第5話嘘は嘘を呼び永遠に塗り固めることになる…

青空はバイトに行く前にケイから聞いていた話を脳内で纏めていた。

どの様に言えば店長を丸め込めるかを思考していた。

ただし一歩間違えればそれは大誤算へと発展するかもしれない。

そんな事を考えながら青空は身支度を整えていた。

本日は専門学校の創立記念日で講義が休みだったため昼過ぎまで寝て過ごしていた。



「店長には彼女が居たんだよ!しかもこの間の子連れの母親!

最悪だよ!私達は騙されていたんだ!

店長は私達をからかっていただけなの!

相手にすらしていなくて…裏で恋人とよろしくやっていたの!」



ケイは深夜二時になると言うのに泣き叫びながら青空に電話をかけた。

青空はそれを聞きながら事実とは異なると直感で感じていた。


「いやいや。違うと思うよ。

何かしら理由があるね。なんだろう…

家の前まで行ったのよね?

玄関の前で親子連れ…

その前に店長はどんな行動を取っていたの?」


「チャットを打っていた…

明日の夜に店に行っていいかってチャットに了承する返事をしていたわ…」


「なるほど…その文章に違和感とか無かった?」


「ん?少し気になったことならある…」


「なに?少しの違和感でもいいの。教えて」


「まず出だしの言葉に違和感を覚えた。

ひらがなでおけって返していたの。

店長との今までのチャットでそんな文章はなかったと思う…

それに少しだけ変な文章だったような気もする。

今になって振り返ってみると…そんな違和感がある」


「そう。それじゃあ…多分だけど。

それは縦読みだったんじゃない?

無理せずに改行して左の文字の頭文字を取って…

暗号のような文章にしていたんだと思うわ。

きっとそれは助けを求めるような文章だったと思う。

だからそれを確認した誰かが異変に気付いて…

親子はすぐに駆けつけることが出来たんだと思う」


「誰かって?母親に決まっているでしょ?」


「そう…だね。でももしもの場合がある。

ありえないほどIQが高い天才児だったり…

または近くに誰かがいたのかも…。

規格外の人物はどの世界にも存在していると思うわ。

子供も一応注意しておいたほうが良いと思う。

相手が先に邪魔してくれたんだから…

次は私達の番。

とりあえず今夜は私に任せて。

だから今日の所は落ち着いて眠りなさい。

私が仕返しするから。大丈夫よ」


「うん…うん。ありがとう。

私は今日…泣き疲れちゃったから…後は任せても良い?」


「任せなさい。ゆっくり休みな」


そこで電話を切った青空は事の始まりからなぞるように思い出していた。

そして違和感を覚えた場所を見つけると…

翌日のバイトを心待ちにしているのであった。




バイト先の裏口を開ける。

何も知らない体で私はいつものように挨拶をした。


「おはようございます」


「あぁ。おはよう。何か機嫌がいい?」


「そうですね。今日は学校の創立記念日で講義が休みだったんですよ。

だからゆっくりと眠ることが出来て。

日頃の疲れや寝不足が解消できました。

だから機嫌がいいです」


「そう。バイト入りすぎて疲れている?

無理させているなら休みを増やすよ」


「いえいえ。大した事ないですよ。

ゆっくりと休める日が一日でもあればすぐに回復します。

まだ十代ですから。

回復力も二十代後半の女性に比べたら並外れて高いんです」


「二十代後半の女性?」


「あぁ。すみません。私が女性なもので…

そう例えましたが…

詳しく例えるなら二十代後半の男性に比べて回復力が高いと言いたかったんです。

店長に比べたら疲れを癒す力も…

まだ高いって言いたかっただけですよ」


私のカマをかける言葉に店長はしっかりとピクリと反応を見せた。

成功だと確信した。

私も何もかも知っていると暗に言っているようなものだ。

店長はこれで警戒心を高くするだろう。

そう確信していた。

私の作戦に店長はまんまと引っかかったのだ。

では何故その様な真似をしたかと言えば…。


私は事務所のドアを開ける。


「あぁー。そう言えば昨夜のことなんですが…

ケイが泣きながら電話をかけてきて…。

店長なにか知っています?

泣いているだけで詳しい話をしてくれないんですよ。

いくら問いかけても泣き続けるだけで…

意味がわからなかったので途中で寝るように言って電話を切ったんです」


私の言葉に店長は明らかに狼狽しているような表情を浮かべていた。


「何も知らないって言ったら…嘘になる…」


「へぇ。そうなんですね。

何があったか知らないですが…

フォローしてあげてくださいよ。

私にすら何も話してくれなかったんです…

話してくれたら対処法もあるんですけどね…」


私は意味深な言葉を口にするとそのまま事務所の中へと入っていく。

着替えを済ませてタイムカードを押す。

鏡で身だしなみを確認すると厨房へと向かった。

案の定…店長は気まずそうな表情を浮かべて換気扇の下でタバコを吸っていた。

私はニヒルに微笑むと開店作業へと取り掛かるのであった。



十八時にOPENして数分で子連れの親子がやってくる。

親子には見覚えがある。

この間、店長と焼肉屋の前で別れてタクシーに乗り込んでいた親子だ

本日は私の存在に気付くこともなく店長に会いに来たのだろう。

私は軽くほくそ笑むとおしぼりを持って席へと向かった。


「いらっしゃいませ。おしぼりどうぞ…」


その次に続く言葉を口にしようとして…


「申し訳ないけれど連れが遅れているの。

彼の分もおしぼりと箸を用意してもらっても良い?」


相手に先手を取られた事により私の思考はショートしそうだった。


「あぁ…ですか。わかりました…」


殆ど考えること無く思考停止の言葉を口にして普段の接客に戻っていた。

かましてやろうと思っていたところ…出鼻をくじかれた。

何が起きているのか…

私はまるで意味がわからなかった。


「一くん。この間は焼肉に連れて行ってくれてありがとうね。

あの人も喜んでいたわ。

出張で会えなかったのは残念だったみたいだけど。

今日は会えるそうだから。

埋め合わせをするって」


「そう。歌穂ちゃんを置いて出張だなんて…

あいつも偉くなったものだな」


そんな他愛のない会話を二人は繰り広げている。

これではまるで他人同士だ。

同級生夫婦の仲を取り持っている友人。

店長は旦那の友人。

もしくは店長は夫婦二人の共通の友人。

そんな風にしか映らない。

どうなっているんだ…。


「それで?当の本人は?」


「うん。さっき仕事終わったって連絡あって。

今電車で向かっているって」


「そう。じゃあ好きなだけ飲んで食べていって」


「ありがとう」


そうして二人は会話を終える。

私は殆ど思考停止の状態で接客に努めていた。

オーダーを聞いて飲み物を運んで会計をして片付けをして…


しばらくすると…

相手の旦那らしき人物が入店してくる。


「遅いぞ。じん


店長は慣れ親しんだ相手を見るような柔和な顔つきで友人を迎えていた。


「ほら。早く座れよ。歌穂ちゃんが待っているぞ」


「あぁ。悪かった。三十分だけ残業してきたんだよ。

上司に無茶振りされてな…遅れて悪かった」


旦那らしき人物は相手の女性に笑顔を向けて子どもたちの頭を撫でた。


「パパおかえり」


「遅いよ」


子供二人が父親と認めた瞬間に私の仮説は全て破綻した。

DVの旦那も…

今まで思考を止めずに考えていた二人の内緒な関係性も…

全ての憶測が間違いだったと思い知らされた。

私はもう考えるのをやめて接客に励んでいた。


しかしながら…

ここで私は天啓の様なものを得る。


(いや…待てよ?恋人じゃないのであれば…それでいいのでは?

私とケイは店長と付き合いたくて…同棲したいんだよね?

何を暴こうとしていたんだろうか…


目的が変わっていたことに気付けたのは良かったけど…

何だったんだ…


私は探偵のように店長の秘密を暴こうとしていた?

なんで?

意味がない。


私とケイの主目的は店長と付き合い同棲すること。

既成事実を作るために迫ること。


それならば恋人が居ないことを喜ぶんじゃないの?

………。


なに?

この変な違和感は…

何かが奥歯に刺さって抜けない…

変な感覚…

何かが引っかかっている…)


私はやっと違和感に気付いて…

残りのバイトの時間をフル回転で思考を回していたのであった。


二十二時になる頃。

私は店員として子連れの親子に申し訳無さそうに口を開く。


「お子様連れの場合は二十二時で退店して頂く決まりになっています。

お会計お願いします」


丁寧に頭を下げると父親らしき人物は柔和な笑顔を浮かべてレジへと向かった。

母親と子供は店長にお礼のような言葉を口にしていた。

私はその様子をレジから眺めている。


(やはり…違和感の正体が分かった…)


私の思考はしっかりと定まると会計をしている父親らしき人物に口を開く。


「仲良し家族で羨ましいです」


「あぁ。そうだね。ありがとう」


父親らしき人物は柔和な笑顔を私に向けていた。


「一つ尋ねても?」


「ん?なんだい?」


丁寧な手付きでお釣りを渡そうとして…

左手で相手が差し出してきた左手をそっと掴んだ。

お釣りを渡しながら口を開く。


「指輪…していないんですね?」


「………。失くさないようにネックレスに通して首から下げているんだ」


「そうですか。失礼ですが…奥様も指輪をしていないようでしたので…

申し訳ございません。

別に何かを咎めるようなつもりじゃないんです。

気になることがあると確かめたくなる質らしくて…

それに気付いたのは…つい最近なんですけどね。

重ね重ね申し訳ないです。

ただの他愛のない雑談でしたので…

それでは…ありがとうございました。

またお越しくださいませ」


深く頭を下げていると偽物の夫婦が店を出ていく。

二人の子供が去り際に意味深な視線を向けてきたので私は笑顔で返した。

これで私の仮説が正しいことが証明されて…


(証明されて良かったの?)


私は自らに問いかけながら二十三時までバイトに励むのであった。



バイトを終えた私に店長はいつものように問いかけてくる。


「まかないは?どうする?」


「そうでした。この間のお礼です」


「そんな…本当に良いのに…」


「良いから受け取ってください。

私が授業で作ったシャツなんです。

間違えて男性用のサイズで縫ってしまって。

私には必要ないので店長にあげます。

仕事のときにでも着てください」


「そっか…青空さんは被服科の専門学校に通っているんだったね。

有り難く着させてもらうね」


「はい。じゃあまかないは…ハンバーグ弁当でお願いします」


「分かったよ…」


「店長のお弁当…学校でも人気なんですよ。

いつも羨ましがられます」


「そうなんだ。作った甲斐があるね」


「はい。本当に助かっています」


「いえいえ。こちらこそいつもバイトお疲れ様」


そこでニコッと微笑むと私は事務所に向かう。

退勤のタイムカードを押すと着替えを済ませて荷物を持った。


店長がお弁当を作っている間。

私は空いている席の閉店作業に努めた。

二十分もそうして過ごしていると店長から声を掛けられた。


「出来たよ」


「ありがとうございます。ではお先に失礼します」


「はい。お疲れ様でした」


「そうだ。次の休みなんですけど…」


「シフトの変更?それなら…」


「そうじゃなくて…店休日のことです」


「ん?なに?」


「少しお時間頂けませんか?」


「えっと…なんで?」


店長の少しだけ困ったような表情を目にした私はニヒルに笑ってみせた。


「か弱い十代女性に嘘をついて泣かせたんです…

償いは相応に…でしょ?」


悪い笑みを浮かべているであろう私に店長の表情はどんどん青ざめているようだった。


「一つ嘘を吐くと…永遠に嘘を塗り固めないといけないって知っています?

それはいつか破綻するんです。

大抵の人間は嘘を塗り固めて…ボロを出すんです。

嘘はいけないですよ。

私の言いたいこと…わかりますよね?」


店長はそれにコクリと頷くと私はお弁当を受け取ってにこやかな笑顔を向ける。


「じゃあ次の店休日に私達と会いましょう」


そんな言葉を口にして…

私はバイト先の裏口から出ていくのであった。




「ケイ。大丈夫よ。店長に恋人はいない。

それとね。

次の店休日に会えるよ。

ちゃんと約束取り付けたから。

それでね?

計画を実行するなら…

その日が良いと思うわ。

二人で既成事実を作りましょう。

ね?

大丈夫だったでしょ?

今後もこういうことは私に任せて。

ケイは最後に美味しいところをかっさらえば良いんだから。

もちろん私も貰うけどね。

じゃあ。今日もゆっくりと休みましょう」


そうして私はケイに一方的にチャットを送って眠りにつくのであった。

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