第3話多面的で多角的な恋愛模様
外食に出かけている。
知り合いの個人経営の焼肉屋だ。
「上の子のミカ。下の子の
「こんにちは…」
「………」
ミカは知らない男性である僕に恐る恐る挨拶をする。
爻は僕の表情を眺めて様子を伺っているようだった。
「ミカは小学校一年生。爻はまだ幼稚園児。
でも二人共…舐めてかからないで…
誰に似たのか賢いから…」
「歌穂ちゃんに似たんでしょ」
「嬉しいけど…複雑な気分ね。大人顔負けなことを言うから…
困ってもいるのよ…」
僕はその言葉に感慨深く何度も頷くと子供らの顔をよく観察していた。
「ミカちゃんの表情は分かるよ。少しの恐れと期待。
期待は僕がお金を持っているかどうかの不安も込。
そんな表情だ。
爻くんは…そうだな…
きっと試している。
僕がどれだけの大人か測っていることだろう。
そうだ。
それやめてもらって良いか?
僕の大事な部分にレーザーポインターを当てて遊ぶのをやめて欲しい。
いたずらなのは分かっている。
けれど僕の位置からだと…
対面のお客さんにまで見えてしまい馬鹿にされてしまう。
その様子を眺めて笑いたかった…そうだろ?」
僕の言葉が的を射ていたようで二人は顔を合わせて驚いているようだった。
「なんでわかったの?」
爻は初めて口を開くと眼の前の出来事が信じられないようでレーザーポインターを引っ込めた。
「注意深く観察していれば誰にだって分かるぐらいの悪戯さ」
「………あいつはいつも気付かなかった」
どうやら爻の言葉は父親のことを指しているようで苦い表情を浮かべている。
「観察力が足りないんだろ。僕は毎日居酒屋で酔っ払いの様子を確認している。
客の誰が何を思って何を考えているのか。
そんなことばかり考えているから。
観察力が達者になった」
「じゃあ…私の気持ちが分かったのもそういうこと?」
「そういうこと」
ミカも驚いた表情で口を開くと目を輝かせて僕のことを期待の眼差しで見ている。
「そしてミカちゃんの思いに応えるなら。
僕はまぁまぁお金を持っているよ。
一般人以上には…ってぐらいだけど。
今日も好きなだけ食べると良いよ」
「一くん…ありがとう」
歌穂は僕に感謝の言葉を口にして大げさに微笑んでみせた。
「なんてこと無いよ。再会を祝って」
そうして僕らはグラスを合わせるとそこから肉を焼いていく。
「ミカちゃんは賢そうだね。きっとお母さんに似ているんだろう」
「爻くんも色んなアイディアが浮かんでくるタイプに見える。
アーティストタイプだね」
観察の結果を口にしてウンウンと頷いていると歌穂は微笑んで応えた。
「その通りよ。ミカは成績トップでテストでは毎回百点」
「本当に?」
驚いた様な表情でミカの事を見ると彼女は照れくさそうにぎこちなく頷いた。
「そう。成績が良いと何か買ってもらえるの?」
僕の言葉にミカは否定するように首を左右に振った。
「毎回百点なのよ?そんなことしていたら…破産するわ」
「そうなの?何も買ってもらえないのに頑張って勉強しているんだ。
凄いな。素直に尊敬するよ。
じゃあ僕も少しだけ考えてみよう」
「何を?」
ミカの問いかけに僕は少しだけ小話を始めようとしていた。
「サンタさんはいい子にしていると一年に一度だけプレゼントをくれるでしょ?
けれど先生は良い点数を取ってもお褒めの言葉しかくれない。
サンタさんは一年に一度しか子供に会いに来ないのに必ずと言って良い程にプレゼントをくれる。
可笑しいと思わないか?
先生はサンタさんより余程子供と一緒に過ごしているのに…
いくらいい子にしていようが優秀な成績を取ろうが何もくれない。
不公平で不平等だ。
そうは思わない?」
「サンタさんなんていない。親が一年に一度だけ化けた姿だよ」
「だとしたら良い点数を取ったら…何かを買ってくれるの?」
「爻くんは子供だけど言葉のセンスも抜群だね。
ミカちゃんは察しが良いね。
どちらも頭の回転が早い。
羨ましい限りだよ。
おじさんはサンタさんじゃないけれど…
良い点数を取ったら何かをプレゼントさせて欲しい。
どう?」
「僕にはテストなんて無い。
それこそおじさんが言う不公平とか不平等じゃないの?」
爻の斜に構えたような発言に僕は思わず鳩が豆鉄砲を食らったような顔になってしまう。
「言葉の意味が分かるの?天才児だね。
または前回の記憶を引き継いだ転生者?」
僕はジョークのような言葉を口にして微笑んで見せる。
だが子供ら二人の反応は思ったようなものとは違い…
何処か焦っているような驚きを隠せない表情を浮かべていた。
「なんて冗談だよ。本気にしなくて良い」
そこで微笑んで見せると僕は再び肉を焼いていく。
「ミカちゃんは何が欲しい?」
僕の問いかけに彼女は少しだけ思案するような表情を浮かべた後に答えを口にする。
「配信機材…」
「ほぉー。パソコンとかマイクとかオーディオ機器とか?」
僕の問いかけにミカは頷いて応えた。
「善処する。良い点数を取る度に一アイテム。それでどう?」
ミカはコクリと頷くので柔和な笑みを向けて右手を差し出した。
彼女は握手と分かると右手を差し出してくる。
それをぎゅっと握ると再び微笑んだ。
「じゃあミカちゃんとは交渉成立。
爻くんはどうしようか?
どんな条件のもと…何が欲しい?」
爻は少しだけ考え込むような表情を浮かべると何かが思いついたようでパッと表情を明るくさせた。
「何か作る。物語でも絵でも…何でも創作する。
それをあげるから…僕の欲しいものを買って欲しい」
「ふっ。分かった。それで交渉成立だ。
もちろん上出来な作品を作ってほしい。
良いね?」
爻はそれに頷くので僕は微笑んで右手を差し出す。
彼も握手を快く受け取ってくれた。
「二人に甘くしないで…そんなことしてもらえる立場じゃないし…
今度は私のことを馬鹿にするようになるかもしれないでしょ…」
歌穂は少しだけ呆れたような表情を浮かべてヤレヤレとでも言うような仕草を取っていた。
「歌穂ちゃんにも日頃頑張っているだろうから。
今度なにかプレゼントするよ」
「悪いわよ。
何も受け取れる立場じゃない…ただでさえ救ってもらった立場だって言うのに」
「そんな事言わないで。今度皆で僕の店に遊びに来てよ。奢るから」
「でも…」
「気にしないで。本当に結構な稼ぎがあるんだよ。
毎日繁盛しているんだ。
普段は予約を取らないんだけどさ。
皆のためなら空けておくから」
「うん…分かった。ありがとう」
「本当にいつでも来ていいからね」
「本当に何から何までありがとう」
それに適当に手を持ち上げて応えると食事の続きを楽しむのであった。
「じゃあ気をつけて帰ってね」
彼女ら家族をタクシーに乗せるとその場で見送る。
「帰ったら連絡するね」
「あぁ。じゃあまた」
そしてタクシーが発進して行くと車が見えなくなるまで見送る。
僕は歩いて帰路に就くのであった。
帰宅すると風呂に入って本日の出来事を考えていた。
(しかしながら本当に賢い子どもたちだったな…
あれでは大抵の大人の事を舐めていても可笑しくない。
何か彼ら彼女らに目標を…
って僕は何を父親面しているんだよ。
一度会っただけのただのおじさんじゃないか…
今回は酔に任せて調子いいこと言ってしまったな…
歌穂ちゃんも引いていたかもしれない…
子どもたちだって…
久しぶりに他人と飲むから…
普段以上にテンション上がっていたな…
次回があったら気をつけよう…)
そんな事を一人で考えながら湯船で酔いを覚ます。
いい具合に汗を掻くと全身を洗って脱衣所に出る。
バスタオルで全身を拭くと着替えをしてリビングに戻る。
飲み直すためにロックグラスに氷を入れた。
ウイスキーをダブルで入れるとソファに腰掛けた。
ふとスマホを手にすると何件か通知が届いている。
「今日はありがとうね。
二人共凄く楽しかったって本当に珍しくはしゃいでる。
一くんの魅力全開だったもんね。
また良かったら…食事に行きましょう」
「うん。こちらこそありがとう。
僕も良いところ見せようとしてはしゃぎすぎたよ…
良かったらまたよろしくお願いします」
返事をするとチャットを終わらせるようにスタンプを押す。
他二名からのグループチャットが届いておりそれを確認した。
青空「店長ってマンションで一人暮らしですよね?」
ケイ「私達…家を出たいんです…しばらく泊めてくれませんか?」
青空「ルームシェアに興味ないです?」
ケイ「私達…家事もします。負担はかけません。迷惑ですか?」
青空「もちろん家賃も入れますから…」
ケイ「無視ですか…?」
数分前が最後のチャット送信時刻で僕は嘆息する。
「一緒に住める場所探してあげるよ。
僕の家でルームシェアは無し」
ケイ「私達の話ぐらいちゃんと聞いて下さいよ」
青空「ちゃんと理由もあるんです」
「何?とりあえず今度のバイトの時にそれぞれが理由を説明して。
今は休んでいるから。
仕事の雰囲気を感じたくないんだ。
ごめんね」
そんな返事をすると彼女らは怒りのスタンプ連投で応えてくる。
スマホの電源を落とすと僕はテレビでサブスクの映画を眺めながらウイスキーを楽しむ。
本日の出来事に幸福感を感じながら…
コクコク…ガチャリガチャリ…
と動き続ける…
歯車の回転音のようなものを肌で感じながら…
明日へと向かうのであった。
そして次回より…
アルバイトの二人。
ケイと青空が本格的に動き…
多面的で多角形の恋愛模様が展開されようとしていた。
そんな事実を眠っている僕はまだ知る由もないのであった。
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