恋の恐ろしさ ある隊員

 友達が恐ろしい。そう俺は思ってしまった。何も悪いことをしている訳ではない。ただ愛する人のためだけに一直線に進んでいる姿を見て、怖くなった。数日前まで同じ立場であり、共に頑張ろうと言っていたはずなのに。俺が瞬きをした瞬間に、友達は絶対に届かない天にでも行ったようだった。友達とはイシャル・ベニトス。言うまでもないだろう。俺達が知り合ったのは単純な理由だった。まだ上手に隊に馴染めない中、似ていた雰囲気同士意気投合出来たからだった。俺も彼も以前の隊では上手くやり過ごすことが出来なかった。仕方ないとは思う。だが、軍隊という所では上手に出来ないと命にかかわる。だから、二人共辛い経験をしてきた。そんな中で出会ったのが銀狼隊だった。

 俺はおいでと軽く誘われたから、多少感謝は感じるが盲信するほどでもない。親から人への関心が薄いと言われてはいたが、そのせいなのかもしれない。だが、イシャルは俺よりも状況が酷かったため、それはそれは助けに来てくれた人が神のように見えたのだろう。まさかシェベル副官もわざと行っているとは思わないが、その熱い思いは強過ぎて俺が溶けてしまいそうだった。一度話題に出すとそれしか見えなくなり、俺がげっそりするまで続ける。つまり、俺がそうなるまで気付かない。だから、俺はその話題を出さないことにした。俺も訓練が待っている。雑談でその日の体力が消費されるなど、洒落にもならない。ただ楽しそうな話しぶりは見ていて良かった。これほど一人の人物を尊敬出来るなど、俺には出来ないことであった。イシャルは良いなぁと思うようになった。

 だが、その熱が変な方向にいけば流石の俺も躊躇する。一番友達のことを横で見ているから、俺は気付いてしまった。段々と彼の目が妙に輝いていくのが。幹部三人衆のシルヴィス隊長、クロスネフ副隊長、シェベル副官はよく隊員の様子を見て回る。つまりイシャルからすれば、尊敬する人物にお目にかかる機会が増える訳だった。そして、その人物を盲信しているのなら、その成分を摂取し過ぎるということになる。適度には必要だが取り過ぎは危険である。薬が毒となるように。案の定、イシャルはシェベル副官のために無理をするようになった。元々体力がそれほどないのに。短距離走の選手がいきなり、マラソンを行うようなものだった。土俵がそもそも違う。それは無謀でしかなかった。だから、俺も他も彼を止めようとした。一人の暴走は危険を招くだけだった。潰れてしまえばシェベル副官の役にさえ立たなくなる。

 なのに、彼のその時の表情の恐ろしさとは。普段温和な人物がブチ切れると怖いように、イシャルも怒らせては駄目なタイプのようだった。聞いたこともないように冷たい声を出した。

「……邪魔をするなら逝かせるぞ」

 と、殺意を放った。

 言葉通り容赦なく殺すということだった。俺と他も毒蛇に睨まれた気がし、息が出来なくなった。首に冷たいナイフが突き付けられ、息をすれば殺されそうだった。これは地雷をぶち抜いたと嫌でも気付かされた。俺はイシャルが分からなくなった。誰が本当のイシャルなのだろうか。俺は友達として何をすれば良いのだろうか。ただ見続けるしか出来なかった。イシャルは台風のようだった。周りを巻き込みながら、訓練外でもひたすら自主練をした。どこでも手を抜かなかった。本人は台風の目にいたため、周りの状況には気付いていないのだった。だが、自然と俺はイシャルの思いがどれほどなのかを気付かされた。彼がどれほど真剣にその思いを叶えたいかと。例え無謀と言われようと、それで立ち止まる訳がないのだった。

 俺は他と話し合い、彼がこれから爆走出来ように協力体制を構築した。そう、俺らはイシャルに協力することにした。例え彼が忙しく気付くことがないとしても、その思いを叶えるのが仲間というものだった。ただ一番驚いたのはシェベル副官の上司である、あのシルヴィス隊長が協力に名乗り出ることだった。秘密にしていた作戦部屋に堂々と現れると、シルヴィス隊長は椅子に座った。

「ねぇ、僕もその遊びに入れさせてよ。何やら面白いことが行われていると耳に挟んだんだけど?」

 と、あのいつもの笑みを浮かべながら言った。

 後日知ったことだが、シルヴィス隊長はよくこのような場に現れるとのことだった。クロスネフ副隊長にべったりくっ付いているように見えたが、カップルの成立のため共に尽力したい派のようだった。ただ遊びや面白いこと、と表現する辺りその人らしいと思ってしまった。ただ皆、独り身のシェベル副官がどうなるか心配であった。そのため、隊内で出来るのなら安心であるということだった。

 その後、イシャルの頑張りでシェベル副官と無事に恋人になることが叶った。俺らが少しでも貢献出来たのなら幸いだった。ただ俺としては、その祝いの場にシルヴィス隊長がいないのが耐えられなかった。他が祝う中、俺は涙をした。きっとその意味もあったのだろう。

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