第4話例えあなたに相手にされずとも…

ケイと青空は店休日である平日の夜を共に過ごしていた。

普段と同じ街でファストフード店で飲み物だけを頼んで時間を潰していた。


「ってか早く…店長を振り向かせたいな…」


ケイの独り言のような言葉を青空はしっかりと鼓膜でキャッチしていた。


「そうね。お互いに振り向かせたいわね」


青空もケイと同じ想いを抱いているため同意するような答えを口にする。


「でも私達にまるで興味なくない?」


「確かに。意中の人でもいるんかね?」


「そうだとしたら…危険ね」


「そうだ…!しばらく泊めてください。

とか言って既成事実作れば良いんじゃない?

流石に四六時中一緒に居たら…

店長だって誘惑に負けるんじゃない?」


青空の思い切った発言にケイも軽く思案する。

お互いがその提案を悪いものと思いもしなかった。


「とりあえずグループチャットで強行突破してみよう。

年下の女性にグイグイ来られたら…

きっと店長も断りきれないよ。

店長って優しいでしょ?」


優しさにつけ込むような青空の発言にケイも同意するように頷くとお互いがスマホを取り出した。

グループチャットにいくつかのチャットを送ってみるのだが…

まるでレスポンスがない。

既読すらつかずにケイと青空は少しだけ焦ったような気分に陥る。


「もしかして…今まさにデート中とか?」


ケイの発言で青空は更に焦ったような表情を浮かべると思わず席を立ち上がった。


「行こう!店長の住んでいるマンション知っているから!」


「なんで知っているの?行ったことあるとか?」


「違う。以前ストーキングしたことがある」


「青空ちゃん…それはだめじゃない?」


「だめだけど…バレなかったし。これからその時のことが役に立つんだよ?

少しぐらい大目に見て」


「そうだけど…じゃあ早速向かう感じ?」


「行こう!」


青空はケイの手を引くとファストフード店を後にする。

街を歩き店長の家を目指している時のことだった。


「ちょっと…!あれ!」


ケイは目の前の信じられない光景を見たようで…

唖然とした表情で指を指していた。

青空は目を凝らしてその先を見ると…


「待って…!子連れの女性と一緒にいるのって…店長だよね!?」


「え?既婚者だったっけ?」


二人は明らかに思考停止に陥ってしまう。

だが彼ら彼女らの下にタクシーがやってきて…

店長以外の人物が乗り込んだのを確認した二人はハッとして現実世界に引き戻された。


「そうだ!この間、店長が言っていたんだけど…」


そうして青空はバイトの時に世間話をしたことを思い出していた。

深夜一時に親子に助けを求められた話を…。


「その時の親子だよ!お礼がしたいとか言われて…今まで一緒にいたんだ!」


ケイが先に答えにたどり着いたようで青空に言い聞かせていた。


「でも…何か変じゃなかった?」


「変って?」


青空の晴れない疑問を覗くようにケイは再び問いかけていた。


「だって今の光景を見るに…明らかに親しげだったでしょ?」


「あ…確かに。一度助けて貰っただけの間柄には見えなかったね…」


「以前からの知り合い?」


「え?じゃあ知り合いと偶然再会して…偶然助けたってこと?

過去の恋心が再燃的な?」


「そう。きっとそうだよ…」


青空とケイは仮想の答えにたどり着くとかなり焦ったような表情を浮かべた。

スマホを手にするとグループチャットに再びチャットを送る。

それでもまだまだレスポンスがない。

二人はかなり焦っていた。


「ちょっと後をつけてみようよ」


青空の提案にケイは殆ど何も考えずにノータイムで頷いた。

少し離れた場所から店長を追いかけて尾行していた。

店長は何を考えているのか…

ただただゆっくりと家路についている。

スマホを取り出すような素振りはまるで見せない。

私達からの通知にも気付いていないようだった。


「続けてチャット送ってみよう」


ケイの提案に頷いた青空は再びチャットを送ってみる。

しかしながら店長はそれでもスマホの存在をまるで気に留めて居ないようだった。

店長は自宅であるマンションへと入っていく。

二人は慌てた様子で急ぎ足でマンションの入口へと駆け寄る。

しかしながらオートロックのドアが丁度閉まり。

店長はエレベーターに乗り込んでまさに上階へと向かっていったところだった。


「ここからどうしようか…」


「ってか入れる保険ある…?」


ケイの嘆きの言葉に青空も冗談を言うようにして口を開いた。


「とりあえず連絡待ちだね。近くのコンビニのイートインで時間潰そう」


青空の言葉に頷いたケイはスマホで地図アプリを開く。


「すぐ近くにあるみたい」


「じゃあ行こう」


二人はコンビニへと向い店長からの連絡を待つのであった。

しかしながら二人はその後…

デリカシーの欠片もない返事に怒りのスタンプ連投を決め込む。


「もう…本気出すしか無いか?」


「私も丁度そう思っていた」


二人はゴクリと買った飲み物を飲み干すと席を立ち上がる。

決意を固めた彼女らは次のバイトの日まで計画を練りに練るのであった。





バイト当日のことだった。

店長から次のバイトの時に事情を説明してくれと頼まれていた。

ケイと青空は真実だったり架空の話だったりをすることを決めていた。

裏口のドアを開けて…いざ!



「おはようございます」


「おはよう。この間は悪かったね。何かあった感じ?」


チャットの文言が気になっていた僕は本日バイトのケイに視線を向ける。


「えっと…

オーディションのアフレコ練習している時に苦情を貰ってしまいまして…」


「あぁー。ケイさんは声優事務所にも所属しているんだったね」


「はい。オーディションの台本読みをしないといけないんですけど…

実家は防音施設の整った家ではないので…

あまり大きな声で練習ができないんですよ。


戦闘シーンとかの練習をしようと思うと…

どうしても声を張り上げたくて…


練習の内容でオーディションの結果も変わってくると思うんです。

だってそうじゃないですか…

練習してこなかったことをオーディション会場で出来るわけ無いですよね?


店長の住んでいるマンションって防音施設があるって聞いたんですけど…

そこを使わせてもらいたくて…


でも一々自宅と行き来するような時間も勿体ないじゃないですか。

だからルームシェアをしてほしくて…


もちろん私は防音室を使わせてもらえるのであれば…何でもやりますよ。

迷惑になるようなこともしません。

だから…!」


非常に長い説明を受けているが…

僕はケイにどの様な対応をすれば良いのか…

まるでわからないでいた。

確かに彼女の夢を応援してあげたい。

僕に出来ることなら力になってあげたい。

そうは思うのだが…

別の選択肢があるような気もしているのは事実。

それなので僕は話の内容を加味しながら口を開いた。


「防音室があれば良いんだよね?

自宅に簡易的な防音室を買ってあげるよ。

それで万事解決でしょ?


気が引けると言うのであれば…

僕にお金を借りたって思えば良いよ。

それでいつか有名になった時にでも返してもらえれば。

出世払いってことで。

それじゃあだめなの?」


僕の反論のような意見にケイはかなり苦い表情を浮かべている。


(自分の意見が通らないと拗ねるのは子供っぽいな…)


早速価値観の相違の様な物を肌で感じながら…

僕は表情を曇らせないようにして笑顔を浮かべていた。


「でも…そんなこと…親にバレたら…」


「そう?僕は投資するような感覚だし。

何も悪いことは無いと思うけど?」


「でも…!」


「独身男性とルームシェアするほうが親は心配すると思うよ」


ケイは必死で食い下がってくるが…

それ以上意味のある反論が返ってこなかった。

それ故に僕は話を切り上げるとでも言うように換気扇の下へと向かった。

タバコに火を付けて煙を吸い込んだ。

会話は終わりとでも言うように背中を向けてケイが事務所に向かうことを期待していた。


しかしながら…

思った通りに動かないのが他人というもので…


ケイは僕の腰の辺りをガシッと掴むと正面を向かせるように無理矢理にぐるっと回した。

いきなりの出来事に僕は驚いてしまい…

唖然とした表情を浮かべていると…


ケイは意を決したような表情を浮かべており僕の顔面を両手で掴んだ。

そのまま流れるようにスムーズな動きで僕にキスをする。


不意な出来事に脳がフリーズしてしまい…

しかしながら時は止まっていないようでタバコの先端から灰が溢れていた。


「ちょ…!」


ケイを引き剥がすと僕は何を思ったのかすぐにタバコを咥えた。

そのまま落ち着きを取り戻すように深く一口吸った。

煙を換気扇の方へと吐き出して先程のキスをノーカウントとでも言うように…

先程の記憶や記録すらもこの世からかき消すようにタバコの煙として吹き飛ばした。


「へへっ。最初のキスなのに…苦いタバコの味…」


ケイは悪戯な笑みを浮かべると色気のある表情で僕を見つめている。

それから逃れるようにして僕は先程と同じ様に背を向ける。

彼女は嬉しそうに微笑むとそのまま事務所へと向かい着替えを済ませたようだ。



本日の仕事にはまるで集中できなかった。

普段はないミスをいくつも繰り返してしまった。

しかしながら客層が悪くないので幸いなことにお叱りを受けることはなかった。

それに僕がミスをしてもケイが一生懸命にフォローを入れてくれて…

僕は助かったのだった。



二十三時を迎えてもケイはタイムカードを押さない。


「もう上がって良いんだよ?」


そんな言葉を口にしてもケイは笑顔で首を左右に振る。

それに意味がわからない表情を浮かべていると…


「だって今日ミス多いじゃないですか。だから閉店まで働きますよ」


「でも…」


「原因を作ったのは私みたいなものなので…そうでしょ?」


それにゴクリとつばを飲み込むと仕方なく頷くのであった。

そして宣言通りにケイは閉店まで働いてくれて…

そのまま閉店作業を手伝ってくれる。

僕らは戸締まりを完璧にすると揃って店を出る。


「じゃあ送るよ」


気の利いた言葉が出てこずにありきたりな言葉を口にしてしまう。

しかしながらケイは首を左右に振って僕の腕にしがみついた。

またしても僕は警戒心を解いていて彼女の思う壺にはまる。


「店長の家に行きます。どの様な防音施設なのか…知りたいですし…」


僕は何か反論をしようとして…

ただ有無を言わさぬケイの熱視線にやられて僕は仕方なく家路を歩くのであった。



ケイと共に帰路に就いているとスマホに通知が届く。


「明日…約束通り…お店にお邪魔しても良い?」


歌穂からの連絡に僕は了承の返事を送った。


「へぇー。やっぱり良い感じの人がいるんですねー」


冷めた視線を僕に向けてスマホの画面を覗き見していただろうケイの一言に僕は首を左右に振る。


「そんなんじゃないよ…」


そう答えてスマホを慌ててポケットにしまった。

しかしながら対象的にケイがスマホを取り出して悪戯な笑みを浮かべていた。


「青空も呼んで良いですよね?三人でなら何も起きないでしょ?

まぁ…青空の感覚がバグっていて…

私達二人で店長を襲う…

なんてこともあるかもですけどっ♡」


ケイの◯刑宣告の様な言葉に僕は慌てたような表情だったことだろう。

もう自宅は眼の前だった。

このまま行けば…僕の操を守ることは出来ないだろう。

こんな場面を歌穂には絶対に知られたくない…

そんな願いが逆に叶ってしまったのか…

自宅のマンションの前にタクシーが一台止まっていた。

中から歌穂とミカと爻が姿を現した。

僕はその場から逃げ出したいと願ってしまったのだが…


「一くん。遅いよ。二人が会いたいってはしゃぐから来ちゃったっ♡」


歌穂は抜群に美しい笑みを浮かべると僕の腕にしがみついているケイを牽制するような言葉を口にしていた。


「だれ?このおばさん…」


「ははっ。貴女みたいな子供には私もおばさんに見えちゃうね。

おばさんは一くんの彼女ですけど?

私の一くんから離れてもらっても良い?」


「か…彼女…居たんですか…?」


ケイは非常にショックを受けたような表情を浮かべて問いかけてくる。

流れに身を任せるようにして僕は一つ頷く。


「帰ります…折角キスまでして…頑張ったのに…!」


ケイは泣きそうな声を出しながらその場を後にした。

歌穂は勝ち誇った表情でその場から動かなかった。

ケイの姿が消えると歌穂とミカと爻は僕の下へとやってくる。


「大丈夫だった?」


何故か一番に声を掛けてきたのは爻だった。


「ん。あぁ。情けないところを見せたね」


「情けなくなんて無いよ。ピンチだったでしょ?力になれた?」


「どうして…分かったの?」


「お母さんがチャットを送ってすぐに返事が来たってはしゃいでいたんだ。

でも僕もお姉ちゃんも文章を見てすぐに異変に気付いたよ。

SOSサインだってすぐに思ったんだ」


「あれに気付いてくれたの?やっぱり君達姉弟は転生者でしょ?」


僕は最後の言葉を苦笑交じりで、けれど本音を言うようにして口を開いた。


「でも本当にありがとう…気付いてくれて…」


「そんな大したことしてないよ。縦読みだったからわかりやすかった」


僕が歌穂に送ったチャットの中身は…


「おけ。

たくさん食べていってね。

好きな食べ物って何?

結構腕には自信があるから…

屈託のない意見をください。

誰にでもすることじゃないんだよ。

されど歌穂ちゃん親子にはなんでもするよ。

いい席取っておくから」


左の文字の頭文字を取ると…


「おたすけください」


そんなメッセージに気付いた姉弟を僕は本当に尊敬した。

かなり無理があり伝わらないと思っていたメッセージを彼ら彼女らはいとも簡単にキャッチしてくれた。


「そうだ。このまま家に来る?

朝が来るまで皆で過ごそうよ」


僕の提案に歌穂親子は頷いて家の中に向かうのであった。



そうして僕はどうにか危機を乗り越えて…

また一つ彼ら彼女らと絆を深くしていく。

夜を一緒に過ごしたが…

子供が一緒にいると言うことで…

僕と歌穂には何も無かったのである。


そして朝が来て…

彼女らは僕の家を後にする。


「また何かあったら言ってね?あと…夜にはお店に顔出すね」


「うん。ありがとう。本当に助かったよ」


歌穂と子どもたちに感謝を告げる。

ミカも爻も素直に笑うと僕に耳打ちする。


「一さんがお父さんになるなら…僕は歓迎だよ」


「お母さんを幸せにしてね」


二人にそんな言葉を投げかけられて…

僕は何とも言えずに苦笑することしか出来ないのであった。


そして仕込みの時間まで…

僕は深い眠りにつくのであった。




本日のバイトである青空は昨夜の出来事をケイから聞いていた。

そして彼女は新たな疑問にたどり着いた。

そしてまだ自分たちにも勝機があると信じて疑わないのであった。



まだ何も決まっていない。

僕らの様々な方向に入り乱れた恋愛模様はどの様に発展していくのであろうか。



未だに歯車は止まらずに動き続けていた…。

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