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「最初は人々の関心を持たせ、心を動かすべきです」
銀狼隊のブレインにすっかりなっていた、ギールの一声により『最愛の人との写真展』が開かれた。セインと俺のように戦争でパートナーを亡くす者が多い、というのがギールの分析であった。そして、多くは目前で敵兵に殺害されるのを目撃してしまう、悲惨なものであった。そのようなパートナーを亡くした者に声をかけ、写真を言葉と共に展示した。俺は銀狼隊全員が映る写真を選び、その下に言葉を添えた。
この部隊での写真が銀狼セイン・シルヴィスとの最後の写真となりました。セインは私の眼の前で殺され、今でも手に付いた彼の血を忘れることは出来ません。彼が苦しむのを私はただ見つめ続けるしか出来ませんでした。もう愛する人を目前で亡くしたくはありません。彼がいつまでも安らかに眠れることを祈ります。
銀狼隊副隊長 ゼド・クロスネフ
写真展は成功を収め、多くの人々の注目を浴びることが出来た。少しずつだとしても、写真展のことが世間に浸透することを俺達は願った。だが、今度は俺自身の問題が浮かび上がった。俺が人へと戻りつつある中、戦争の記憶が俺を縛り付けるようになった。俺は酷いPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされるようになった。以前は歪な心が戦場でのことを俺に思い出させなかった。だが、そのせき止められていたものがなくなり、全ての記憶が俺に押し寄せた。人でなかった時の記憶はとても残虐であり、揺れ動く弱い俺の心は立ち向かうことが出来なかった。
何かに魘されると思っていた俺は、何度も夜中に起こされるようになった。それが酷くなると、悪夢を忘れることなく目覚めるようになり、過呼吸になることが続いた。ストレスが積もり始め、無意識に爪を噛むようになった俺は、ギールに両手が真っ赤な状態で発見された。誰かに懇願される声が聞こえるかと思えば、俺は何故かギールの首元にナイフを突き付けていた。ギールは俺が正気に戻り、安心したように言った。だが、ギールの顔がやつれていると分かった。
「……やっと目が覚めたようですね、副隊長。どうなるかと思いましたが、安心しましたよ」
俺は自分が仕出かしたことに恐怖し、ナイフを落とすと体を震わせた。殺し方しか知らない俺が狂気に飲み込まれると、何をしてしまうのか分からなかった。何も思わずに銀狼隊を皆殺しにし、殺し終わった後に正気に戻るのだろうか。ギールは俺の背中を撫でてくれたが、それさえも俺は壊しそうだった。
「済みませんね、副隊長」
と、ギールは俺の両腕を背後に回すと拘束した。
俺は抵抗をしようとも思わなかった。ただ放心状態になり、ギールの全てに従った。ギールは俺の全ての武器を取り上げると、軍病院に連れて行った。俺はそこで強制入院されることとなった。そこだけが俺が俺自身と他者に、危害を加えることがなかった。PTSDで悩んでいるからこそ、敵と同じ病院でも俺は気付くことがなかった。
俺は色鮮やかな世界から一気に黒と赤の世界に堕ちた。セインが常に見守っていると分かっていたとしても、それは俺の助けにはならなかった。ピアスは許されたが、ネックレスは身の安全のために外された。機能不全となった俺の代わりにギールが俺の代理に就き、銀狼隊を動かしてくれた。俺は正気がある時にギールに、俺のことを気にせず活動や戦争をなくすために使ってくれと言った。嘘偽りなく全てを伝えて欲しかった。完璧な英雄像は銀狼セイン・シルヴィスただ一人で良かった。俺は俺自身の本当の姿を伝えたかった。それが俺が出来ることであり、俺は黒狼と呼ばれようと英雄ではないからだった。写真展や銀狼隊の取材が続く中、一度療養中の俺への取材が入ったようだった。だが、俺の状況を見て誰もが言葉を失ったらしい。俺自身はその時の記憶がないので、何も思わない。
俺の日々は自分自身との戦いが続いた。頭が激しく痛くなると、俺が誰かを殺した記憶が溢れ出た。それを振り払おうとしても、俺の手は赤く染まりながら名も知らぬ誰かを殺していた。だが、特に初めて殺した人の悲鳴と表情、殺す感触が手に残り続け、俺は手を切断しようと噛む。気付けば口に手が届かないよう、ベッドに縛り付けられていた。殺した記憶が終わると、俺は殺される方になっていた。幾ら逃げようとしても手足が動かず、俺は何度も自らの死が訪れるのを見続けた。抵抗しようと暴れても更に押され、ギールの顔をした悪魔の声が耳から聞こえた。
「副隊長、フクタイチョウ! ゼド・クロスネフ!」
と、その後も何かを俺に言い続け、俺に口撃を加えていた。
俺は声から体を守ろうと頭を押さえようとしたが、体の自由がなかった。俺はひたすら後退ろうと体を捻った。悪魔から逃げるため、必死に叫ぶが息が辛くなるだけだった。悪夢は何故か人のように悲しそうな表情を作っていたが、俺は騙されるつもりはなかった。それは本当は憎い敵であり、俺が殺さないといけないのだった。悪魔の背後では二匹の悪魔が、頭を左右に振っていた。きっとそれは何かの暗号なのだった。俺を殺すために連れて来られた、悪い奴らなのだった。最後に俺は譫言のようにセインの名を何度も囁くと、電池が切れたかのように眠った。
症状が落ち着くと今度は、何に対しても気力が湧かなくなった。俺は四肢をだらりと伸ばし、天井を見つめ続けた。俺を放って勝手に時間は過ぎていった。何を食べても吐くようになり、いずれ死ぬのだろうと思った。手足は細くなり、以前の俺はもうどこにもなかった。気分転換に日記や絵を書くことを勧められたが、ペンを持つ俺の手は震えるだけだった。俺でさえ読めない字となり、数回でそれさえも止めてしまった。唯一の楽しみは隊員の様子を報告しに来てくれる、ギールだった。ギールは自分自身のことのように、俺の体調を心配してくれた。俺が辛そうにすれば辛そうな顔をし、俺が元気の時は嬉しそうな顔をした。俺の代わりにギールが俺の感情になれば良かった。そうすれば俺はただベッドで、寝転がり続ければ良かった。
「皆会いたがっていますよ」
ギールは俺のベッドの横に花を飾りながら、そう言った。橙色の花は光に当たると、黄色のように輝いていた。無機質な室内に太陽が表れたようだった。セインの瞳の色に似た花を、ギールはわざわざ探したようだった。俺はその色を久しぶりに見た。この部屋には鏡さえなかった。
「そう……か」
俺はギールの目を見ることなく呟いた。どのような顔をして見れば良いのか分からなかった。俺にはどうしても実感がなく、俺でない人に言っているようだった。俺は彼らが会いたがる、黒狼とは違った。俺はそんな褒め称えられるようなことをしていない。俺は偽者なのだった。なら、俺は本物のために道を譲る必要があった。俺は息を止めた。それが偽者を殺す方法だった。
「副隊長?」
ギールが俺を呼んだ。俺はそのままベッドの枕に頭を沈めた。少し胸が痛くなった。その痛みを感じられ、俺は幸せが全身に広がった。意味がある死を得ることが出来るのだった。胸を押さえたくなる両手を俺は背中に回し、ひたすら耐えることにした。そうすれば解放されるからだった。だが、細くなった俺の体は特に抵抗をしなかった。体と心と共に最期へと進もうとしていた。それを静かに迎えようと俺は目を閉じた。すると、花瓶の割れる音がした。ギールの走り寄る音がすると、俺の肩を強く振っていた。
「副隊長! ちゃんと息をして下さい」
と、俺の口を無理矢理抉じ開けた。
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