5

「さぁ、副隊長」

 ギールが目を大きくさせながら、俺に言ってきた。俺はギールを見てから、周りを眺めた。肉食動物に囲まれた草食動物か。誰もが血迷ったような目で、俺に視線を見ていた。口を開けば、咄嗟に言葉が考える前に出た。

「いただきます」

 俺がそう言うと誰もが音を立てながら、ずっこけた。やはり何かを間違えたようだ。俺を慣れない場所に呼んで欲しくはない。最初に復活したギールが歌い出すと、周りも連れられるように歌った。誕生日の曲で何歳になったかまで歌われるのは困った。俺は自分の本当の誕生日を知らないからだった。年齢でも推測でしか分からなかった。ギールが何とかそれを騒ぎながら誤魔化した。うん、有難かった。でないと居心地が悪くして仕方がない、静寂がしばらく続くことになっていた。歌い終わると進行役のギールが俺に聞いた。

「今年の抱負は何ですか、副隊長?」

 抱負。俺はそのようなことも考えずにただ我武者羅に生きてきた。突然言われて答えられることでもなかった。俺は間を開けてから口を開けた。誰もが俺の答えを待ってくれていた。

「……分からない。生きること。銀狼隊をこれからも残すこと」

 辺りが静かになったかと思えば、誰もが目を押さえたり袖で目を擦っていた。突然化学兵器でもばら撒かれたかと思ったが、泣き声が聞こえ安心した。俺以外の全員が同じことを一気にされるのは困る。目前のギールもイシャルと共に涙を流していた。俺を見ると涙と鼻水に擦り付けるように近付いた。

「副隊長自身の個人的な抱負はないのですか? いつも銀狼隊のために尽くしているではないですか」

 俺は頭を横に振った。答えを考えるまでもなかった。

「俺の生き甲斐が銀狼隊だ」

 銀狼隊のためなら、俺自身のことは二の次だった。俺はセインの残した銀狼隊を何が何でも残さなければならない、重大な使命を持っていた。今の俺がいないといけない状態では、非常に危うかった。隊員ごとの自らの独立性が必須だった。

「仕方がないですね」

 と、ギールは困ったような顔をした。

 今日は表情を何でも変え、俺よりもギールの方が大変そうに見えた。ギールの数秒遅れで、イシャルがギールに反応していた。二人セットの玩具を見ている気がして、何かと愉快に感じられた。ギールは今度は俺に長めのナイフを渡した。バランスは悪く、殺傷能力の面でいえば余り高くないようだった。力を入れ過ぎて人体に刺せば、奥に行く前に折れそうだった。ただ首元に当て、グリグリ抉るように力を込めれば殺るのに使えそうだった。何でも使い方によればどれでも使えた。

「ケーキの入刀ですよ、副隊長」

 俺はギールの声で顔を上げ、ロールケーキの表面にナイフを滑らせた。特に力を込めなくても滑らかに進んだ。抵抗がないのはとても良かった。俺の皿の上にポトリと一切れが、ギールによって置かれた。生クリームが少なく、美味しそうだった。ギールは腕が五本ぐらい増えた速さで、他の皿にも盛り付けた。全員が席に着くとギールに促されて、俺が最初に一口食べた。俺はホークで少しだけ切り分けると、口に含んだ。仄かな生クリームを感じながら、生地が口の中で溶けた。不要な物が入っておらず、卵の良い香りがした。

「美味しい」

 そう俺は全員を見つめながら、言った。授けるように残りのロールケーキをギールに手渡した。俺は美味しい物を丁度良い量だけ食べたい派だった。たらふく菓子を食うのはそもそも無理だった。その俺の言葉の後に他も続くように、ロールケーキに手を付けた。誰もが口々に「美味しい」と頬を触っていた。頬が落ちそうなほど美味しいとはこれを言うのだろう。ギールは体をくねらせながら、喜びを表していた。突然海の底の海藻にでも生まれ変わったようだった。

「いやぁ、有難いです。頑張って食堂の方と作った甲斐がありました」

 俺はホークを落として、ギールを見た。一斉に辺りでホークが落ちる音がした。誰もが「ジェベル副官が作ったのか」と俺と同じように信じられないようだった。この世には多才の者は更に得意な物が多くあるらしい。俺の出来ることは片手でしか数えられないのに、ギールは両手両足でも足りなさそうだ。一層のことギールに引き継ぎたくなったのは嘘だ。非常に素晴らしい時もあるが、故障している時は駄目だ。故障している時なら、俺の同じ土俵に立っているように見えた。俺はただ生きるために食堂に行っていたが、ギールは更に交流まで熟すようだった。俺はギールを羨ましがることを止めた。ギールは俺の戦友であった。ギールを妬むのではなく、感謝するのが正しかった。

「わざわざ有難うな、ギール。本当に感謝している。何から何まで」

 ギールは銀狼隊結成から尽力してきた。常に銀狼隊のことだけを考え、誰もが楽しい日々を送れるように整えてくれた。もし問題があったとしても、すぐに察知し駆け付けてくれた。誰もがギールを心の底から信頼していた。ギールの活動への誠意が誰もを引き付けていた。縁の下の力持ちであった。そして、いつまでも謙虚に生き、自分の手柄を見せびらかすこともなかった。今も恋人イシャルのことを第一に思い、深く愛しているのだった。俺を見ると恥ずかしそうにはにかんだ。イシャルに笑みを浮かべるその様子は何ともギール・ジェベルらしかった。ギールは俺にも笑顔を振り分けると、口を開いた。

「どう致しまして、副隊長。幸せな一年になって下さいね」

「そうなるように務めるよ」

 俺は力強くギールに頷いた。銀狼隊の黒狼として、恥じない生き方を常に求められる。引っ張る俺の手腕で銀狼隊は更に多くを救えるが、多くを絶望に突き落とすことも出来る。国民に永遠に愛され、誇れる部隊にしなくてはならない。ギールはテーブルに手を入れると小包を取り出し、俺に手渡した。

「私からの誕生日プレゼントです、副隊長」

 その青色の包みを受け取ると、俺はギールを見た。

「開けても良いか?」

「どうぞ」

 俺はそれをそっとテーブルに乗せると、白いリボンを解いた。中からは個包装された銀狼の置物が出てきた。セインを象徴する幸せの印。俺が一匹も飾っていないことをギールは知っていた。俺の守護狼として用意してくれたのだった。俺は銀狼を眺めてから、背中を撫でた。硬かったが銀狼が本当に近くにいるような気がした。背中を押されたかと思えば、物音を立てずにセイン二世が背後にいた。テーブルにある銀狼に興味を示したようで、顔を近付けると鼻で突いた。黒犬だが、銀狼が構われていると焼き餅でも焼いたのだろうか。俺は銀狼が壊される前に回収した。

「こら、セイン二世。これは駄目だよ」

 そう俺が言うとセイン二世は素直に俺の足元に座った。俺が顔を上げると俺の周りに全員が集まっていた。一人一人が俺におめでとうと言いながら、直接誕生日プレゼントをくれた。両手で持てなくなるほどに溢れ、俺はテーブルに置いた。

「本当に今日は有難う、俺のために」

 俺は目元を押さえながら、最後の感謝を述べた。全員が満面の笑みを見せながら、辺りは拍手と歓声で一杯になった。

「夕飯が出来ましたよ」

 と、食堂の制服を着た人が料理のプレートを載せて、何人も現れた。

 俺を取り囲むように豪勢な料理がテーブルを彩った。ビュッフェ形式に置かれ、全員に取皿が渡された。全ての皿から美味しそうな匂いがし、俺の好みに夕飯も合わせていると気付いた。皆が臨戦態勢になると、「いただきます」の声で争奪戦が始まった。誰もが飲んでは食い、雑談を楽しんだ。俺はそれらを眺めながら、一つ一つプレゼントを開けた。これほど楽しい日は初めてと言えた。次の日に二日酔いで何人が倒れているかは、考えないことにした。俺は潰れてはいけないので、好きな麦茶をちびちび飲むことにした。好きな料理に好きな飲物に好きな人達といるのは、とても心地が良かった。俺は一緒に楽しんでいるセイン二世を撫でながら、楽しい時間を過ごした。

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