銀狼隊との出会い イシャル・ベニトス

 イシャル・ベニトスは最初に配属された部隊で、仲間と協力することが出来ずにいた。最初は小さな行き違いから始まったが、その幅は広がっていくばかりだった。仕舞いには仲間から無視をされるようになり、虐めへと発展した。イシャルが何も言わないことを良いことに、仲間が勝手に過激になった。イシャルは言わないのではなかった。言えないのであった。恐怖で心が蝕まれ、喋ろうとするだけで過呼吸になるようになった。仲間を見るだけで吐くようになり、誰かが触ると拒絶反応が出た。極度の対人恐怖症になっていた。それは全ての任務に支障を来すようになった。イシャルは全てから逃げるように、部屋に閉じ籠もった。布団の中で包まっている時だけ、安全だった。誰からも何も言われず、何も痛いことをされなかった。食べなければ吐くこともなかった。

 そんな一人では抗えない現状が続く中、イシャルは転属となった。仲間から捨てられたのだと思った。やはり役立たずでしかなかったから、別の所に飛ばされた。見たくもないと言う意味だった。知らぬ僻地で死ぬのだった。転属先の銀狼隊など聞いたことがなかった。そんな名前も知られていない部隊のくせに、カッコ付けて銀狼などと名乗っていた。それぐらいしか見栄えを良くすることが出来ないからだ、とそう思っていた。だが、実際はそうでないとイシャルはすぐに気付かされた。

 また寝続けようとイシャルが目を閉じようとした時、扉を叩く音がした。イシャルは痛くなる胸を押さえた。誰かがやって来る。元仲間が裏切ったと報復に来たのだった。イシャルは頭を左右に振ると、イヤイヤと子供のように呟いた。

「ふむ……。扉が閉まってるな。これは中の住人は外出中か?」

 と、聞いたことのない男の声がした。

 イシャルは扉の後ろの男へ体を震わせた。この密室で向こうが入って来てしまえば、イシャルは逃げる場所がなかった。

「だが、中で死なれていても困るなぁ。仕方ない、失礼を」

 鍵穴に鍵が入れられ、扉のロックが解除される音がした。イシャルは急いで布団の中に隠れた。ゆっくりと音を立てながら、誰かが入ってくるのをイシャルはシーツ越しに影で見た。思い軍靴の音が異様に部屋に響き、イシャルの眼の前で止まった。男はシーツを捲った。

「大丈夫か?」

 イシャルは目を閉じようとしたが、その前に男の顔を見て動けなくなった。茶色の髪が微かに背後の照明に当たり、照らされていた。だが、それよりも男の目にイシャルは驚いた。赤い目。だが、それは紅色のように深みがあり、イシャルのことを心配する感情が映っていた。イシャルは咄嗟に口を動かした。

「誰?」

 男はイシャルの前で姿勢を正した。

「これは失礼を。私は銀狼隊隊長セイン・シルヴィスの副官、ギール・シェベルであります。貴方が本日配属のイシャル・ベニトスでしょうか?」

 と、男、ギールはイシャルに笑みを見せた。

 イシャルはギールの眩しさに当てられ、直視することが出来なかった。ギールは動かないイシャルを見て、酷く動揺していた。

「ベニトスさん、もしかして体調が悪いのですか?」

「い、いや僕は大丈夫です。あの、非常に済みませんが何か食べる物をくれますか?」

 腹を押さえながら、イシャルはギールに言った。そのようなことを言うのは恥ずかしかったが、食べないと動ける気がしなかった。お腹がなるかと緊張したが、それらももうないようだった。

「お気になされず、既に用意していますから」

 と、ギールが少し出て行くと、すぐに戻って来た。

 トレイに乗せられたお皿から湯気が出ていた。美味しそうな匂いにイシャルは喉を鳴らした。その時食べた物はこれまで食べた中で、一番美味しかった。ご飯の美味しさを感じられたのは、本当に久しぶりだった。最初はゆっくりと食べていた。だが、次の瞬間には大きく目を開け、誰かに食べられまいと急いで喉に流し込んだ。それはギールに止められるほどだった。食べ終わってすぐに気持ち悪くなったのは、イシャルの自業自得だった。ただそれでも、イシャルは銀狼隊での日々が待ち遠しくなった。銀狼隊でなら、これまでとは違う日々が待っているように思われた。

 イシャルを銀狼隊に誘ったのはシルヴィス隊長だったが、イシャルは自分を直接救ってくれたギールを忘れることが出来なかった。シルヴィス隊長、クロスネフ副隊長、シェベル副官の幹部三人が歩いていれば、シェベル副官に目が行くようになった。三人共美男であったが、シェベル副官が特に美しく見えた。シルヴィス隊長とクロスネフ副隊長は既に出来ていたので、近付きにくいという点もあった。ただ二人の微笑ましさは綺麗な絵画のようであり、白く清い純愛に見えた。ただシルヴィス隊長の思いはクロスネフ副隊長に伝わっておらず、全隊員がシルヴィス隊長を応援していた。そんな二人を、シェベル副官は温かく見守っていた。二人の成長を見守る父親のようで、そんな彼を見るのが癒やしであった。耳に聞く噂は良くなかった。だが、それが本当の彼ではないことぐらいイシャルはすぐに理解出来た。あの日、自分を助けてくれたのが本当の彼であるからだった。

 食事中にある時、隊内で新しく出来た友達が男性同士の恋について話してくれた。銀狼隊では男性同士でも自由恋愛が可能だと知り、イシャルは嬉しくなった。その時、イシャルはその思いが何かを理解した。ギールほど強くなく、訓練も上手には熟すことが出来なかった。だが、それでも必死にギールの背中に追い付きたくなった。どこまでも追いかけ、置いてけぼりにされたくはなかった。頑張りを見てもらい、いずれ認めて欲しかった。いや、認められなくても良かった。必ず認めるしかなくなる、素晴らしい男になるからだった。

 イシャルはそう決意すると、その日から燃えた。胸に永遠に消えることなく灯し続ける、赤い火が自分自身を必ず前へと押し進めた。どの訓練も普段の何倍も打ち込み、幾ら土に汚れ血が滲んでも気にしなかった。この過酷な状況を乗り越え、新入隊員の中で一位を達成するまで止まる訳にはいかなかった。覚醒したイシャルと友達に言われても無視し、食事中でさえイシャルは空気椅子をした。達成するまでは怠けられる訳がなかった。友達の反応は日に日に固くなり、何故か恐れられるようになった。

 仕舞いに友達は食堂の天井を眺めながら、呟いた。

「恋は人は盲目にするんだな、こういう意味で……。もう怖いよ、イシャル。元の自分に戻ってよ」

 と、泣き出していた。

 共に励もうと誓った友達だったのに、泣きやすいとは知らなかった。イシャルはふと鏡で自分の顔を見ることにした。以前の面影がないことに驚いた。目は充血していたが、どこまでも強い意志が燃えていた。口は口角を上げ続けていた。下を見続ける不安そうな目と、小さくしか開かない口は消えていた。イシャルは顔をまじまじと見つめると、忘れることにした。今は顔を気にしても何にもならなかった。それよりもする重要なことがあった。イシャルは悲鳴を上げる体を鞭打ち、ただ一位のために動く機械になった。するとあれほど辛かったことが楽しくなり、イシャルは薬を与えられたように更に体に負担をかけた。

 一位を取ったと分かった瞬間、イシャルは普通にぶっ倒れた。長い間かかっていた緊張が切れ、数日寝続けた。充電が完全にチャージされてから、イシャルは次はギールの心を射抜くために疾走した。地獄の訓練を乗り越えてしまえば、他の苦難は楽々乗り越えることが出来た。それに愛する者のためなら、どのような茨の道にでも飛び込むのが常識であった。

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