろう。

そう思って彼女には何も言わずに僕も同じ気持ちだとでも言うように微笑んでみせた。

だが…


「店長も既にご存知なんですか?」


「あぁ。ケイさんのことでしょ?」


「そっちもですが…私の話を聞いたのかと…」


「え?何も聞いてないけど…なにか良いことでもあったの?」


「あ…えっと…」


青空は少しだけ緊張した面持ちで照れくさそうな表情を浮かべている。


「ん?」


首を傾げて少しだけ気まずそうにしている青空の顔を覗いてみる。


「実はですね…

自慢するようなので自分の口から言うのは恥ずかしかったんですが…

学校で行うショーのメンバーに選ばれたんですよ!」


「ショー?」


「そうです。ファッションショーのような催しで…

一年生で選ばれたのは私だけなんです。

しかもモデルではなくて技術者として選ばれたんですよ。

例年なら二年生だけしか選ばれないんですが…

特例で選ばれたんです!」


「特例?二年生と比べても劣らない技術を持っているってこと?」


「そうだと信じたいです。

今までもモデルでなら一年生が参加した例もあるそうなんですが…

技術者は私が初で…本当に嬉しいです」


「おめでとう!二人共おめでたいことがあったんだね。

今度何かお祝いさせてよ」


「良いんですか!?じゃあまた次の店休日に会えませんか?」


「うん。今度は予定がないから。長い時間一緒に居られるよ」


「本当ですか!?ケイにも連絡入れておきます!

収録はまだ先だと思うので!」


「うん。分かったよ。食べたいものが決まったら連絡してよ。

あと行きたいところがあったら遠慮なく言って」


「はい!楽しみです!」


そうして本日も喜ばしい出来事を耳にして僕は上機嫌で仕事に向かうのであった。




そして後日。

僕とケイと青空の三人だけのデートが始まろうとしていた。



次回予告。

三人の関係に変化…!?

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