第7話過去の交差点

随分前へと話を戻すことになる。

これは店長である一の目線でもあるしアルバイトのケイと青空目線でもある。

三人の意思が交差した…

そんな初めの物語…出来事なのである。



二十歳で就職して三年間は修行の毎日だった。

厳しい修行を終えてから四年間。

高校卒業から数えて…料理を本格的に習うこと九年目だったある日。

僕はお世話になった店を辞めることになる。

理由としては自らが提供したい料理と異なっている気がしたからだ。

何よりも僕らの様な若者でも店舗を構える事が出来ると自らにも証明したかったのだ。

世間に…

そんな大層な理由ではない。

自らを認めてあげたかったのだ。

僕は出来るのだと自らに証明したかった。


一人暮らしのマンションで僕はテナント募集の広告をいくつも眺めている。


「店舗を構えるとして…

バイトは一人ぐらいなら雇えるか…

流石にワンオペは無理っぽいもんな…」


そんな言葉が口から漏れると一も二もなく良好な物件の内見へと向かうのであった。




契約を結ぶと僕は店を構えることが決まった。

内装などの工事が恙無く終わったのは一ヶ月後だった。


「さて…従業員を探すことになるな…」


繁華街の駅前で僕は一人ナンパ男のように流れ行く人々を眺めていた。


「どんな人が良いんだろうか…愛想が良くて…器量良しで…」


適当に悩んでいる時のことだった。

予備校帰りと思しき女子高生が耳にイヤホンを装着したまま僕の前を歩いていく。

別に目に留まったわけではない。

ただ僕の眼の前でスカートのポケットからハンカチが落ちていったのだ。

それを拾うと手の込んだキレイな刺繍がされていることに気付く。

きっと彼女にとって大事なものだと感じると僕は彼女の肩を叩いた。

ビクッとした彼女は身を捩ると驚いたような表情を浮かべている。

それもそのはずだ。

自分よりもいくつも歳の離れた男性に急に肩を叩かれたら誰でも驚くだろう。


「な…なんですか…ナンパですか?

それとも…ファンの人ですか…?

サインや写真はお断りしています。

申し訳ありません。失礼…し…」


彼女は片方のイヤホン軽く外すと怖ず怖ずと口を開いてビクついているようだった。


「あぁー。なんだかわからないけれど…違う違う。落とし物だよ」


そうして刺繍入りのハンカチを彼女に手渡す。

彼女は驚きの表情を浮かべた後に安心したのかホッと一息ついていた。


「ありがとうございます。本当に大事なものなので…

なんで落としたんでしょう…

拾って頂き本当にありがとうございました」


「あぁ。じゃあ気を付けて」


そんな言葉を口にすると僕は再びアルバイトの人員を見つけようと人間観察をしていた。


「あの…」


先程の女子高生が再び声を掛けてきて僕はそちらに視線を向けた。


「どうしたの?まだなにか?」


僕の気のない言葉に彼女は少しだけ気まずそうな表情を浮かべている。


「えっと…失礼ですけど…何を探しているんですか?」


「やっぱり探しているように見える?」


「そうですね…最初はナンパ男かと思って通り過ぎたんですが…

声を掛けられて…そうじゃないって理解しました。

それならば何を探しているのだろうって思いまして…

純粋に疑問に思って…

聞いてみたいって好奇心が湧いたんです…」


「そっか。バイトをしてくれる人間を探しているんだよ」


「どんなバイトですか?」


「居酒屋のホール」


僕の言葉を耳にした彼女は少しだけ気まずい表情を浮かべて僕に提案のような言葉を口にした。


「あの…私じゃ駄目ですか?」


「えっと…高校生だよね?

それにさっき何か言ってなかった?

ファンとかサインとか写真撮影とかって単語を耳にしたけど…

アイドルとかやっている感じ?」


「いえ…私は声優になりたての学生なんです。

来年大学生になります。

声優はオーディションが多くて…

バイトの穴を空けることが多いので…

どんなバイトもすぐに辞めることになるんです。

気まずかったり居場所がなかったり…

それでもバイトをしないと来年から辛くなると思うので…

大学生になってもきっと実家ぐらしなんでしょうけど…

お金は大切じゃないですか…

だから…」


彼女の言いたいことが理解できて僕はウンウンと頷いていた。


「そうか…僕が店舗を構える居酒屋は個人経営だから。

バイトの人数もそんなに雇えないんだ。

君が穴を開けた時に絶対に入ってくれるような人がいればね…

バイトの人数は最高でも二、三人にしたいんだ。

もう一人か二人…

どうするべきか…」


「えっと…それって雇う気があるってことですか?」


「ん?まぁ。そうだね。

君は容姿も整っているし声優ってだけあって声もきれいだ。

ホールでは声もよく通ると思う。

だから今のところ雇う気はあるよ。

ただ君の代わりになる人物を提供してくれたら…

もっと話は早いんだけどね…

さて…どうするか…」


「あの…!それなら私から一人紹介できます」


「本当に?その人も声優だと困るんだけど…」


「いえ。違います。

さっき拾ってくれたハンカチに刺繍をしてくれた人で…私の親友です」


「そっか…いつ紹介してくれる?」


「あの…良ければ今からでも…

その娘と今からカフェで会う予定なので…」


「急に見知らぬ男性を連れて行って大丈夫?」


「問題ないです。行きましょう」


そうして僕と後にバイトとして働くことになるケイは…

これまた後にバイトとして働くことになる青空の下へと向かうのであった。




カフェにたどり着くと僕ら三人は揃って席に付いていた。


「それで?個人経営の居酒屋のバイトを私もしないといけないの?」


青空は少しだけ不満げな表情を浮かべているようだった。

きっと友人であるケイと二人きりで何かしらの秘密の話をしたかったのかもしれない。


「お願い!青空がくれたハンカチを拾ってくれた恩人の頼みなんだよ!?」


「恩人…」


ケイの言葉に青空は少しだけ眉根を寄せていた。

僕は何か言うこともなくホットコーヒーを嗜んでいた。


「ハンカチの刺繍をどう思いました?」


青空は少しだけ照れくさそうな表情を浮かべている。

そのまま僕の様子を眺めるように表情を伺っていた。


「ん?凄いと思ったよ。何処のお店の物だろうと感心したぐらいだ」


「へ…へぇー…本当に?」


「うん。本当だよ。しばらく何処のブランドか考えたほどだよ」


「へぇー…言葉が達者なんですね…」


「そんなことないけど。事実を口にしただけだし」


「………」


青空はそこで言葉に詰まると照れくさそうな表情を一生懸命に隠しているようだった。

ケイと青空は何やらコソコソと話をしていて…。


「あの…私達をバイトで雇ってください」


ケイと青空は僕の目を真っ直ぐに見つめて決意の言葉を口にしてくれる。


「まず…ケイさんがオーディションなどで入れない場合…

絶対に青空さんがカバーしてくれるって約束できる?」


「もちろんです。私が必ず入ります」


「分かった。体調管理には気をつけて欲しい」


「はい。もちろんです」


「うん。じゃあケイさんも青空さんに負担をかけすぎないように。

入れる時は積極的にお願いします。

二人の間で自由にシフト交代をしてもらって構いませんが…

報告は忘れないでください。

そこはしっかりとお願いします」


「はい」


二人はしっかりと返事をくれて僕らは一つ頷いた。


「では後日店舗に起こし頂いて…一応初バイトの日に履歴書を持参してください」


彼女らはそれに返事をくれるので僕はコーヒー代の千円を机の上に置くと席を立つのであった。



そうしてこの日が僕ら三人の店長と店員としての歪な関係が始まった日なのであった。



「雰囲気良い人だったね」


青空は何気ない発言でケイの様子を窺っていた。

彼が居なくなったカファで二人はヒソヒソと声を潜めていた。


「うん。大人な人だった」


「私は良いと思った…」


「何とは言わないけど…私も」


二人はそんな言葉を口にして笑顔で向き合っていた。


「私達相手にされると思う?」


「どうだろ。子供だって笑われるかもよ」


「どうにか意識させたいな」


「そうね。少しずつ距離を詰めましょう」


そうして二人はその日に出会った大人の男性に惹かれてしまった。

そしてそこから二人の攻めの姿勢の日々が始まろうとしていたのであった。

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