あとがき

 インターホンが鳴り、僕はタイピングする手を止めた。一応書いたデータが消えないよう、ワードファイルを保存することを忘れなかった。立ち上がると来訪者のために扉を開けた。丁度宅配を頼んでいたから、その人が来たと思われた。だが、すぐにそれをしたことを酷く後悔した。僕よりも身長が高い男は、僕を見下ろすように無言で一歩近付いた。僕は恐怖で一歩後退った。男は音もなく僕にナイフを突き付けた。

「一東先生。少しお話よろしいですか?」

 僕は頷くしかなかった。この暴力をお話と到底呼べないが。まさかゼド・クロスネフに家凸されるとは思わなかった。それに何気にインターホンを鳴らすのは親切だった。ナイフは駄目だが。ゼドは頷く僕を見ると、ナイフを仕舞った。それだけで僕はほっと出来た。使い慣れた椅子に胡座を掻くと、好きな麦茶を一口含んだ。非現実的な状況に少し平和が戻った気がした。顔を上げればゼドはただ立っていた。僕は椅子を出したことを忘れていた。急いで椅子を作った。ゼドは座ると、口を開いた。だが、その前に僕は袋を前に出した。

「……これは?」

 と、ゼドは唖然とした。

「バター醤油味のポップコーン。どう?」

 人は腹が減っていると、怒りやすくなるとどこかで聞いた。だから、好物差し出す作戦をすることにした。それに嫌だろうと、好き過ぎてないと死ぬとでも書き換えることが出来た。

「不要です」

 思っていた回答をされ、少し寂しくなった。仕方がない。僕と同じポップコーン星人ではないようだった。仲間なら同盟でも組みたかったが。ゼドは僕を真っ直ぐ見つめた。やはり、翡翠の目は美しい。僕が好きな動物の一つ、猫と同じようにキラキラしている。

「あのですね、言いたいことがあるんです」

「どうぞ。いや、元の口調で良いよ。怖くないのなら……」

 そう、僕はホラー映画が嫌いであった。叱られるのが嫌いであった。ゼドは咳払いをすると続けた。

「何故、セインを殺したんだ? 一東先生は良いですよねぇ、本当に。俺がセインと何も出来なかったのに……。勝手にこういうことや、ああいうことをしていたんだろ!」

 と、顔を真っ赤にしながら最後は叫んでいた。

 ぐふん、可愛い奴だ。僕がそんなことをする訳がないのに、気になって仕方がないのか。僕は真剣に見せるために、目を細めた。気分は教え子に教える博士だった。

「それよりも君。君だよ、ゼド君。君今、僕のあとがきを占領しているんだよ。知ってるかい?」

「知るか。それより質問に答えろよ。話題を逸らすな、一東」

 僕は胸を押さえたくなった。あのゼドにこんなことを言われるとは。仕方がない奴だった。僕は麦茶で再度喉を潤した。

「まぁ、そんなに焦るなよ。ゼド君。怒りっぽいと疲れやすくなるだけだぞ」

 と、僕はゼドを諭した。

 ゼドは僕を見ると溜め息をした。

「お前のせいで疲れているんだ」

「これでリラックスだ」

 僕は麦茶がギリギリまで入ったコップを作り、ゼドに渡した。零さなかったのは良かった。氷が動く涼しい音がした。ゼドは仕方ないというような顔をすると、僕が作った一杯を味わった。だが、案の定腹を壊したようで急いで部屋から出て行った。彼の名誉のために僕は、ゼドが痛い痛いと言いながら去っていたのを断じて見ていない。黒狼のくせに猫舌。冷たい飲み物や牛乳で腹を壊す。それは僕と同じだった。

「やれやれ、勝手に帰ってしまった」

 僕はそう呟くとゼドに出していた椅子を消した。背伸びをすると、続きを書き進めた。ゼドにどのような表情を作らせ、話を進めるのかと考えるのは楽しかった。

 僕の最初の読者と二人目の読者として、作品にいつも素直な感想をくれた友人の二人のお陰で、僕は最後まで書くことが出来た。毎日少しずつ書き進めたのを、いつも心から喜んでくれた。毎日、僕に読者に届ける作家の楽しさを教えてくれた。本当に有難う御座いました。これからも楽しい作品を共に作り上げたいです。

 まさかトロッコ問題の第三の回答を答えるなら、から始まった話が『銀の花』へと出来上がるとは思いませんでした。トロッコ問題を答える男二人に名前を付けた所から始まり、少しずつ話が膨れ上がりました。トロッコ問題を軸に会話している場所を決め、前を増やしては、後ろを大幅に増やしました。執筆中は森鷗外の『舞姫』を参考に、現在の時間から過去を振り返る方法で書こうと決めました。シャボン玉のように突然弾け、映像のワンシーンのように現れるアイディを上手に繋げるのは大変でした。ただ「書きたい文章を書く」を胸に進めたため、気付けば好きになったシーンが何個かあり、登場人物についても作者としてより理解が出来るようになりました。

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